KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

ピックアップレポート

2019年12月10日

余田 拓郎『BtoBマーケティング―日本企業のための成長シナリオ』

余田 拓郎
慶應義塾大学大学院経営管理研究科 委員長 兼 教授
慶應義塾大学ビジネス・スクール 校長 兼 教授

BtoBビジネスの基本的性質

BtoCビジネスで一般的に行われてきたマーケティング活動やブランド・マネジメントなども、ことBtoBビジネスにおける対顧客活動となると期待は低いものだった。その理由は、BtoCとBtoBのビジネス上の基本的性質の違いによるものである。

BtoCとBtoBは、顧客の違い(組織・法人か最終消費者か)による分類であり、提供される財やその購買動機も当然異なってくる。BtoB取引で提供される財は、あくまでも生産活動や業務遂行のために必要な「ビジネス財」であり、より合理的で客観的な意思決定がなされるのが一般的である。この点で、選択に際して感情的な側面の影響を受けやすい「消費財」の購買行動とは対照的である。

またBtoB購買では、購買関与者が人数、階層ともに多数にわたり、購買に際して顧客側が組織的な意思決定を行うという特徴がある。購買に際してメンバーがそれぞれ異なった役割を果たすとともに、購買ステージごとに専門的な判断能力を有するメンバーが、主役を代えながら携わるようなケースもしばしば見られる。BtoB取引では稟議に際して最終判断を下す意思決定者の他に、使用者の立場としてかかわる人、あるいは技術上の評価を行う関与者など、顧客側のキーパーソンが複数存在する場合も珍しくない。

また、直接の購買担当者に加え、その上の承認や経営トップなど、多層な関与者の意向や判断が購買に際して影響を及ぼすことになる。こういった点も、基本的には単独で意思決定がなされることが多いBtoCでの購買との違いであり、1人の偏った選好や感情的な好みが購買意思決定に大きく影響を及ぼすことは少ない。その結果、BtoB購買は管理されたプロセスとしてBtoCと対比されてきた。

さらに、原材料や部品など生産活動に投与される財の場合、特定の顧客によって購買が定期的に行われることが多くなるとともに、取引1回当たりの購買金額や購買量が大きくなるケースも少なくない。こういった状況の中で、顧客企業の購買担当者は製品選択の失敗のリスクをできる限り回避しようとするため、過去の利用経験に基づく製品知識や企業間での信頼関係に基づいて取引相手を選択する傾向にある。その結果として、固定的で長期的な取引が行われる点も、BtoB取引の特徴といえる。

こういったBtoBビジネスの特徴が、「BtoBにマーケティングやブランディングは必要ない」という誤解や軽視ともいうべき認識を生み出してきたといえるだろう。例えば、既存顧客との長期的な契約に基づく取引が中心であることから、新規需要の創造を促すようなマス広告は不要である、あるいは、少数の特定顧客との取引が中心であるから市場ニーズの調査は不要である、取引するかしないかは顧客が決めることであり、ターゲットを決める必要はない、といった具合である。BtoB企業が顧客に対するマーケティング活動を積極的に展開してこなかった背景には、こうしたことが理由になっている。

しかし、近年BtoBを取り巻く事業環境が大きく変化する中で、BtoB企業でも顧客向けのマーケティングやブランディングが必要とされるような場面が多くなってきた。従来から多少なりとも注目されてきた従業員向けのマーケティング(1)、あるいは求人や投資家対策のためのコミュニケーションやブランディングに加え、とりわけ、顧客との取引接点の強化をねらいとして、ブランド戦略に積極的に取り組むBtoB企業が増えつつあるのは注目すべきことである。

これまで品質やスペック、調達コスト、納期などにのみ注目した営業活動を展開する企業が多い中、マーケティングやブランディングに目を向ける企業も散見されるようになるなど、供給企業側にも意識変化のきざしが見られる。それではなぜ、BtoB企業がマーケティングやブランディングに取り組む必要が生じているのだろうか。次節では、BtoB領域におけるビジネス環境の変化に注目しながら、その背景について考えてみよう。

BtoBビジネスを取り巻く環境変化

企業間競争のグローバル化

まず、グローバル化の進展により、欧米企業や中国などアジアの企業に対抗して、新規顧客を取り込むことの重要性が増している。日本の取引先との間では自社の事業内容や強みを改めて説明する必要はなかったが、グローバル市場での新規顧客開拓ではそうはいかない。

例えば、グローバル市場でのマーケティング戦略が評価され、2009年度の日本のマーケティング大賞奨励賞を受賞した横河電気では、大規模なブランディングのきっかけとなったのは、巨大企業と競合する北米や欧州での知名度の低さにあったという。製油所や化学工場などのプラントを制御する機器などを供給する同社は、日本ではリーダー企業であるが、海外市場では、知名度や市場での実績が浸透しておらず、営業活動の中で門前払いされるなど、導入検討の土俵にも乗らないことがしばしばだったという(2)。こういったケースは必ずしも珍しくはなく、多くのBtoB企業がグローバル市場で直面する悩みである。

グローバル市場では、これまでのように既存顧客を相手にした取引だけでは生き残れない。新規顧客の取り込みをきちんと行わなければ期待どおりの成長はもたらされない。その際、これまで培ってきた日本企業の強みだけではなかなか勝てない状況が生まれている。

日本企業、特に日本メーカーの強みは、製品開発や生産現場における高度な統合力にあるといわれる。それを支えてきたのが、長期雇用や長期取引による「情報の共有」「濃密なコミュニケーション」「緊密な連携調整」である。そしてそれが、単なるもたれ合いではなく、内外での厳しい競争に基づく長期的な関係になっていることが強みの源泉だった(3)。日本のBtoB企業も、セット(組立)メーカーとの長期的取引を軸として自社の事業分野を拡大してきたのである。

それに対して欧米企業は、自社の技術が最も生かされるような顧客をターゲットとして選び出し、マーケティング戦略やブランディングなどを活用することで付加価値の向上を図っている。

例えばドイツの自動車メーカーは、高付加価値・高品質の乗用車をあえて高コストのドイツで作る道を選択し、ブランドを徹底的に作り込むことで市場での生き残りに成功した。これは自動車メーカーに限らない。BtoBのさまざまな事業分野においても、付加価値の高い製品を一貫して作っている企業が存在する。

一方、中国や台湾などをはじめとするアジア企業は、汎用性を低コストで作ることに強みを発揮してきた。そして、欧米企業や日本企業の生産拠点としてOEM供給を行いながら、品質力を向上させるとともに、自国内の市場を拡大させることで高付加価値分野にも進出しつつある。

このように、日本企業はマーケティング戦略やブランディングに長けた欧米企業と、低コストで品質も良くなりつつある中国などの企業の間に挟まれて、将来的なポジションが見えにくくなっている。

すべての業種が同じような状況にあるわけではないし、自動車関連産業をはじめ、国際的にも強い競争力を持っている企業も多い。しかしながら、日本のものづくりの強みを土台として、付加価値を獲得して優位に立つ戦略が求められているのは明らかである。

顧客企業の変化

また、顧客企業の購買行動にも変化が見られる。まずは、調達先選定にかかわる透明性の確保や系列関係の見直しの動きである。近年、従来にも増してコストダウンの圧力が強まる中、調達先変更の動きが進んでいることはもちろんのことだが、購買企業での取引関係の見直しとともに、購買行動の変化も進んでいる。

BtoB企業の環境変化がどのように進展しているかに関連して、広告代理店の博報堂がBtoB購買の現状を調査している(4)。詳細については、第2章で述べるが、この調査によると、「業者選定において経営者層が案件・導入決定に関与するケースや購買業務の集中化の傾向が強まっている」とする企業が50~60%以上見られる一方で、「業者の最終選定を現場レベルに委ねる機会が増えている」とする企業も50%程度にのぼっている。この結果を見る限り、調達・購買の集中化と分散化という、一見正反対に思える変化が同時に起こってきている様子がわかる。

まず、調達・購買の集中化が進むと、購買意思決定はより多層な組織メンバーを巻き込んで行われることになり、営業を通じての接触が困難な層や関係性を築けていない層へのアプローチが重要な意味を持つようになる。このようなケースでは、ビジネス広告を展開したり、ブランディングにより営業活動を補完するための統合的なマーケティング活動が必要となる。

その一方で、購買の小規模分散化が同時に進行している点も注目される。経営の迅速性が求められる中で現場への権限委譲も進んでおり、製品カテゴリーによっては専門の購買担当者による購買割合が減少傾向にある。こういった場面では、よりBtoCに近い購買行動が取られることも多く、その結果、ブランド・ロイヤルティ形成による顧客獲得をはじめとして、ブランドがもたらす役割に期待が寄せられるところとなる。

このように、組織購買は旧来の枠組みから多様に変化しており、顧客との関係構築においては、従来どおりの人的営業に依存したやり方だけでは効率が悪くなっている。つまりBtoB領域においても、BtoCで行われてきたような顧客の購買プロセスを理解しつつ、ステージごとに適切な活動を展開しなければ、効率的に顧客を獲得することは難しくなってきた。どの部門のどの階層が、どのような権限を持って購買の意思決定にかかわっているのか、案件や取引先、購買ステージごとにその特質を検討するなどの施策が求められるのである。人的営業活動とマーケティングやブランド戦略をうまく連携させて、効率的な対顧客活動を進めていくことが、BtoB企業には求められているといえるだろう。

以上のような購買行動の変化に連動して、企業イメージや評判の影響に関して顧客側の意識にも変化が見られる。同じく上述の調査において、評価基準の変化を尋ねた結果によると、「業者選定はもっぱら製品・システムなどや提案内容の客観的・合理的評価に基づくか」との問いに対して、ITシステム分野、および半導体・電子部品・電子デバイス分野のいずれかの購買関与者においても、「そう思う」「ややそう思う」との回答は、50%を超える程度であった。一方で注目したいのは、それを上回る割合の人が「企業や商品などに対するイメージや世評が業者選定に少なからず影響している」と答えている点である。

もちろん、購買ポイント、ポイントでは、消費財に比べて感覚的な選択が許されず厳しい管理が行われるため、製品の良し悪しを見極められる人材が合理的な判断を下すのがBtoB購買の基本だろう。しかし、これらの調査結果を見る限り、旧来の常識が必ずしも通用しなくなってきていることがわかる。つまり、客観的判断のみでなく、企業イメージなども業者選定の判断材料となりうることが明らかである。

こうした現象が起こる背景にはいくつかの要因が考えられるが、1つには、購買サイドでスペックなどを判断することが困難な関与者層が増加していることが影響していると思われる。メーカーサイドが提供する技術の進展が速く、購買サイドのキャッチアップが十分でなく、その結果、購買に際してのブランドの影響が相対的に増しているのである。

また、より重要なのは、購買における時間的な制約が強くなっているという点である。購買の業務や意思決定において時間的な制約が強くなると、企業の評判や過去の取引における印象といった周辺的な手がかりによって、購買の手間をできる限り省こうとする。もちろん、購買スペックやニーズにマッチしない部品や素材を購入するわけにはいかないので、あまり重要ではない購買ステージ、例えば引き合いを出したり、カタログを請求するようなステージなど、あるいは緊急で必要になるような用度品などにおいてその傾向は強くなる。

戦略定石を変える環境変化

以上述べてきたような購買サイドの変化に加えて、近年これまでのBtoBビジネスの戦略定石を大きく変えるような環境の変化も起こっている。

まず第1に、新規顧客の獲得や関係性の新たな構築の重要性が増している点である。多くのBtoB企業にとって新興市場をはじめとするグローバル市場での顧客獲得は、避けては通れない経営課題となっている。このことは前にも述べたとおりだが、その他にも顧客獲得の重要性が増すいくつかの理由がある。

例えば、技術革新の進展にともなう部品・工程の見直しやプロダクト・ライフサイクルの短縮化、そして顧客企業の系列取引の見直しによって、新規顧客の獲得が企業成長の鍵になりつつある。さらに、インターネットの普及や電子商取引の拡大にともない、新規顧客の獲得の機会も増えており、購買サイドもたくさんの選択肢の中から調達先を選べる状況が生じている。このような状況において、新規顧客の開拓を効率的に進めるには、潜在顧客に向けたマーケティングやブランドの積極展開が欠かせないところである。

環境変化の2点目は、製品格差の縮小や顧客が抱える課題の高度化を背景に、顧客のソリューション志向が高まっている点である。購買企業の要望に応える形で製品やサービスを納入する従来型の取引形態では十分な満足が得られなくなっており、供給側の主体的な需要喚起や課題解決提案といった、ソリューションをともなう取引形態が期待されるようになっている。その結果、顧客フロントに立つ社員のスキル強化がより一層重要になってきているとともに、その限界を補う組織営業力の強化が求められている。このように、従来型の属人的営業スタイルから、組織営業とそれを支えるマーケティング力やブランド力によって新たな競争軸を築き上げる必要が生じているのである。

3点目は、市場状況にかかわる変化である。市場が熟成あるいは停滞してくると、最終製品の売上が拡大しない中、サプライチェーン上でどれだけ利益を確保することができるかが、成長するうえで重要なポイントとなる。例えばスマイルカーブという現象も、付加価値の取り合いの結果生ずる現象である(5)
スマイルカーブ現象とは、産業のバリューチェーンの中でプロフィットゾーンが移行し、川上に位置する部品と最終消費者に近い川下の営業サービスが付加価値を得るとされる動きのことである。こういったプロフィットゾーンの移行が意味するのは、これまでセットメーカーの陰に隠れていた部品やサービスなどを提供するBtoB企業が、独自のブランドを築き上げることによって、収益力をより一層高めることができる可能性を有しているということでもある。

BtoB企業の課題

このような環境変化の中で、BtoB企業はより工夫された形でマーケティングを展開しなければならない状況になっているといえるだろう。

欧米諸国やアジア諸国の企業との競争が激化する中で、日本のBtoB企業にも新規顧客の開拓や将来的なポジションを見据えたマーケティングやブランド戦略の積極展開が待ったなしである。例えば、ブランドについてのグローバル市場でのランキングを見ると、IBMやインテル、GEなどの典型的なBtoB企業がランクの上位を占めている。こういった企業と市場競争を繰り広げている日本企業は、顧客獲得で相当にハンディを抱えており、周回遅れといわざるをえないだろう。もちろん、ブランド力の差は、顧客獲得上のハンディに限らない。事業展開上も大きな制約を生むことになる。

しかしながら、日本のBtoB企業・経営者の多くはマーケティング投資に関して消極的であり、また、その役割やフレームワークを正しく理解していない経営者も多い。

先日、あるグローバル展開をする日本企業の経営者にインタビューする機会があった。この会社は、日本では早くから世界に目を向けた勝ち組と称される企業である。この会社が製造する部品は、世界市場で高い占有率を有している。その理由についてこの経営者から聞き取り調査を行ったのだが、この経営者はその高いシェアについて「高い品質です。ブランドは……、そうですね、当社の場合あまり関係ないですね」と回答された。

技術力に優れた製造企業の経営者にインタビューすれば、このような回答は決して珍しいものではない。けれども、技術に対してあまりにも過信しているといわざるをえない。技術力がこれまで日本企業の繁栄をもたらしてきたのは間違いないところだが、今後も技術力だけに依存して成長できる保証はどこにもない。

例えば、中国の新興自動車メーカーに吉利汽車という会社がある。この企業は1998年に自動車の製造を始めた企業だが、人材育成や品質管理の徹底などを通じて急速に技術力をつけている。その結果、中国国内での消費者の評価では、日本車と同程度のバリュー・フォー・マネー(価格/品質関係)を有し、急速に競争力をつけつつある。いまだ品質面で日本車に追いついたとはいえないだろうが、少なくとも同じ土壌で戦うだけの商品価値は身につけつつあるといってよい。

日本人は勤勉であることが長い間定説とされてきたが、われわれを上回る勤勉さを持つ中国人、インド人や韓国人も数多くいるのも事実だ。技術の優位性がいつまでも維持できるか見通せないし、中国企業の学習効果スピードからすれば、案外早い時期にキャッチアップされるかもしれない。

また、吉利汽車の副総裁の趙福全氏は、日本企業に対する優位は、スピードだと言い切っている(6)。われわれは、技術力が一歩でも半歩でも先行している今、何が必要とされるのか、どのような戦略が望ましいのかを真剣に考えなければならない。言い方を変えるならば、先発者の優位としての技術力は、学習効果のスピードに依存するため、逃げる企業より追いつこうとする企業の学習効果が速ければ、早晩技術的な優位は失われるだろう。このような状況において、マーケティングがどのように貢献できるかについて、本書は注目するのである。

[注釈]
(1)従業員向けのマーケティングは、インターナル・マーケティングと呼ばれ、サービス・マーケティングの領域では従来から注目されてきた。インターナル・マーケティングについては、例えば木村(2007)を参照のこと
(2)本庄(2009)
(3)藤本(2004)
(4)調査は2004年に行われたものである。調査の概要は、余田・首藤編(2006)を参照のこと。
(5)伊藤(2000)
(6)テレビ東京『カンブリア宮殿』(2010年12月23日)での吉利汽車へのインタビューによる。

BtoBマーケティング―日本企業のための成長シナリオ』(2011)の「序章」を著者・出版社の許可を得て抜粋・編集しました。無断転載を禁じます。

【こちらの記事もおすすめ】
余田拓郎『新版 BtoBマーケティング―DX時代の成長シナリオ―』(2023)


余田 拓郎

余田 拓郎(よだ・たくろう)
慶應義塾大学大学院経営管理研究科 委員長 兼 教授
慶應義塾大学ビジネス・スクール 校長 兼 教授

慶應MCC担当プログラム
ビジネスプロフェッショナルのマーケティング戦略
BtoBマーケティング

1984年 東京大学工学部電気工学科卒業。住友電気工業株式会社を経て、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了(MBA)、同大学大学院経営管理研究科後期博士課程修了。経営学博士。1998年名古屋市立大学経済学部専任講師。同助教授を経て、2002年より慶應義塾大学大学院経営管理研究科助教授。2007年4月より同教授。

メルマガ
登録

メルマガ
登録