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ピックアップレポート

2004年12月14日

野田 稔「“ムダに厳しい成果主義”が生まれた理由」

野田 稔
多摩大学経営情報学部助教授

聖域なき人事改革のはじまり

ここ10年あまり、日本の企業は非常に厳しい状況にさらされている。リストラや賃金カットを含むコストダウンは、もはや珍しい話ではない。あなたの会社や周辺の企業でも、この類の話を頻繁に見聞きしていることだろう。
業績が伸びない分、ムダと思われる支出を削る努力をするのは企業として当然の話だ。売上増とコストダウン──この二つをつねに志向し続けることは企業の本能である。そしてコストダウンの最も有力な手段として、従来、日本企業はトヨタにしろ松下にしろ、スケールメリット(規模の経済)の追求による製造コストダウンを成功させてきた。

しかし大量生産・大量消費時代の終焉とともに、日本企業は徐々に直接的なコストカットに手をつけはじめた。代表的な例としては、原材料カットや下請けに対する支払いカットである。それでも最後の最後まで手をつけずにいたのが、人件費のカットだった。ここはあたかも日本企業の“聖域”であった。しかしついにここにも“聖域なき改革”の手がおよんだのだ。

自分の会社で個々の社員は、給料に見合う分稼いでくれているのだろうかと、企業が厳しい目を向けるようになった。ここが日本企業の成果主義を導入することになったスターティングポイントであったことが間違いだった。そもそも成果主義に人件費削減の含意はない。出した成果に応じて評価し、処遇する──ただ、それだけのことだ。

ところが、業績不振に苦しみ抜いた経営者が、人件費削減を正当化する格好のいいわけとして、成果主義の概念を悪用することを思いついてしまったのだ。(注:もちろん、正しく成果主義を導入している企業が大部分であることは申し述べるべきだろう。ただし、一部の企業ではあるが、成果主義を人件費カットの方便に利用しようとする例がある。「成果主義を導入すれば“あなたの出した成果は不十分だ”といって人件費をカットしても大丈夫だ、ということですよね」、こういった経営者が現に存在した)

企業が個々の給料と成果を照らし合わせた結果、給料と稼ぎが合致していないミスマッチ社員が浮き彫りにされてきた。その筆頭が中高年の社員である。彼らは現場を離れ、多くは管理業務に就いている。もちろん、管理業務にも意味があるのだが、短期的な結果が見えにくい。しかも、年功序列のもとでは、第一線にいる若手よりも賃金が高く、コストカットの格好の対象になったのだ。

同様に、入社間もない若年社員にも非難の目が向けられた。企業にもよるが、大学を出たばかりの新人でも、250万円~300万円程度の年収を得ている。企業側からすると、新人一人当たり、間接費も含めて年間500万円ほどの支出を要する。
しかし、彼らはそれに見合う利益を生んでいない。普通に考えれば、ついこの間まで大学生だった新人が、就職した途端にいきなり稼ぎまくれるわけはないのに、近視眼的な企業側の判断では「新卒なんか採ってもなんの役にも立たない」となってしまった。

というわけで、日本の企業は、中高年については成果主義の名のもとに人件費を削減し、若年層については新卒採用を抑制するという形で切ってしまった。直接的に利益を上げるであろう中間層だけで会社を構成しようというわけだ。この方法は、短期的に見ると正しい。人件費という、企業にとって最も大きなコストを削減でき、効率よく利益を上げられるからだ。しかし、長期的に見ると、「明日の中堅」は育たず、「年をとればお払い箱にされる」という、未来が暗い会社となってしまったのだ。

とくに問題だったのは、中高年に対する成果主義の導入だ。彼らが果たしている役割は、目には見えにくい。目には見えにくいが、いなくてもいいという存在では決してない。
たとえば、社内で調整が必要なことがある。調整役となり得る中高年の社員がいなければ、社内に混乱をきたし、会社にとっても好ましくない結果を招きかねない。また、知恵の伝承者としての中高年の役割も、目には見えないが重要だ。中高年の社員は、営業のコツ、製造のコツといった、マニュアルでは伝えきれないものを持っている。いくら優秀な社員でも、若くて経験がないとわからないことがあるはずだ。そうした勘どころをとらえている中高年を切ってしまったのは、企業にとって大きな損失だった。また切らないまでも、彼らの不安をあおり、やる気を下げてしまったことは大きなマイナスだったといえる。

日本企業の成果主義導入の経緯は、短期のコストダウン圧力が原因だった。繰り返すが本来の成果主義は、成果を上げた人間を重く用いるという主義であり、そこにコストカットの主張はない。しかし、日本の企業は最初のボタンをかけ違えてしまったがために、誤った形で成果主義が導入され、それが日本のビジネスマン、ひいては会社そのものをも苦しめる結果になってしまったのである。

成果主義と結果主義は同じもの、という誤り

成果主義とは、「主義」と名が付く以上、イデオロギー、価値観である。つまり、正しいか正しくないかを超えた「主義主張」だ。そこで、本題に入る前に、成果主義以外の「人事における主義」について考えてみたい。

まず、成果主義と対比して考えられるのが「年功主義」だ。ここで注意しなければいけないのは、「年功」であって「年齢」ではないということだ。つまり、ただ年を取っているというだけではなく、年を経るごとに功績を積んできた人を重く用いるのが年功主義である。年齢主義はその人の年齢、あるいは卒業年次によって一律に給料が決められるが、年功主義は長く勤めることによって積み重ねてきたものを評価する、いわば「累積成果主義」ともいえる。いままで多くの日本人がこの考え方に納得してきた。

「主義」である以上、正否を取り沙汰す気はないが、個人的にはじつにくだらないと思う「主義」もある。最も首をかしげたくなるのは「身分・出自主義」である。さすがに最近はほとんどないが、士族や華族出身の社員が重用されるということが、よくあった。広い意味ではコネ入社した社員の出世が早い、などというのも身分・出自主義に含まれる。

次に学歴主義。たとえば、同程度の業績を上げている二人の社員のうち、一人が東大、もう一人が高卒の場合、東大卒のほうを先に昇進させるといったケースが考えられる。学歴主義は、その人の過去において一部の能力主義という見方もできるが、いま現在の能力ではないし、会社に対する貢献度の評価でないこともたしかだ。

学歴主義と近い位置にあるのが「試験結果・資格主義」である。いまでも官公庁などは一部、この制度を取り入れているようだ。試験の結果に基づいて配属先を決め、その後の昇進も試験結果と資格取得によって決めるのが試験結果・資格主義である。昔の海軍兵学校の学生は、入学試験や入学後の試験の成績順に並んで寝ていたという。彼らは寝るときにベッドではなくハンモックを使っていたため、「ハンモックナンバー」と呼ばれていたが、卒業するときのハンモックナンバーで、誰が、いつ、大佐になり、将軍になるかが大体予想できたそうだ。海軍に入ってからの成績や活躍ぶりではなく、卒業するときのハンモックナンバーが大きく物をいうわけだ。

成果主義という言葉が浸透する前には、「能力主義」という言葉もあった。いまもこの二つを混同して考えている人がいるが、成果主義というのは、能力があろうとなかろうと成果を出すことが重要なのに対し、能力主義というのは、成果を出すか出さないかではなく、能力があることが重視される。一見するとこの二つは相対する主義のようにも思えるが、じつは補完する関係にある。能力に応じて適した仕事を与え、その仕事によって成果を出せば重用するという方法がそれだ。つまり、能力主義的に仕事を与え、成果主義的に報酬を与えるというわけだ。

しかし、これを逆にするとどうだろう。たとえば優秀なバッターが次々とホームランを打つ。彼に、どうやったらホームランを打てるのかと尋ねてもなにも答えられないのだが、理屈はどうあれ、ホームランを量産するという成果を上げている以上、高い年俸が得られる。が、選手引退後、現役時代に成果を上げたという理由で監督になったとしても、どうやったらホームランが打てるのか選手に説明できない彼は、監督としての成果は上げられず、高い報酬は見込めないはずだ。バッターとしての能力があり、現役時代はそれに見合った成果は出せても、監督としての能力がなければ引退後に成果を出せないのは当然である。逆に、現役時代はパッとしない選手でも、指導力やリーダーシップなどの能力があれば、監督として十分に成果を上げられるはずだ。

また、能力主義と混同されがちなものに「資質主義」がある。男女雇用機会均等法によって、いまは制度上認められなくなったが、性別による昇進、昇格の差は明らかに資質主義である。外国人は昇進が早い、遅いなどというのも、言語能力の問題として逃げる企業が多いが、事実上の資質主義だ。

能力主義と資質主義の中間にあるのが、「人格・人徳主義」。これは、非常に曖昧なものだが、あながちその存在は否定はできない。とくに社長や重役など高い職務階層の人事を決めるときには、その人の持っている人格、人徳といったもので、重く用いるか否かを決めざるを得ない部分がある。人格、人徳は明文化しにくいものであることはたしかだが、たとえば、社内でもめごとがあったときに仲裁役になった、トラブルがあったときに正直に謝罪した、などという直接的な成果にはつながらないものの、人間関係形成力を表す行動を通して判断するのが人格・人徳主義である。

最後に、これはやや例外的ではあるが、「平等主義」というものもある。個々にまったく差をつけず、上下関係が一切ない。これが成り立つ組織はかなり限定されるが、一例を挙げれば、ボランティア組織がこれに当たるだろう。役割としてのリーダー的な人はいたとしても、評価・処遇に結びつけるわけでない。もう一つ、平等主義が成り立つ組織があるとすれば、個々の能力が非常に高いプロフェッショナル組織である。たとえば、指揮者のいないオーケストラとして知られる、アメリカのオルフェウス室内管弦楽団がこれだ。メンバー全員が世界的にも最高水準の能力を持ち、完璧にフラットな組織を形成している。上下のつけようのない集団だからこそ立派に成立している。

ここまで見たように、人事制度には多くの主義があり、「年齢主義vs成果主義」といった単純な構図ですべてをいい尽くせるものではない。成果主義を考えるとき、ここまで間口を広げて考えたいと思う。

すでに年功制には戻れない?

現在、なんらかの形で成果主義を取り入れている企業は、全体の約六割に達する。今後も成果主義に移行する企業が増えていくことは明白で、世はまさに成果主義時代だ。成果主義と聞くと、「ゆとりがなくなる」「厳しい時代になった」と嘆く向きもあるが、成果主義が導入される以前の日本企業の「主義」はどのようなものだったのだろうか。

まず、入社早々の新入社員は、とりあえずは「平等主義」の中で生きていた。あえて差をつけず、その人の能力を見極めるための期間として、三年程度の平等主義期間を設けていた。その人の行動や特性を知り、成果を生み出す潜在力があるかどうかを観察するのだ。ある意味では長期で能力を見極める「能力主義」ともいえよう。そこから徐々に「年功主義」に移行していく。

ここで重要なのは、年功主義のもとでも、最後まで差をつけないわけではないという点だ。たとえば管理職昇格のとき、課長、部長とポジションが上がるごとに社員は選抜されていく。最後まで平等主義を続けるわけではなく、個々の功績や能力、いまでいうコンピテンシーも査定されていた。いまの成果主義と違う部分があるとすれば、その評価が固まってもなかなか処遇に反映させず、金銭面でもポスト面でも、いわば後払い方式で評価されてきたという点だ。それでもなおかつ社員があまり文句をいわなかったのは、長い時間をかけて、暗黙のうちに了解していたからだと思う。つまり、長期合意形成が行われた上での選抜だったのだ。

日本の企業が成果主義を導入するまでは、社員間に差がつかない完全平等主義だったと思っている人がいる。しかし、もしそうだとしたら、課長になるのも部長になるのも、全員同時であったはずだ。そして全員が取締役や社長になれたはずだ。年功序列主義のもとでも、出世の早さに違いはあったし逆転劇もあった。ただ、それが即座に処遇に反映されなかったのは、個々の努力を高めるための企業側のテクニックだったように思う。「がんばれば自分もいつか部長になるチャンスはある」という幻想を抱かせて努力をさせた。客観的に見ると気の毒に思えるが、それが日本企業の強さを支えていた一側面でもあると思う。

長期の合意形成、処遇は後払い、最終的には差をつけるというシステムが、なぜこれまでの日本企業で機能していたのだろうか。日本企業は、変化をあまり必要としない環境に、少なくとも30年間ぐらいはいたはずだ。アメリカのあとを追っていればいい、大量生産をしていけばいいという社会の中では、物事を長期的に見ることが可能だった。また、個々が突出するよりも、チームワークを重んじたほうが成果が出る産業構造でもあった。

ところが、変化の激しい世の中になり、一人の天才が100人の凡才に勝るという時代となった。その一人の天才にとっては、その他大勢の凡才と同じ処遇では納得がいかない。「どう考えたって会社の利益の90%は自分のアイデアによるものだ」と思った瞬間に、「なんでほかの社員と給料が一緒なんだ」と不満が頭をもたげる。そんなとき、「年俸10億円出すから、うちで働かないか?」と誘ってくる他社があれば、当然、転職を考えるはずだ。優秀な社員を引き抜かれると利益が落ちてしまう企業側は、10億円は無理としても、1億円くらいは払うから残ってほしいということになる。しかし、人件費の総額は増やせない。誰かに1億円を払おうとすると、別の誰かの給料を減らさなければいけない。どうやって減らす? なにを基準に減らす?それでは、成果主義を取り入れようというわけだ。

そんなコスト重視の考えから成果主義を導入することになった日本企業の多くは、短期的な結果のみを基準にしてしまった。成果主義は必ずしも「結果主義」ではないはずなのに、結果だけで成果を測ろうとしたところから成果主義の歪みが生じたのだ。

さらにいうと、なにをもって結果とするのかを考えたときに、営業社員の売上のように、わかりやすい基準がある場合はともかく、その基準がないものにまで短期結果主義を取り入れてしまったのも歪みの原因となった。この10年間で日本が失ったものは、短兵急に短期結果主義を取り入れたことによって、本来的には長期にわたって成果を生み出さなくてはならない機能が弱体化したことではないかと思う。

そこで考えてみてほしい。あなたの会社の成果主義は、あなたが従事している業種・業態は適合しているだろうか。本来ならば長期的な成果を目指さなければならないのに、とりあえず目先の結果を出すためだけの仕事に身をやつしてはいないだろうか。

本書はあくまで社員の側に立った成果主義の本である。成果主義を取り入れる企業がますます増えつつあるいま、その制度にもさまざまなものがあり、それを受け止める社員の反応もさまざまだ。これからは、企業という組織の中で働くみなさんが、成果主義時代の中でそれを真っ正面から受け止めていくことが大切な時代である。新しいシステムが定着しつつあるいまだからこそ、過去にはなかったメリットを享受できることもある。
成果を上げようとがんばるのもよし、成果に汲々とせずにのんびりやるもよし。100社あれば成果主義も100通りの制度があるべきだし、そこに身を置く社員も100人いれば100通りの生き方が選べるはずだ。

成果主義時代をいかに快適に泳ぎ抜くか、企業で働くみなさんと腰を据えて考えていきたい。

(2004年11月に発行された『やる気を引き出す成果主義 ムダに厳しい成果主義』序章より著者および出版社の許可を得て転載)
※野田助教授が講師を務める慶應MCC先端・専門プログラム『人事プロフェッショナル養成講座』の参加者と議論した、各企業の成果主義についても、第4章に書かれています。(【てらこや】編集局注釈)

野田 稔(のだ・みのる)
野田 稔

  • 多摩大学経営情報学部助教授
  • 株式会社リクルートフェロー
  • ワトソンワイアット株式会社社外取締役
慶應MCC担当プログラム
一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。野村総合研究所経営コンサルティング一部部長を経て、2001年より現職。組織・人事領域を中心に、ベンチャー立ち上げ支援を含め、幅広いテーマで実践的なコンサルティング活動を行う。また、株式会社アミューズにエデュテイメントタレントとして所属し、TBS「ブロードキャスター」などメディアでも活躍中。
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