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ピックアップレポート

2004年11月09日

福田 亮子「高齢者に優しいウェブサイトの構築を目指して―目の動きとナビゲーション行動から問題点を探る―」

福田 亮子
慶應義塾大学環境情報学部専任講師

インターネットの普及と高齢者にとっての問題

いまやインターネットは私たちの生活に欠かせない情報源、サービス源と言っても過言ではない時代となった。その中でユーザ層も広がりを見せ、若い世代だけでなく高齢のユーザも確実に増加している。高齢者、特に身体の自由に制限がある人にとっては、オンラインショッピングやオンラインバンキングなどが役に立つであろうし、世界中からあらゆる情報を入手できるということは高齢者の生活に彩りを添えることにもなる。高齢のユーザをターゲットとしたウェブサイト、さらには高齢のユーザ自身によって運営されているサイトなども見かけられるようになり、高齢者の間にもウェブの利用が確実に浸透してきているということを実感することができる。

しかしウェブサイトのデザインを見てみると、たいていの場合は決して高齢のユーザにとって使いやすいものではないことに気づく。細かい文字や低コントラストの配色は情報を見にくくするし、小さなハイパーリンクはクリックするのが難しいというように、高齢のユーザが利用する上で問題となりそうなデザインが蔓延している。今年になってJIS規格でも高齢者・障害者配慮設計指針の一環としてウェブコンテンツデザインのガイドラインが制定され、これを機に状況の改善が期待されるが、デザインが利用時の行動に与える影響を具体的にデータで示せば、サイトをデザインする側にガイドラインの重要性をより積極的に伝えることができる。高齢ユーザの持つ問題を的確に把握する上でも、高齢ユーザの協力を得てデータを得ることが肝要である。

ウェブサイト利用時のユーザの行動分析実験

筆者はウェブサイトで情報検索をする際のユーザの目の動きを測定し、ナビゲーション行動の記録および実験後のインタビューを通して、高齢ユーザと若年のユーザがウェブ利用のどのようなところで問題を持っているかを明らかにした。素材として取り上げたのはドイツの3つの都市交通局のウェブサイトであり、その中にある電子時刻表を利用して与えられた条件に合う電車の接続を調べるという課題を課した。その結果、高齢ユーザと若年ユーザに共通して見られる問題と高齢ユーザ特有の問題が明らかになった。

・年齢に関係なく共通して見られる問題

デザインが目の動き及びナビゲーションに与える影響は歴然としていた。例えば電子時刻表の検索条件設定のページでは、条件を入力するフィールドのすぐ下に「検索」ボタンがあれば、ユーザは迷うことなく検索を開始することができるのに対して、そうでない場合には目的のボタンよりも近いところに配置されている別のハイパーリンクやアニメーションつきのバナーに視線を引かれてしまい、肝心の検索ボタンには目も向いていないということが明らかになった(図1および図2参照)。これは明らかにページデザインのミスである。各ページのレイアウトはそのページで行われる行動の流れに沿ったものでなければならない。

図1:よいデザインのページにおける目の動き
図1:よいデザインのページにおける目の動き

図2:悪いデザインのページにおける目の動き
図2:悪いデザインのページにおける目の動き

また、ナビゲーション用のハイパーリンクがスクロールをしなければ見えない場合、ハイパーリンクが小さい場合、さらには似たような名前のハイパーリンクが複数ある場合には、必要とするハイパーリンクを見つけるまでにより多くの目の動きを必要とすることも示された。

・高齢ユーザ特有の問題

やはり文字の大きさの影響は高齢ユーザで顕著に見られた。人間が静止している対象物を見る際の目の動きは、視線がほぼ停止して外界から情報を受容している「注視」という状態と、視線が高速で運動していて外界からの情報受容はほとんど行われない「サッケード」という状態に分けられる。ものの見易さは上記の「注視」が毎回どのくらい続くか、すなわち平均注視時間によって評価することができる。図3にあるように、使われている文字が10ポイントだと高齢者の平均注視時間は若年者に比べて長くなるのに対して、12ポイントの文字の場合には両者の差がない。また、高齢者は非常に細いスクロールバーの上にマウスを合わせて操作するのにより長い注視を必要とする。したがって、高齢のユーザをターゲットとする場合には特に文字やその他の要素の大きさに配慮する必要がある。

図3:要素別平均注視時間
図3:要素別平均注視時間

また高齢の、特にウェブの利用経験が浅いユーザの場合には一度ナビゲーションが思ったようにいかなかったら、そのときに使ったハイパーリンクを以後は使わなくなる傾向が強い。逆にどこに繋がっているか確実にわかっているハイパーリンクは多用する傾向も認められた。すなわち、高齢のユーザはいろいろ試してみるよりは確実な方法でナビゲーションを行うことを好むのである。ユーザの考えるナビゲーション構造に合ったサイトデザインが望まれる。

今後の課題

ウェブ利用における高齢者の行動分析は始まったばかりである。ここでご紹介した例は電子時刻表を扱ったものであるが、ウェブ上で提供されている情報・サービスの種類は非常に多岐にわたり、各サイトの構造やページデザインは扱う内容によって決まる部分も多い。今後も同様の手法で高齢のユーザにとっての問題点を明らかにし、高齢者にとって優しい、ひいてはすべてのユーザにとって優しいウェブサイトの構築に寄与できるデータを提供したいと考えている。
2003年11月に発表された論文
“Eye tracking study on Web-use: Comparison between younger and elderly users in case of search task with electronic timetable service” (PsychNology Journal, 1(3), 202-229)を【てらこや】用に翻訳、アレンジして掲載

福田 亮子(ふくだ・りょうこ)
  • 慶應義塾大学環境情報学部専任講師
1994年慶應義塾大学環境情報学部卒業、 1996年同政策・メディア研究科修士課程修了、1999年同博士課程修了。1998年10月より2002年3月までドイツ学術交流会(DAAD)奨学生としてミュンヘン工科大学人間工学研究室に留学、その後2002年4月より2004年3月まで同研究室研究員として高齢者のウェブ利用における行動分析、原子力発電所運転員のコミュニケーション分析(GIHRE Project: Group Interaction in HighRisk Environment)、ドイツ機械振興協会(VDMA)のソフトウェア人間工学ガイドライン作成などに従事。2004年4月より現職。専門は人間工学およびジェロンテクノロジー(加齢工学)。博士(学術)(慶應義塾大学, 1998)、理学博士(ミュンヘン工科大学,2004)。
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