ピックアップレポート
2021年12月14日
岸本 早苗『自分を思いやるレッスン~マインドフル・セルフ・コンパッション入門』
自分を思いやるレッスンにようこそ
セルフ・コンパッション―「自分を思いやる力」
失敗をしたとき、苦しいとき、皆さんはどんなふうに自分と接していますか?
私たちの多くは、子どもの頃から、自分自身を評価し、批判し続ける環境で生活しています。
「なぜもっとうまくできないんだ」
「(今の)自分は十分ではない」
「つねに他人と比べられる」
いまこのエッセイをお読みの皆さんももしかしたらこのような苦しさを胸の奥にしまいながら、日常生活を送っているのではないでしょうか。
たとえば、先行きが見えない社会情勢が続くなかで不安に押しつぶされそうになるときに、自分を必要以上に追い詰め、孤独感がさらに増していく。仕事や学業で思うような成果をあげられないとき、他人と自分を比較して自分の能力を疑う。子育てがうまくいかないときに、こんな自分ではダメだと自信をなくし、自分を叱責する。過去に自分がした選択に対して、後悔の気持ちが募り、自分を許すことができない。
近年の心理学研究によって、誰もが当然のように持つ、このような自分への厳しくて批判的なかかわり方が、自分自身の成長や、良好な人間関係、心身の健康を妨げる要因になっていることが明らかになってきました。
「セルフ・コンパッション」とは何か―
簡単にいえば、他の人を思いやるように自分のことを思いやる、という考えで、心理学者クリスティン・ネフ博士(テキサス大学准教授)などにより現在英語圏を中心に発展・研究が進んでいます。
セルフ・コンパッションのレベルが高い人ほど、人生への満足度、幸福感、社会的なつながり感、他者への思いやり、自信、感謝、楽観性などが高い傾向にあり、反対に、そのレベルが低い人ほど抑うつ感や不安、ストレス、完璧主義、恥といった心理状態が強い傾向にあると、ネフ博士の研究のほか、ドイツやスコットランドの心理学者らによるメタ解析の研究で報告されています。
生理学的には、自己批判の傾向が強いと、体内で自己防衛のシステムが働き、ストレスを感じるホルモン、コルチゾルやアドレナリンが分泌されやすく、反対にセルフ・コンパッションを感じていると、幸せを感じるホルモンのオキシトシンなどが分泌されることがわかっています。
また、セルフ・コンパッションが高いほど、自己コントロールが高いことや、自分の行動に責任感を持ち、必要なときには謝ることができるとも報告されています。
対人関係では、他者の視点に立つことができたり、許すことができる傾向との関連が報告されています。恋愛や結婚などのパートナーとの関係においては、相手を支配しようとしたり、攻撃しようとしたりすることが少なく、相手へのやさしさや親密さを持つことや、相手のニーズを認め譲歩することと関連があるといわれています。
自分を甘やかすより、長期的な視野で自分の健康に役立つライフスタイルを選ぶ傾向があることや、失敗への恐れや不安より、自分が大事にしたいことのために行動を起こす力が高いことが報告されています。
つまり、セルフ・コンパッションは決して、弱さや甘え、自分勝手なことでもありませんし、やる気をそいでしまうものでもありません。自分だけで完結するものでもありません。自分をひとりの人間として尊重し、思いやりを向けていくことによって、身近な人や社会への思いやりの行動が広がり展開していく、今の時代に必要不可欠なスキルと言えるでしょう。
エビデンスに基づく心のトレーニング
マインドフル・セルフ・コンパッションを教える講師は日本ではまだ少なく、このプログラムは、なかなか日本では体験することができません。
そこで、1980年代からマインドフルネスに基づく心理臨床を行ってきたハーバード大学の臨床心理学クリストファー・ガーマー博士と、先述のクリスティン・ネフ博士によって開発された、マインドフル・セルフ・コンパッション(Mindful Self-Compassion)―マインドフルネスを土台に自分を思いやる力を段階的に耕していく体験型のプログラム―に基づき『自分を思いやるレッスン – マインドフル・セルフ・コンパッション入門』を著しました。本書がマインドフル・セルフ・コンパションの冒険の旅に出るきっかけになりますように願って。
ここで、マインドフルネスやセルフ・コンパションが私たちの心身の健康を高め、人生の質を高める方法として広がってきた流れを、研究の視点から少し眺めてみましょう。
仏教の瞑想を学んでいたジョン・カバットジン博士(分子生物学)が、1970年代にマサチューセッツ大学の医療現場で慢性の痛みに対してマインドフルネス・ストレス低減法を開発してから、医療領域でのマインドフルネスの研究はさらに進んでいます。
マインドフルネス・ストレス低減法をもとに、オックスフォード大学やトロント大学の心理学者らによって、うつ病の再発予防に効果が検証されたマインドフルネス認知療法が開発され、現在では、臨床場面での応用がさらに進んでいます。
このような科学的なエビデンスは、マインドフルネスや瞑想が信頼感をもって教育や企業など広く社会で興味を持たれる一助となっているのではないでしょうか。
マインドフルネス・ストレス低減法では、自分への思いやりは明示的には扱わず、実践を通じておのずと自分を思いやる力もついてくると考えられています。
一方、「自分への思いやり」を明示的に扱い、開発されたのが、マインドフル・セルフ・コンパッションです。マインドフル・セルフ・コンパッションは、マインドフルネス・ストレス低減法に着想を得ながら、各セッションでのトレーニング内容では具体的に自分を思いやるアプローチにたち、他のセラピーの知見も取り入れながら、開発されました。
また、マインドフルネスによって心の健やかさや人生への満足感が高まっていくとき、「自分への思いやり」がじつは重要な要素であることが、さまざまな研究でより明らかにされるようになってきました。たとえば、オックスフォード大学の心理学者による研究では、マインドフルネス認知療法が心の健やかさに効果をもたらすのは、マインドフルネスとともにセルフ・コンパッションの働きによるものだと報告しています。
うつや不安の治療をしていく上で、症状の重さやクオリティ・オブ・ライフ(人生・生活の質)には、マインドフルネス以上にセルフ・コンパッションがより関与していることもわかってきました。
心身への効果を語るとき、研究のお作法を守った方法でエビデンスを検証することは大切です。広く一般の層を対象として自分への思いやりに特化する心理教育として開発されて、その効果のエビデンスが科学的に証明されているのは、マインドフル・セルフ・コンパッションが唯一のプログラムです。プログラムの参加者は、未受講の人に比べて、自分への思いやりや他者への思いやり、マインドフルネス、社会的なつながり感、人生への満足感や幸福感が高まり、抑うつ感や不安、ストレスが軽減することや、糖尿病の患者さんでは、糖尿病に関するストレスの軽減だけでなく血糖コントロールがよくなるなど身体面への好影響がわかっています。職場の組織文化やコミュニケーションに変化を感じるかたもいるようです。
より詳しくまた具体的にご関心ある方は『自分を思いやるレッスン – マインドフル・セルフ・コンパッション入門―』をお手に取っていただけましたら幸いです。
本書には、皆さん自身の身体や心だけでできるシンプルなエクササイズが待っています。自分にはどのエクササイズが効果的なのか発見し、その過程を楽しみましょう。
本書を読み終える頃には、完璧ではなくて欠点があって、人間らしい自分自身の行動や思考、感情を、これまでよりも深く理解し、自分を知ることができるでしょう。
そして、いつもの自己批判ではなく、新しいかかわり方で自分と親しくなり、今の自分を受け容れやすくなり、自分や大切な誰かへ必要な行動を少しずつ始められるようになっていただけたらと願っています。
『自分を思いやるレッスン~マインドフル・セルフ・コンパッション入門』(岸本早苗著、大和書房)の序章を著者と出版社の許可を得て改編。無断転載を禁じます。
- 岸本 早苗(きしもと・さなえ)
- 臨床心理士、公認心理士
- 京都大学大学院医学研究科健康増進・行動学分野客員研究員
- 病院組織アドバイザー
- マインドフルCARE®代表
- 外資系経営コンサルティングファームでの企業の合併人制度設計・コンピテンシーモデル開発や、病院の経営戦略立案・業務改革プロジェクト、産婦人科病院での心理臨床を経て渡米。ハーバード公衆衛生大学院修士課程修了後、ハーバード大学医学部・ボストン小児病院にて医療職へのプロフェッショナリズムやコミュニケーションの教育・研究に従事、同・マサチューセッツ総合病院産婦人科にて医療の質管理者として勤務後、京都大学大学院博士後期課程(医学研究科社会健康学系専攻)単位取得満期退学。京都大学ではオンライン・マインドフルネスのランダム化比較試験や、メンタルヘルスに関するネットワークメタ解析の研究を行う。
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マインドフルCARE®
本書に紹介するマインドフル・セルフ・コンパッションのオンラインセッションにご関心のある方は上記マインドフルCARE®をご覧ください。
【一般の方へ】公募受付時はマインドフルCAREのウェブサイトに掲載・お知らせいたします。来年1月頃から開催予定です。
【法人の方へ】info@mindfulcare.jp までお問い合わせください。(※現在多くのお問い合わせをいただいておりますが個人一般のご相談は受付けておりませんのでご了承ください。)
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