ピックアップレポート
2022年06月14日
桑畑 幸博「デザイン思考のマーケティング」
「世界的なパンデミックで天気予報が外れやすくなる」
現代版の「風が吹けば桶屋が儲かる」に聞こえるかもしれないが、これは事実だ。
あまり知られていないことだが、天気予報には航空機から刻々ともたらされる気象データが衛星や観測地点で得られるデータの補完として活用されている。
しかし一昨年からの新型コロナの拡大に伴い、海外便の航空路線は大きく便数が削減され、それに伴って気象データが手に入らなくなっているのだ。
コロナ禍の影響が天気予報にまで…
まさに「VUCAの時代」を象徴するひとつの事象と言って良いだろう。
コロナ禍だけでなく、今般のロシアのウクライナ侵攻、AIやメタバース等の技術革新により、これからの生活、ビジネス、そして社会は変動性(V:Volatility)が大きく、速くなっており、また不確実性(U:Uncertainty)や複雑性(C:Complexity)も高いため、未来が予測できなくなっている。
さらにジェンダーフリーや製造業のサービス産業化など、様々な境界線の曖昧さ(A:Ambiguity)も加速しているため、過去の経験則が通用しなくなっている。
これがVUCAの時代だ。
では、そんな時代に企業のマーケティングはどうあるべきか。
今までの成功体験や顧客のニーズ分析も当てにならない。これは多くの企業が直面している問題であり、「マーケティングが難しい時代」になっている。
しかしどの企業も暗中模索という状況は、裏を返せば現代は「イノベーションを起こしやすい時代」になっているとも言え、企業の規模に関わらず「チャンスは誰にでも転がっている」はずだ。
そこで多くの企業が注目しているのが「デザイン思考」だ。
デザイン思考とは、要するに「デザイナーの思考プロセスを応用し、未知の問題や課題を解決するための思考法」だ。
さて、デザインの思考プロセスのポイントとは何か。私は以下の3点に集約されると考えている。
1. 顧客の感情にフォーカスする
2. 試行錯誤を重んじる
3. 五感を駆使する
順番に説明していこう。
まず、デザイナーが最も重視するのが自分の作品を鑑賞し、使用する顧客の「感情」だ。
使いやすいとか美しいといった感想ではない。く、例えば使いやすいことで「どのようなストレスから解放される」のか、美しい自分を誰に見せることで「どのような気分を味わいたい」のかといった「最終的に得たい感情」「顧客が幸せになる状態」を徹底的に掘り下げて考える。
デザイン思考が「人間中心」と言われ、その最初のステップが「共感」だと強調される理由がここにある。
「誰を幸せにしたいのか」
経済合理性は確かに重要だが、企業の理念やビジョンをブレークダウンして組織や企画者本人の「大義を実現したいという意志」、今流に言えば「パーパス」にフォーカスするのがデザイン思考なのだ。
そしてデザイナーの作品で最初に思いついたものが日の目を見ることはほとんどない。人間が最初に思いついたモノゴトは、多くの場合「誰もが思いつくこと」だからだ。
だから彼らは「質より量」と考え、ある程度形になったものですら「やっぱりダメ」と平気で捨てる勇気がある。陶芸家の制作過程でそうしたシーンを見た人も多いだろう。
重要なのは「試行錯誤すること」であり、その先に素晴らしいアウトプットがあることを信じているのだ。
さらに、その試行錯誤のプロセスでデザイナー達が駆使するのが「五感」だ。
当たり前だが、彼らは頭の中だけで考えるのでなく、手を動かして数多く作品を描き、作る。その中で「強度は…」と言葉や数値データを使うことはもちろん重要だが、それだけでなく、目で見たり、叩いて音を聞き、触って感触を確かめたりする。
また顧客の作業を自分の目で観察し、時には試作品を実際に見て、使ってもらい、そこでの顧客の一挙手一投足もしっかり観察する。
言葉や数字だけに頼らず、視覚 や聴覚、触覚という自分の五感から得られる情報も「考える材料」として活かそうとするのだ。
ここまでデザイン思考の本質を述べてきたが、これらは生産管理や会議の進め方など、様々な業務の問題解決に応用できることがおわかりだろう。
では、本論の主題である「マーケティング」ではどうだろうか。
私は思考スキルとマーケティングを専門としており、様々な事例や書籍・Webメディアをチェックしているが、「マーケティングにおけるデザイン思考の活用」というテーマで「これだ」という解を見つけられていない。
「デザイナーの視点」「人間中心」という「ふんわりした」抽象論、かけ声レベルの言説や、単に「プロトタイプで試行錯誤」「観察が大切」というデザイン思考のポイントのひとつをピックアップして従来のマーケティングとの違いを説明するもの、またとにかく様々なツールやフレームワークを紹介するものが多い印象だ。
もちろん、これらは決して間違ってはいない。しかし、いずれも「従来のマーケティングにデザイン思考を組み込む」がコンセプトに思える。
私は、今多くの企業で必要なのは「デザイン思考によって新たなマーケティングを構築すること」だと考える。
つまり従来のマーケティング、言い換えればマーケティングの教科書で教えられてきた「現状分析→ターゲティング→ポジショニング→マーケティング・ミックスという王道のプロセス」とは異なる、デザイン思考を取り入れた「新しいマーケティングプロセス」の構築が求められているのだ。
上の図は従来のマーケティングのプロセス、いわゆる「マーケティング・マネジント」と呼ばれるものと、デザイン思考で再構築したマーケティングのプロセスを並べたものだ。
デザイン思考のマーケティングの方は、最もスタンダードな「スタンフォード流」のプロセスを元に私流に翻訳してみた。
さて、パッと見てどのような違いに気づくだろうか。
まず目に付くのは従来のプロセスには無い「プロトタイプ」「テスト」のプロセスだろう。「試行錯誤」というデザイン思考の本質のひとつが、従来の「綿密に計画を練り上げ、内容の決まった商品・サービスを計画通りの価格やチャネル、プロモーションで顧客に届ける」とは異なっている。
ただ、従来からテストマーケティングという手法は存在し、これをもって今までのマーケティングと大きく違う、とは言えない。
それよりも試行錯誤という点で注目したいのは、図の矢印だ。
従来のプロセスではそれが一方向なのに対し、デザイン思考のマーケティングでは、逆向きの矢印も存在する。テストのステップから最初の共感ステップへ戻ったりと、根本的なやり直しを恐れないのがポイントだ。
そしてもうひとつ、ある意味最も従来のプロセスと異なるのがターゲティングの考え方だ。
ご覧の通り、従来のマーケティングではしっかりと現状分析を行った後にターゲットとなる顧客を絞り込んでいくが、その根底にあるのは「どのような顧客をターゲットとしたら儲かるのか」という経済合理性を重視する企業論理だ。
もちろんそれは何も間違ってはいない。
しかし、先に述べた通りデザイン思考の最初のステップは「共感」であり、そこに流れているのは「誰を幸せにしたいのか」という企業の思想、「パーパス」なのだ。
例えば富士通が実践するデザイン思考をベースとしたパーパス経営にも、この思想が背景となっていると私は考えている。
このパーパスをブレークダウンする。言うなればパーパスをより具体的に磨き込み、特定の顧客の笑顔にフォーカスし、その潜在的ニーズをいくつもいくつも徹底的に洗い出してみる。
このプロセスこそ、デザイン思考のマーケティングの「キモ」であり、そこで使うのが行動観察という手法や、顧客を取り巻く状況を可視化するアクターズマップといったツールだ。
念のため補足すると、デザイン思考のマーケティングで現状分析をやらないわけではないし、そこで使用するアクターズマップなどは間違いなく現状分析のツールだ。(ただし、言葉で現状を整理するSWOTと異なり、アクターズマップは相関関係を図(絵)にする視覚情報中心のツールという点は異なる)
いかがだろうか。
デザイン思考を取り入れた「新しいマーケティングプロセスの構築」のイメージがつかめてきただろう。
では、具体的にどうやってこの「デザイン思考のマーケティング」を実現させるか。
どのようにして共感のステップで顧客ニーズ、それも顧客の琴線を震わせるような潜在的ニーズを探索するのか。
アクターズマップ他のツールを、どこでどうやって使うのか。
顧客からフィードバックをもらうためのプロトタイプにはどのような種類があり、どう作れば良いのか。
こうした様々な問いに頭を悩ませなければならない。
それに対する回答が、この7月から私が慶應MCCで新たなプログラムとしてスタートさせる『デザイン思考のマーケティング』だ。
参加者と一緒にいくつかの著名な企業の新たなマーケティングをデザイン思考で考え、試行錯誤してアウトプットを出していくプログラムになる。
ただ、こうしたプログラムをスタートさせても、私は従来のマーケティングを全く否定していない、という点だけは伝えておきたい。
ビジネスとして「どのような顧客を相手にするのが儲かるのか」という考え方は何も間違っていないし、従来のやり方で成功している企業や事業はまだまだ多い。
要するに「使い分け」であり、デザイン思考のオイシイ部分をつまみ食いして自社のマーケティングに取り込んでも全く問題ない。
重要なのは、従来のマーケティング手法に加え、デザイン思考を取り入れた新たなマーケティング手法を「ひとつの選択肢」として加えることなのだ。
だから私の想いはこうだ。
「VUCAの時代に悩むマーケターに、新たな選択肢と武器を手渡したい」
「人間中心で考え、躊躇無く試行錯誤できる組織や人材を増やしたい」
そしてマーケティングだけでなく、プログラム参加者がデザイン思考を活用することで、幸せになる人を増やしてほしい。
それが私自身の「パーパス」であり、新プログラム「デザイン思考のマーケティング」に込めた想いなのだ。
桑畑 幸博(くわはた・ゆきひろ)
慶應MCCシニアコンサルタント
慶應MCC担当プログラム
ビジネスセンスを磨くマーケティング基礎
デザイン思考のマーケティング
フレームワーク思考
イノベーション思考
理解と共感を生む説明力
大手ITベンダーにてシステムインテグレーションやグループウェアコンサルティング等に携わる。社内プロジェクトでコラボレーション支援の研究を行い、論旨・論点・論脈を図解しながら会議を行う手法「コラジェクタ®」を開発。現在は慶應MCCでプログラム企画や講師を務める。
また、ビジネス誌の図解特集におけるコメンテイターや外部セミナーでの講師、シンポジウムにおけるファシリテーター等の活動も積極的に行っている。コンピューター利用教育協議会(CIEC)、日本ファシリテーション協会(FAJ)会員。
主な著書
『屁理屈に負けない! ――悪意ある言葉から身を守る方法』扶桑社
『映画に学ぶ!ヒーローの問題解決力』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2020年
『リーダーのための即断即決! 仕事術』明日香出版社
『「モノの言い方」トレーニングコース』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2017年
『すぐやる、はかどる!超速!!仕事術』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2016年
『偉大なリーダーに学ぶ 周りを「巻き込む」仕事術』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2015年
『すごい結果を出す人の「巻き込む」技術 なぜ皆があの人に動かされてしまうのか?』大和出版
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