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ピックアップレポート

2023年03月15日

真山 仁『“正しい”を疑え!』

真山仁
小説家

自分が「当たり前」だと思っていることにこそ、才能が隠されている―。

私の場合、それが「他の人とは別の角度から物事を見る力」だったのではないかと思っています。
それを生かしての世の中に役立つ方法を考えた結果、私は小説家になろうと決心しました。自分が社会に対して抱く疑問や矛盾、あるいは別の選択肢の提案などを、小説に織り込んで多くの人に伝えられると考えたからです。
そして、その決意を支えたのが、これから皆さんに話そうと考えている“正しい”を疑うスタンスでした。

さて、私が書いているのはエンタメ小説です。読み始めたらページをめくる手が止まらないほど面白い作品を読者に届けたくて、日々努力しています。
さらに、小説を通じて、社会で起きている様々な現象に対して問題提起したり、選択肢を増やしたり、警鐘を鳴らそうとしています。
小説を通じて社会を良い方に変えたい、と考えているからです。
それは大袈裟で、ありえない、と思うかもしれません。でも、私自身が、十代からたくさんの小説を読み続け、純粋にエンタメとして楽しむだけでなく、社会の矛盾に怒りを覚えたり希望を感じたりしてきた経験から、そう確信しているのです。
小説は、現実ではない世界の物語ではあります。とはいえ、架空の世界なりに違和感なく読み進んでもらうためには、読者が納得できるリアリティが欠かせません。
また、読者に感情移入してもらうには、登場人物や場面設定に魅力が必要です。
そうした要素を満たすために、楽しいことや喜びだけでなく、怒りや悲しみの感情もしっかりと物語に織り込んでいかなければなりません。
そのような前提を踏まえ、現実の社会で起きている現象に対する疑問や違和感、不条理とともに正義感や希望などを物語に込めていきます。
私が読み、「素晴らしい!」と感動した作品には、そうした熱い魂のようなものが存在していました。
それが時に社会を変える原動力になったり、生きる勇気を与えてくれたりするのです。

私は海外のエンタメ小説をたくさん読んできました。外国を舞台に、外国の登場人物の活躍を読むことで、彼ら独特の価値観や感情に共感したり、作中で描かれる社会の問題を身近なこととして考えられるようになっていきました。
同時に「日本人って、世界の中では随分特殊な国民だなあ」と気づき、日本という国を客観視する目を持つようになりました。
その結果、国が違えば文化も価値観も違うのが当たり前、という視点で考えるクセがついたのです。
そして、外国人の目で日本を見ることもできるようになっていきました。
小説が私を育ててくれた、と思っています。
社会を見る目、人の発言や行動を分析する力、価値観の多様性、異なる文化が衝突する理由、その解決策などなど、みな、小説が教えてくれました。
「好きこそものの上手なれ」ということわざがあります。小説家の多くはたくさんの小説を夢中になって読み、興奮しているうちに、自分で物語を書いてみたくなり、書けるはずだと信じて夢を実現させたのです。
私もそうでした。
自分が生まれてきた意味、どうすれば世の中の役に立てるか、をずっと考えてきたけれど、自分の好きな小説を通じてなら実現できると思い、高校時代に小説家を目指すことを決心したのです。

小説家の看板を上げてから、十八年ほどになります。一貫して、面白さを追求しつつ社会で見落とされがちな問題に光を当てる小説を書いてきました。
はたして自分がどこまで小説家として、読者の期待に応えられているのかはわかりません。
でも、私の小説を読んだ方から、「世の中の見方が変わった」とか「生きる意味を発見したかもしれない」という感想をいただいていることからすると、少しは「役に立っている」ところがあるようです。
自分にそなわっている能力を見つけられるのは幸せなことですが、それを磨かなければ、何の意味もありません。
他人と異なる視点や価値観で物事を見て小説に生かすために、私が自分に課していることがあります。
それは、世間が“正しい”と思っているものを疑おう、という姿勢です。
その姿勢を持ち続けてきたことが、今の私をつくったと言えます。
その姿勢は、訓練すれば誰でも身につけられます。ただ、最初のうちは強く意識しなければなりませんし、自問自答も大切です。
難しくありませんが、根気はいるかもしれません。でも、コツをつかめば身につくと思います。できれば、そのトレーニングは若いうちがいい。それが、この本を書こうと思った理由です。

架空の話、言ってみれば「ウソの世界」を書くのが仕事なのに、そんな人が、「“正しい”を疑え」をテーマに、いったい何を語るつもりだ?と思うかもしれません。
その疑問、いいところを突いています。
私の小説は、現実とほぼ同じ世界が舞台で、そこに架空の人物が登場して事件を起こす作品が大半です。読者に楽しんでもらうために、物語内の世界に違和感を持たれないよう注意しています。

現実社会では、多くの人が真実だと信じていることがウソだったり、ウソみたいな話が真実だったりすることが、しばしばあります。
また、架空の世界であっても、小説の登場人物の気づきが、実社会に通じるとても大切な「誠」だったりすることもあるのです。
私は、虚構の世界で「真実」や未来の希望を追い求める小説を書いてきました。世の中に「絶対」なんてありえないし、「神話」だと言われることの大半は、誰かが勝手につくりあげたウソだったりするんだよ、と多くの人に伝えたいからです。
最近よく聞く言葉を使うと、人生も社会も「多様性」が大切で、多様性とは各人の価値観を互いに認め合うことだ、とも言えます。
だから、「これが絶対に正しい」などと言われることを疑う必要があるんです。

そこで、私自身の経験を踏まえて、“正しい”という考えの根本にあることや、社会が閉塞感に包まれると、“正しい”が怪物のように暴れ回る理由について、一緒に考えていきたいと思います。
きっと本を閉じたとき、「なんだ、そんなことだったのか。あまり気にせず、自分のやりたいことをやろう」と思えるようになっている、はずです。

じゃあ、始めましょうか。

 

『“正しい”を疑え!』のまえがきを著者と出版社の許可を得て抜粋・掲載しました。無断転載を禁じます。

出版社:岩波書店(岩波ジュニア新書) ; 発売年月:2022年9月; 本体価格:860円(税抜)

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真山仁さんと混迷の時代を生き抜く上で欠かせない“正しい”を疑う力を養うagora講座を開催します。日本社会が抱える諸問題を題材に、真山さんの“正しい”を疑う力に直接触れたい方、自身の“正しい”を疑う力を高め、ブレない私見を持ちたい方にお勧めいたします。

『真山仁さんに聞く【“正しい”の疑い方】』
2023年4月15日開講・全6回


真山仁

真山 仁(まやま・じん)
小説家

慶應MCC担当プログラム
『真山仁さんに聞く【“正しい”の疑い方】』

1962年大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。 新聞記者、フリーライターを経て、2004年、企業買収の壮絶な舞台裏を描いた 『ハゲタカ』 でデビューを飾る。同シリーズはドラマ化や映像化され大反響を呼ぶ。主な小説作品に、『売国』 『オペレーションZ』『トリガー』『神域』『プリンス』『レインメーカー』『墜落』『“正しい”を疑え!』『タイムズ』『プレス 素晴らしきニッポンの肖像』(『アディオス!ジャパン 日本はなぜ凋落したのか』改題)。21年には初の本格的ノンフィクション作品『ロッキード』 を発表し大きな話題となる。

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