KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

ピックアップレポート

2023年01月10日

梅田 悟司『きみの人生に作戦名を。』

梅田 悟司
コピーライター
武蔵野大学アントレプレナーシップ学部教授

はじめに

 やりたいことが見つからない。
 新しいことをはじめようとしても、最初の一歩が踏み出せない。
 何かはじめても、長続きしない。長続きしていることもない。

 このような悩みを抱えている人は多いのではないだろうか。
 その一方で、世の中には「好きなことをやればいい」「難しいことを考えずにやってみよう」「何かをはじめれば意外とうまくいく」といった前向き圧力の強い言葉が並んでいる。こうした提案や掛け声に賛同はするものの、それで解決するなら誰も苦労はしないとも感じてしまう。
 かくいう私も、いまとなっては言葉の専門家のように扱われることが多いが、長いトンネルのようなモヤモヤの中を生きてきたひとりである。人生を振り返ってみると、自分でも呆れるほどにやっていることに一貫性がなく、何も長続きしなかったことを告白する。
 習い事や塾に通いはじめても、続かないから身につかない。部活に入っても即幽霊部員化。獣医師に憧れるものの大学受験に失敗。仮面浪人をするも結果は変わらず挫折。バンド活動の延長線上でレコード会社の起業と経営。生体材料の研究から、広告制作の道へと鞍替え。育休取得と家事への専念。ベンチャー支援、起業家養成。
 やっていることに何の一貫性もなく、何をしているかよくわからない人である。完全に迷走していると思われても仕方ない。それもそのはずである。具体的な行動や、やってきたことを時系列で追っても、脈絡や関係性、つながりを見出すことができないからである。
 では、当の本人は、この「一貫性のなさ」をどのように捉えているだろうか。
 他者に理解してもらえるかはわからないし、説明したとしてもかなりの時間と労力を要するかもしれない。しかしながら、不思議なことに、一貫した選択と生き方をしていると胸を張って言える状態なのである。より正確に表現するならば、一貫性のなさに嫌気を感じていた時期を超え、うっすらと感じていた自分の中にある軸に気づき、いままでの道のりを納得感をもって受け入れられている状態なのである。
 なぜこのような気づきを得られたのか。
 自分の中に生まれる内なる言葉と向き合い続けた結果、大発見をしたのである。

「やってきたことの一貫性」と「信念の一貫性」は別物である。
 やってきたことはバラバラかもしれないが、意志や興味に従って行動を起こしてきた。だからこそ、私は私のことを、やってきたことの一貫性ではなく、信念の一貫性で評価することにしよう。

 この気づきは、私の人生を大きく変えた。いや、救ってくれたと言っても過言ではない。
 両者を区別して捉えられるようになったことで、何も続かない一貫性のなさの呪縛から解放された。より深い自己理解の重要性を感じることで、出来事や行動に目を奪われることなく、その前後に依存する「きっかけ」と「学び」を含めた一連の経験を振り返るようになった。

 意識的に振り返りの時間をとるようにもなった。何かを前向きに諦め、新しいことをはじめる勇気を手に入れた。そして、自分が何に貢献しながら今後の時間を生きていくかを、明確に描くことができるようになった。
 大袈裟に聞こえるかもしれないが、自分の人生のオーナーシップを取り戻すことができるようになった瞬間である。
 そして、この発見は、いまもモヤモヤの中を懸命に生きようとする人にとっても、有効な発見になり得るのではないかと考えるようになった。それが、本書が生まれるに至った経緯である。出来事や行動だけでは説明できない自分軸が存在していることを知り、言葉という形を与えることで、実際に触れてみる。この体験は、忙しさの中に生きる人にこそ、新しい歩みを進めるうえで重要であると思うようになったのだ。
 本書は、自分の中に眠っている見えない一貫性を見出すための具体的な方法を、「9マス思考法」という枠組みを用いることで、追体験できるように構成されている。

1. 経験を「きっかけ・行動・学び」の1セットとして捉える
2. 過去と現在を振り返り、未来に思いを馳せる
3. 「きっかけ・行動・学び」×「過去・現在・未来」の9マスから大きなベクトルとしての自分軸を見出し、名前をつける

 このプロセスを行ううえで、重要な役割を果たすのが「言葉」である。
 なぜ生き方と言葉が関連するのかと、不思議に感じる人もいるかもしれない。
 しかし、理由は明確である。
 言葉とは、その人の認識そのものだからである。なんとなく考えていることを言語化することで認識に至り、認識によって行動が先鋭化される。つまり、思考と行動は言葉で接続されるのだ。この概念については拙著『「言葉にできる」は武器になる。』から一貫しており、思考と言葉の関係性については同書に詳しく記載した。
 さらに本書では、大きなベクトルとして浮かび上がる、自らの行動指針とも言える自分軸に名前をつけることに重きを置いている。その理由については本編でも詳しく説明するが、名前をつけることは、その対象と共に生きる約束をすることと同意だからである。言い換えるならば、自分の人生に作戦名をつけることは、自らの人生を自分の手に取り戻し、愛着を持ち、共に生きる約束をすることでもあるのだ。

 何もやってこなかった人生などない。それが本書の前提である。
 明確ではないものの、自分の中に意志や思想があり、その場その場で考えながら様々な行動を起こしてきたはずである。しかし、結果的にバラバラなことをやっているように捉えられてしまい、誤解されてしまう。長続きしたことがないのは事実だが、やってきたことだけで判断されるのは心外だし、悔しい。
 その一方で、他者は、これからも、あなたを具体的な行動ややってきたことだけで評価し続けるだろう。その人にとって、あなたを形づくるものとして見える範囲が行動しかないので、仕方ない。
 しかし、あなたは違うはずだ。
 自分がどんな気持ちで行動を起こしたのか。その行動から何を学んできたのかを知っているはずである。そして、得た学びから、新しい一歩を踏み出すきっかけと勇気が生まれたことを知っているはずである。それらをうまく説明できないかもしれないし、自分でもわかっていないことも多いかもしれないが、あなたの中に「何か」が積み重ねられていることは紛れもない事実である。
 本書は、あなたの中に蓄積されている言葉にならない思いを、言葉にするための方法を提示するための書籍である。自分の中にある大切なものに言葉を通じて気づき、自分らしく生きるきっかけを、作戦名の検討を通して、自らの力で生み出すための書籍である。この一冊を読み終え、人生の作戦名が生まれたとき、少しでも未来を明るく捉えられるようになることを、ここに約束する。

 

『きみの人生に作戦名を。』の前書きを著者と出版社の許可を得て掲載。無断転載を禁じます。

出版社:日本経済新聞出版 ; 発売年月:2022年10月; 本体価格:1,500円(税抜)


梅田悟司

梅田 悟司(うめだ・さとし)
コピーライター
武蔵野大学アントレプレナーシップ学部教授

1979年生まれ。大学院在学中にレコード会社を起業後、電通入社。マーケティングプランナーを経て、コピーライターに。言葉を中心に据えたクリエーティブ・ディレクションを行う。2018年にベンチャーキャピタルであるインクルージョン・ジャパン株式会社に参画し、ベンチャー支援に従事。2022年4月より現職。
主な仕事に、ジョージア「世界は誰かの仕事でできている。」、タウンワーク「バイトするなら、タウンワーク。」、Surface Laptop4「すべての、あなたに、ちょうどいい。」のコピーライティングや、TBSテレビ「日曜劇場」のコミュニケーション統括など。経営層や製品開発者との対話をベースとした、コーポレート・メッセージ開発、プロダクト・メッセージ開発に定評がある。
著書にシリーズ累計35万部を超える『「言葉にできる」は武器になる。』(日本経済新聞出版)などがある。4ヶ月半に及ぶ育児休暇を取得し、その経験を踏まえた『やってもやっても終わらない名もなき家事に名前をつけたらその多さに驚いた。』(サンマーク出版)を執筆。大きな話題となる。

メルマガ
登録

メルマガ
登録