ピックアップレポート
2026年06月09日
吉田 悠樹彦「新時代の台湾-外交フェローとして台湾滞在をして」
2025年(民國114年)、台湾政府外交部フェローとして台湾に滞在した。13か月強、丁度陰暦の一年ほどの滞在を経て3月に帰国した。
初めて私が台湾に滞在したのは2004年で上演芸術の交流がきっかけだった。当時はまだ戒厳令下から解放以降の空気が強かった。以来、台湾を幾度と訪ね芸術家や研究者らと交流してきたが今回はこれまでになく“新しい文化イメージ”を強く感じた。
統合から共同体へ
近松門左衛門作の人形浄瑠璃・歌舞伎に「国姓爺合戦」という演目がある。
史実にもとづく題材で、主人公の国姓爺は「鄭成功」がモデルであり、日本で生まれ育ち、中国・明朝の再興を目指した英雄として描かれている。一時代前の台湾では学校の歴史授業で、鄭は「台湾を開発した中国の英雄」として取り上げられていた。それが現在は、台湾島、媽祖、金門、澎湖諸島という「全く異なる世界をまとめた偉人」であると教えられている。これはまさに現代の台湾が共同体であるという新たな文化イメージである。
注目の先端産業、半導体
台湾でいま最も重要な産業は世界シェア1位を誇る半導体である。
2025年に半導体産業の歴史を描いた映画『造山者-世紀的賭注』(蕭菊貞監督)が公開され話題となっている。戦後の貧しい時代にゼロからスタートした半導体が、複雑な国際情勢の中で世界一になったことから多くの国民が関心を持っている。台湾人としてどのように国際市場で成長を重ねてきたのかを学ぶことができ、さらに成長した背景もあって、この映画のサクセスストーリーは注目を浴びている。慶應MCCでビジネスを学ぶ皆さんにも必見と言える映画である。
映画の中心に描かれる企業はTSMC(台湾積体電路製造股份有限公司、Taiwan Semiconductor Manufacturing Company, Ltd)である。アメリカの有力誌『タイム』が選ぶ2026年の「世界で最も影響力のある100人」に、パイオニアとして魏哲家(シーシー・ウェイ)最高経営責任者(CEO)が選ばれた。私も様々なジャンルの研究会議でこの会社の関係者と知り合うことが多かったことからその影響力の強さが印象に残っている。『TSMCから学んだ超・効率仕事術』(彭建文 著/山口 広輝 訳、朝日新聞出版 2025年)というビジネス書まで刊行され、先端企業を担う考え方や発想も注目されている。
そんな半導体産業の一大拠点となる街が台湾島北西部の都市、新竹である。台湾のシリコンバレーと呼ばれる。
新竹には宇宙開発の拠点「TASA 國家太空中心」(台湾国家宇宙センター)がある。半導体は宇宙開発や原子力に大きく関係する。台湾の新幹線、台湾高鐵(Taiwan High Speed Rail)は毎朝夕、新竹に向かう労働者でラッシュアワーとなる。私もラッシュに出くわし、この地域の発展や勢いを実感した。また2015年に東京駅と姉妹駅提携が結ばれた新竹駅は、日本統治時代の駅がリノベーションされて美しい。
台湾人は商才が豊かである。コンビニや商店で物を買うごとに発行されるレシートに宝くじが付いていることは広く知られている。コンビニで売らわれている茶葉で茹でた卵は莫大な売り上げだ。商売に関するアイデアが豊かなのだ。また台湾人は、一度会っただけで顔を覚えるのが早い。そして、半導体の製造を“工夫する”ことで世界一になった。ここでも台湾人のアイデアの豊かさを感じる。
“台湾庭園”-環境社会を考える
この新竹の隣、桃園には“台湾初”のユニークで面白い場所がある。三秀園という“台湾庭園”である。今回の滞在中、各地を訪れた中で観光ビジネスが盛んであったことも印象的でそれを強く感じた場所だ。
“台湾庭園”はいわば“台湾式庭園”である。中国本土にみられるような人間が造り上げたに対して、台湾ならではの自然の美しさや風土を活かしていることが特徴だ。建築物や人の生活と自然や風景との調和を通して、台湾人の生活やその美意識を垣間見ることができ、環境社会に近い要素も感じる。
この美意識は、台湾土着のものを観光文化として打ちだす、という意味で、新時代らしい。2026年3月からは桃園国際飛行場でこの庭園を特集したディスプレイが始まった。国際社会に対して台湾で重要な土地として発信され、ますます注目を集めていくことだろう。
三秀園は現在まで完全な形で残る、台湾で唯一の台湾庭園である。芸術にも活用され、日本統治時代には文学者たちの交流の場にもなった。現在も屋外音楽祭が毎年行われ、フランスの現代音楽家がこの庭園をテーマに作曲をしたこともある。優れた環境と生活、そして芸術が一体化して存在している。
左:新竹駅(日本時代のリノベーション) 右:三秀園(台湾の自然をいかしている)
台湾客家
新竹、桃園周辺は華僑の一派である「客家」が多く住む地域である。中国大陸から17世紀から18世紀にかけて移民としてやってきたとされる。勤勉な労働者として貧しい生活をし、山の方に住む客家は樟脳や茶に関する産業で働き、海の住む客家は漁業で活躍した。
この地域には客家の民族・文化を知ることのできる博物館がある。客家の学生がガイドしてくれたこともあり、見学を通して私自身客家についてよく理解することができた。
各家は中国大陸から17世紀から18世紀にかけてやってきた移民と言われ、勤勉に労働し産業をつくった。桃園の「台湾客家茶文化館」では茶産業の様子を、新竹と桃園の間にある永安の「海螺文化體驗園區」では漁業の様子を、学ぶことができる。またこの永安は、のんびり海を眺め過ごしたり、ジョギングやサイクリングを楽しむこともできる良い場所だった。日本のガイドブックではまだあまり紹介されていないがこれから人気が高まると思う。そのほかにも伝統家屋の美しい街並みや客家の料理を楽しむことのできる大渓、竹産業で知られ飾り物から日常品まで様々な買い物も楽しめる竹東など、興味深かった。
左:桃園・龍潭 台湾客家茶文化館 右:客家擂茶(はっかれいちゃ)を楽しむことができる
台湾のバスや列車のアナウンスは、中国語、台湾語に続き、客家語が用いられることが多い。客家語についても日本で学んでいく事はその文化や社会を知る上で重要なものである。
客家人の魅力は、世界中に築かれた人的ネットワークにある。食べ物や演芸といった独自の文化は、国境を越えて愛されている。客家料理を出してくれる店舗で、客家語で挨拶してみたところ店員が微笑んで返してくれた。言語はその社会や文化のコードであり、体験的に学んでいく事は重要なことである。
文化や社会を対象化しながら向かい合った台湾社会
今回の滞在で私は、自身の異文化や異分野の体験、外国語体験を比較しながら台湾をみつめた。
慶應義塾大学で学び台湾で活躍した人物は古くから多く、日本人のみならず台湾人も明治時代からいた。このことについては『三田評論』2026年5月号の「近代史の中の台湾出身の塾員たち」にまとめた。彼らの源流には福沢諭吉の台湾に対する認識がある。
かつて清国は、台湾に多くの資源があるという、東南アジアでの重要性について気がついていなかった。福沢諭吉はオランダをはじめとする欧米人との交流からを通じてその重要性を知っていたとされる。塾生・塾員たちが読んだ『慶應義塾学報』(現・『三田評論』)には早い段階から台湾に関係する記事が登場し彼らの活動を感じさせる。広く世界地図をみながら、その中で重要な情報と方向性を見抜くことは重要である。
私は慶應義塾大学の先端テクノロジーを重視する学際的なプログラムで様々な分野について学んだ学生だった。そして思いがけず2002年から音楽舞踊新聞(音楽新聞社)という上演芸術の業界紙から評論活動を始めた。学際的な先端テクノロジーの世界から一転し、伝統的な側面もある専門的な芸術ジャンルとそれを成立させる産業や社会と向かい合うようになった。今回の滞在は私にとって、学問と研究活動の原点を思い出す節目ともなった。
今年の秋には台湾と日本の近代芸術を見つめる展覧会「共時的星叢―時を共にした星たち 越境する芸術のまなざし」(2026年9月5日(土)- 12月13日(日))が東京都現代美術館で開催される。私も展示に関わっている。新世代からみた日台の歴史や文化を知る上で1つの指針といえる展覧会である。私が今回感じた台湾の新時代も参考にぜひご自身で展覧会でも見て、感じていただきたいと願う。
◆展覧会HP◆
「共時的星叢―時を共にした星たち 越境する芸術のまなざし」
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/Constellation/
◆協力◆
邱怡婷さんに桃園を案内いただきました。お礼申し上げます。
吉田 悠樹彦(よしだ・ゆきひこ)
2025年台湾政府外交部フェロー、国立台北藝術大学・訪問学者
慶應義塾大学外国語学校講師
塾員。在学中にテッド・ネルソンのアシスタントを務めた。
舞台芸術ではバレエ・ダンスからパフォーマンスに至るまで身体表現に関して評論を展開する。英国サドラーズウェルズ劇場で共同制作をした作品を2010年に上演した。
メディア芸術ではレニ・リーフェンシュタール論を新しい科学と芸術のジャーナル『Technoetic Arts』(ロイ・アスコット編)に発表しPrix Ars Electronicaデジタル・コミュニティ部門国際アドバイザー(2005-2009)を務めた。映像ジャンルでは東京ドキュメンタリー映画祭やドキュメンタリーカルチャーマガジンneoneoで活動する。文学では「林修二と林妙子―台湾と西脇順三郎」(『三田文学』令和2年春号)などを発表している。
共編著のneoneo叢書「ジョナス・メカス論集」(2020)、Routledge Companion to Butoh Performance(2019)、 著作多数。
20年以上日台の間で文化交流を行う。台湾での招聘発表も多く経験している。
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