ピックアップレポート
2026年08月11日
安藤 浩之『出世する部長の仕事 』の新装版執筆に至った背景と想い
2026年4月、拙著「出世する部長の仕事」がすばる舎から出版されました。本書は、逆境に耐える胆力(現状打破)、未来を描く知力(未来の構想設計)、人と社会を元気にする影響力(リーダーシップ)の3つに分けて部長層の仕事を解説しています。
本書は、2015年に執筆した前著の新装版です。しかし、新装版でありながら内容の大半を書き換えています。書き換えた背景には、部長層に期待される仕事のありように影響を与える3つの出来事があります。
出来事1 逆回転するグローバリズム
2025年以降、アメリカのトランプ政権による輸入品の関税率の引き上げ交渉、イスラエルによるイランの核開発関連施設の攻撃、ホルムズ海峡の封鎖による原油価格の高騰など、私たちは自国優先主義とニヒリズムによるグローバリズムの衰退を目の当たりにしています。
日本国内では原材料費が高騰し、それでも価格転嫁できない中小零細企業を中心に、倒産件数の増加に歯止めがかかりません。大手企業であっても、下りのエスカレーターを上るかのような経営環境であることに変わりはありません。成熟する国内市場にとどまる限り、従来の業界区分を乗り越え、少しでも成長余地のある市場に参入せざるを得ず、これまでとは異なる企業と対峙する、いわば混戦が常態化しているように見えます。一方、フロンティアを求めてグローバル市場に打って出ようにも、逆回転するグローバリズムに抗うことは容易ではありません。
バブル経済が崩壊した後、「失われた30年」と言われる長い年月の間、日本企業は経営の効率性を高めることで存続を維持してきました。効率的であるためには、組織と人の管理が必要です。しかし、時に行き過ぎた管理は組織と人を萎縮させ、前進成長する機会を見逃してきたようにも見えます。
この先の30年、逆回転するグローバリズムに抗い、日本企業が前進成長するためには従来の効率性を重視する管理では足りず、新たな価値を創造するマネジメントが部長層に期待されています。新装版でありながら内容の大半を書き換えた背景がここにあります。
効率性を重視するのであれば縦の影響力、新たな価値を創造するのであれば横の影響力、つまり、他の部門の支援を取りつけることが必要です。なぜなら、従来とは異なるコミュニケーションチャネルと結節することで新たな価値が生まれるからです。そこで、本書では、互いの協力を阻害する10個の要因と数々の解決策を示しています。
出来事2 重要性が再認識されるリベラルアーツ
2022年に経済産業省が公表した伊藤レポート3.0では、社会課題の解決と企業の持続的な成長を同期化させることが今後の稼ぎ方の本流になると示しています。大手企業を中心に、マテリアリティを設定し、ESGやグローバルな社会課題の解決を戦略に落とし込んでいます。また、中小零細企業では、取引している大手企業の求めに応じて、自社が事業活動で排出する二酸化炭素量をデータ提出するようになり、提出が取引の実質的な条件になりつつあります。
自社の事業活動に影響を与える社会課題は、気候変動と地球の温暖化だけではありません。ポピュリズムと議会制民主主義の衰退、少子高齢化と労働人口の減少、単線型消費社会の限界、資本主義経済と格差問題、AIトランスフォーメーションとネオラッダイトなど、政治、経済、社会、技術の広範囲に課題があります。こうした社会課題が事業活動に影響を与える以上、経営の一翼を担う部長層は、人文、社会、自然科学などのリベラルアーツを学び、社会課題の本質を知ることが必須になっています。
この先、社会課題の解決と企業の持続的な成長を同期化させることが稼ぎ方の本流になるならば、事業を通して企業に貢献するのはもちろんのこと、事業を通して社会に貢献することが部長層の責務となります。新装版でありながら内容の大半を書き換えた背景がここにあります。
リベラルアーツの重要性が再認識されている背景には、もう一つの理由があります。マネジメントの担い手である部長層の重要な仕事に意思決定があります。意思決定とは事実に基づく判断のことではありますが、不確実性の時代において収集できる事実は限られており、また、二項対立のような複雑性の時代においては唯一の正解がない中、よくわからない中で決断しなければなりません。この決断の軸となるのがリーダー哲学(想いや信念、信条)であり、その醸成のためにリベラルアーツを学ぶことが必要になっているのです。
このことを身近な事例で考えてみましょう。AIトランスフォーメーションが経営課題になる一方、労働の尊厳が取り沙汰されています。ここ数年のうちに、人材の役割定義、能力要件、目標設定、評価基準が見直され、前年繰り返しの定型業務に留まっている人材は社内失業の憂き目に遭うかもしれません。一方、自分の存在価値を守るためにリスキルしようにも加齢が容易にしてくれません。進化するAIのスピードに対して、人間のリスキル、リテラシー、倫理観が追いついていないようにも見えます。
では、AIトランスフォーメーションの時代における人材の存在価値とは何でしょうか。この答えを導き出すためには、過去の技術革新(例えば、産業革命)において、人材の存在価値がどのように変容してきたのかを知るための産業史、人間をより深く知るための人類学、生涯発達心理学、産業心理学といったリベラルアーツが役に立ちます。人間とは何か、企業にとって人材とは何か、一人の人間を雇用することで生じる企業の責任とは何か、自分にとって部下とはどのような存在なのか、部下に対して自分ができることは何か、リベラルアーツを通じて深層を理解できれば、AIと人間を二項対立させることなく、共生を可能にする方法を決断できるはずです。
この先、不確実性と複雑性が増し、唯一の正解がない中で決断するためには、決断の軸となるリーダー哲学が部長層に必要となります。新装版でありながら内容の大半を書き換えた背景がここにもあります。
そこで、本書では、リーダー哲学を醸成する30のヒント、異なる意見を持つもの同士の議論の進め方を示しています。
背景3 注目される人的資本経営
経営者は常に後戻りできない判断を繰り返しています。その時点では必要な判断であっても、それが誤った未来に至ることがあります。多くの人の期待を背負い、その期待を結果として裏切ることもあります。これまで偉大だった企業が赤字に転落し、工場閉鎖、リストラ、事業売却し、普通の企業に至るのを目にするのは痛ましいことです。
このような憂き目に遭わないようにするためには、経営と現場の結節点となる部長層は、人材のエンゲージメントレベルを向上し、人材と戦略の適合性を高める努力が欠かせません。
その一方で、働き方改革、働きやすさ改革、働き甲斐改革、D&I、高年齢者雇用安定法改正に伴う雇用機会の確保、ジョブ型人材マネジメントなど、人材マネジメント課題が一気に進んでいるため、部長層をはじめとするマネジメント現場の意識と行動の変容が後手に回っているように感じています。
例えば、働きやすさ改革は、メンバーの心理的安全性を高めることができます。心理的安全性を高めることができれば、人間は長期思考になります。長期思考になれば、新しい価値の創造に勤しむことができます。つまり、働きやすさ改革とは、新しい価値の創造に目的があると捉えることができます。逆に、心理的な不安感はメンバーの短期思考を助長し、短期的な成果を繰り返すことで不安から逃れる行動を助長します。
このように考えると、例えば1on1ミーティングによる上司と部下の対話は部下の心理的安全性を高め、長期思考に寄与するものの、それだけでは十分と言えません。このほかにも、向かうべきゴールと道筋が明確であり、ゴールに向かうために必要な資源、信頼関係、仮にうまくいかなかった時のバックアッププランや責任の所在が明確であれば、部下は安心して長期思考になるものです。これらは、職場でできる働きやすさ改革でもあります。
人材マネジメント課題が山積する中、人材と戦略の適合性を高める新たなマネジメント手法が部長層には必要です。新装版でありながら内容の大半を書き換えた背景がここにもあります。
そこで、本書では、多くの企業が取り組んでいるであろう人材マネジメント課題を取り上げ、解決のためのマネジメント行動を示すことに多くのページを割いています。
本書のタイトルに込めた想い
本書のタイトルは「出世する部長の仕事」です。一般には、出世を昇進昇格と同義と捉えていることでしょう。例えば、本部長になる、事業部長、役員になるといった具合です。また、本書のサブタイトルは「役員になる人は知っておきたい」です。しかし、その役員の責務を知れば、出世には昇進昇格以上に深い意味があり、同義ではないことに気づくことでしょう。
部長は企業人であり、企業固有の資源です。なぜなら、部長と企業は雇用契約で結ばれているからです。雇用契約がある以上、部長は企業人として事業に貢献する責務を負っています。
内部昇進を前提とした場合、役員はそれまでの雇用契約を終了し、企業人から社会人に戻ります。その上で、企業と委任契約を結びますが、雇用ではなく委任である以上、役員は社会人のままです。つまり、企業は、社会の共有財産である人を役員という名称でお借りしているに過ぎません。
部長は企業人として事業に貢献する責務を負い、役員は社会人として事業を通して社会に貢献する責務を負います。よって、現在、部長の方々が、この先、役員になることを目指すのであれば、役員に求められる責務、すなわち、事業を通して社会に貢献するために必要な自己啓発とマネジメント行動を実践することが肝要です。
本書では、出世を立身出世の立身と捉えています。身を立てること、すなわち、事業を通して社会に貢献し、社会に認められる存在になることが出世です。昇進昇格はそのためのひとつの手段にはなりますが、それが全てではありません。タイトルには、そのような想いが込められています。

安藤 浩之(あんどう・ひろゆき)
慶應MCCシニアコンサルタント
明治大学法学部卒、英国ウェールズ大学大学院卒(M.Sc取得)。
HOYA株式会社人事部を経て、1992年に産業能率大学総合研究所に入職。2004年同大学経営情報学部兼任教員、2006年主幹研究員、2008年同大学院総合研究所教授。2009年11月より現職。
組織・人材マネジメント、戦略的意思決定論を中心に企業内教育で活躍中。
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