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ピックアップレポート

2006年04月11日

地域の元気の処方箋を探究する

飯盛義徳 慶應義塾大学環境情報学部 専任講師

はじめに
「実践を通じて、地域の元気の具体的方策を探究する」。これが、飯盛義徳研究室の使命である。現在、ペットボトルリサイクル装置開発、地域の高校生を対象としたアントルプレナー教育教材開発、藤沢地区のビジネススクール推進、農水産業活性化などの研究プロジェクトに積極的に取り組んでいる。メンバーは、全国各地に赴き、自治体、NPO、企業、学校などさまざまな人々との協働を実現しながら、企業にも自治体にも対処が難しい地域の問題解決を図り、社会に貢献することを目指している。今後は、インターネットを活用した地域の学びのコミュニティ形成、住民参加型問題解決プログラム開発などにも挑む予定だ。さらに、全国数ヶ所に遠隔研究室を設置いただき、各地との連携を深めることになった。


これらの研究プロジェクトの多くは、筆者が1999年に立ち上げ、2005年にNPO法人化した、アントルプレナー育成スクール「鳳雛(ほうすう)塾」から派生した。筆者の現在の研究テーマの一つも、この鳳雛塾での実践を中心とした、地域にふさわしいアントルプレナー育成モデルの探究である。今回は、この鳳雛塾の事例を紹介するとともに、研究室のメンバーが取り組んでいる地域活性化プロジェクトの一部について報告させていただきたい。
鳳雛塾の取り組み
[背景]
佐賀県では、1990年以降、長引く不況の影響でほとんどの県内企業の景況感は悪化し、新産業育成は喫緊の課題となっていた。1998年には、県内企業26社と1団体から募った9900万円の奨学寄附金によって佐賀大学理工学部にベンチャービジネス支援先端技術講座(以下、寄附講座)が設置された。同時に、寄附講座の支援を目的として、佐賀銀行が事務局を務めるSAGAベンチャービジネス協議会(以下、ベンチャービジネス協議会)も設立された。さらに、県内のケーブルテレビネットワークを活用して地域経済活性化を目指すNetComさが推進協議会(以下、NetCom)が立ち上がった。
しかし、寄附講座で起業を志す学生が現れても大学内部だけでは支援に限界があった。また、県内には事業に挑戦するプレーヤーが少なく、お互いが切磋琢磨できるコミュニティもなかった。これらの問題を解決するために、ベンチャービジネス協議会が中心となって1999年10月に鳳雛塾は設立された。鳳雛とは、鳳凰の雛、すなわち未来の英雄という意味であり、人材育成を通して地域活性化に役立ちたいという強い思いがこの名に込められている。筆者が設立を提案し、ベンチャービジネス協議会の事務局を担当していた佐賀銀行の横尾敏史氏(現在、鳳雛塾事務局長)が産官学のトップに理解を求めて実現に至ったのである。
[特徴]
鳳雛塾の特徴は、まず地元企業を題材にしたケース教材を自作していることがあげられる。現在、10部以上の教材があり、うち4部には映像を付加してネット上に公開している(図表1)。
図表1:映像ケース教材の例
この自作教材の効果は大きい。教材の主人公が議論に参加することで授業の臨場感は増大し、企業にも事業展開の示唆が得られるというメリットがある。そして、鳳雛塾での学びが事業挑戦につながり、それが教材の題材になるという好循環が形成されている。
また、オープンポリシーによって運営されていることもユニークだ。入塾条件は月2回(年15回)、夕方からの授業に参加できる志のある方ということだけ。若手社会人や大学生、経営者、教師、行政職員、マスコミ関係者、時には高校生までもが塾生として机を並べ、立場をこえて活発に議論している(図表2)。
図表2:塾生の所属
聴講自由にしているため、毎回OBや塾生の知人が授業に参加している。そして、授業のあとには、主として佐賀銀行の社員食堂で懇親会を催している。交流会では塾生の直面する経営上の課題などが活発に論議され、これが縁となりビジネスが成就する場合もある。
鳳雛塾では、ケースメソッドとオープンポリシーの相互作用によって、金井(1994)の論じるような、塾生の世界の深化と広がりが同時にもたらされていると言えよう。
さらに、情報技術を駆使していることも鳳雛塾のユニークなポイントだ。鳳雛塾では、NetComの支援によってWebサイト上での教材配布、課題提出、出欠確認、事前のディスカッションなどを行っている。これが、教室での活発な議論につながっている。さらに、遠隔地のOBが議論に参加することもある。
2000年度から、NetCom、知能情報システム学科の技術支援を得て、IPv6、Gigaビットネットワークを活用した先進的な遠隔授業にも挑戦した。2002年度からは、月に1回程度、双方向テレビ会議システムを活用した遠隔授業を行っている。
[運営]
2004年度まで、鳳雛塾の年間運営予算は約50万円弱であった。基本的には塾生からの受講料(社会人1万円、学生5千円/年間)で全てを賄っている。なぜこのような低予算で運営できているのかというと、産官学からの支援を得て、それぞれの資源共有(もやい)を実現しているからだ。鳳雛塾は、佐賀銀行から事務局機能、教室、懇親会の会場を提供してもらっている。NetComからはインフラ利用、システム構築、佐賀県や佐賀市からは教室利用、設備貸借、佐賀大学からは遠隔技術支援、教材開発などの支援を得ている(図表3)。
図表3:2004年度までの関係性
もし受講料が高ければ塾生への配慮から授業をオープンにすることは難しい。また、地方都市においては人もなかなか集まらない。安価な受講料はオープンポリシーを実現するための条件にもなっているのだ。そして、このオープンポリシーと資源共有という互酬が信頼形成をもたらしている。(Blau, 1964)。さらに、信頼は、知識創造の基盤になるという相乗効果をもたらす(Nahapiet and Ghoshal, 1998)。その結果、IPv6を利用した遠隔授業や伝統産業活性化などの先進的なプロジェクトが次々と生まれ、鳳雛塾は多彩な人々が集まる産官学協働の舞台にもなっている。以上を整理すると、鳳雛塾の運営モデルは図表4に示される。
図表4:鳳雛塾の運営モデル
[成果]
鳳雛塾では、今までに250名の塾生が巣立った。2004年度までに16名の人々が、起業(NPOも含む)を実現し、社内ベンチャーを立ち上げたり、SOHOで活躍している塾生もいる。このうち、2社は株式公開を目指せるほどに成長している。また、最近では政治を志す人々も鳳雛塾に参加し、 2005年度の衆議院議員選挙にて無事に当選を果たした。佐賀県の中小企業創造活動促進法認定企業のうち8社はOBが経営に携わっている企業である。5社が2001年から開始された佐賀県産業ビジネス大賞の大賞、優秀賞を受賞している。インキュベーション施設への入居者も鳳雛塾関係者が多い。
2002年度から、鳳雛塾の活動が契機となって、佐賀市立小学校2校が総合的な学習の時間においてアントルプレナー教育に取り組んでいる。5年生が数名単位のチームを形成してビジネスプランを作成し、商店街の空き店舗を活用して販売活動を行う事業である。PTA、学校、商店街からの評価も高く、この事業は継続されている。
さらに、2004年度には九州経済産業局が主催する高等学校向けアントルプレナー教育事業においても、鳳雛塾では、事業企画や運営、講師派遣などの支援を積極的に行っている。これらの活動が評価され、鳳雛塾は、2005年6月にNPO法人になり、経済産業省の「地域自律・民間活用型キャリア教育プロジェクト」事業を受託した。
また、2004年8月には富山鳳雛塾が設立された。その後、複数の地域から鳳雛塾設立の名乗りをあげていただいている。今後は、ノウハウや教材の共有、共同遠隔授業などのネットワークを拡充し、人的交流も含めた地域連携を推進していく予定である。
研究プロジェクトへの発展
鳳雛塾での活動が嚆矢となって、現在、飯盛研究室では、地域活性化に関する研究プロジェクトが相次いで立ち上がっている。ここでは、その一部を簡単に紹介したい。
[地域の高校生を対象としたアントルプレナー教育教材開発]
本研究プロジェクトは、西田みづ恵がリーダーとなって推進している。授業実践の様子昨今、高校生の就職難、フリーター増加が問題になっている。その一方で、助成金やインキュベーション施設、各種講座など、社会人や大学生を対象とした制度は整備されつつあるものの、高校生を対象とした施策は試行錯誤の段階である。本プロジェクトは、地域の高校生を対象としたデジタル教材の開発、授業の実践を通して、自分で考え行動する、いわゆる起業家精神を育むとともに、高校と地域の企業や自治体との連携の実現を目指すものである。鳳雛塾が受託した、経済産業省「地域自律・民間活用型キャリア教育プロジェクト」の一環として推進している。2005年度は、8部の教材(ケース教材5部、経営学のテキスト3部)を開発し、3校の高校で授業を実践し、参加者からは高い評価を得ることができた。
[藤沢鳳雛塾の設立、運営]
本研究プロジェクトは、遠藤美樹がリーダーとなって推進している。藤沢鳳雛塾の様子地域企業を題材とした教材を活用したケースメソッドの導入、オープンポリシーという鳳雛塾の実践で導出されたモデルを採用し、その有効性を検討する一種の総合政策学的アプローチでもある。2005年7月に、SIVアントレプレナー・ラボラトリ、藤沢市、株式会社アトムシステムの協力を得て、「藤沢鳳雛塾」を設立した。授業には、藤沢市の社会人、大企業の管理職、慶應SFCの学生など約20名が参加している。現在、藤沢市の企業を題材としたケース教材を開発している。今後は、ケース教材を拡充し、他の企業や大学との連携を強化する計画である。
さいごに
従来、地域社会においては、結や講などの地縁をベースとした相互扶助、全員一致を原則とする寄り合いなどによって問題解決をはかってきた(宮本、 1960)。しかし、近代化の過程において講、寄り合いなど、地縁や血縁を中心とした地域の問題解決の場や機能は失われつつある。このような状況の中、鳳雛塾のように、情報技術によるコミュニケーション、フェイス・トゥ・フェイスの交流などの相互作用を通じて、志を同じくする住民、企業、自治体、学校などが集い、情報、知識の共有をはかり、企業にも自治体にも対処が難しい地域の問題解決を実現する新しい可能性が見出せるようになった。もちろん、鳳雛塾の取り組みは、萌芽的な少数事例に過ぎない。しかし、オープンポリシーを採用し、互酬性の規範、信頼を醸成し、産官学の資源共有を実現するというモデルは、資源に乏しい地域において一定の効果があることが示唆される。
飯盛研究室が目指すものは、現場での実践、理論研究の援用によって、問題解決につながる技術や制度を構築する総合(synthesize)する設計の学問の実現である(吉川・富山、2000;國領、2004)。今後は、様々な地域での実践を通じて、モデルの精緻化を図り、少しでも地域の人々に役立つ研究を目指していきたい。

参考文献
1. Blau, Peter M. Exchange and Power in Social Life, New York, NY: John Wiley & Sons, 1964(間場寿一・居安正・塩原勉訳『権力と交換』新曜社、1974).
2. 飯盛義徳「地域にふさわしいアントルプレナー育成モデルを目指して」日本ベンチャー学会『Japan Venture Review』No.6、2005年9月、pp.63-70。
3. 飯盛義徳「鳳雛塾~知行合一をめざして~」『e・Gov』IDG、2005年3月。
4. 金井壽宏『企業者ネットワーキングの世界-MITとボストン近郊の企業者コミュニティの探求-』白桃書房、1994年。
5. 國領二郎『オープン・ソリューション社会の構想』日本経済新聞社、2004年。
6. 宮本常一『忘れられた日本人』未来社、1960年。
7. Nahapiet, Janine and Ghoshal, Sumantra, ”Social Capital, Intellectual Capital, and the Organizational Advantage”, The Academy of Management Review, 23(2), 1998, pp.242-267.
8. 重森泰平「第5回 佐賀の産官学共同ビジネススクール~鳳雛塾の挑戦~」日経デジタルコア『地域情報化の現場から』<http://www.nikkei.co.jp/digitalcore/local/05/index.html>、2003年。
9. 吉川弘之・富山哲男『設計学-ものづくりの理論-』放送大学教育振興会、2000年。

飯盛義徳(いさがい よしのり)
慶應義塾大学環境情報学部専任講師
1964年佐賀市生まれ。長崎私立青雲高等学校、上智大学文学部を卒業後、1987年松下電器産業(株)入社。富士通(株)出向などを経て、1992年慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程入学。1994年同校修了(MBA取得)後、飯盛教材株式会社入社。1997 年常務取締役。2000年佐賀大学理工学部寄附講座客員助教授。また、アントルプレナー育成スクール「鳳雛塾」を設立。佐賀県総合開発審議会委員ほかを歴任。2001年(有)EtherGuy設立、代表取締役。2002年慶應義塾大学大学院経営管理研究科博士課程入学。2004年慶應義塾大学大学院COE 研究員(RA)、CREA Partners株式会社取締役就任を経て、2005年慶應義塾大学環境情報学部専任講師就任、現在に至る。専門は、経営情報システム、ベンチャー経営論、地域情報化。

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