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ピックアップレポート

2006年11月14日

バイオロボティクス研究の世界

前野隆司 慶應義塾大学理工学部機械工学科 教授

1.研究概要
バイオロボティクス研究室(前野研究室)では、ふたつの方向性を志向した研究を行っています。ひとつめは「ロボティクス技術を用いてヒトを知る」。ロボティクス・メカトロニクスやバーチャルリアリティーの技術を駆使して、ヒトの感覚・知覚・認知・運動・行動メカニズムを探求しています。ふたつめは「人間親和型機械を創る」。ヒトについての知見を利用して、ヒトのための新たなアクチュエータ・センサ・ロボットを開発しています。


2.触覚研究の概要
ヒトの触覚受容機構の解明と、ヒトに学ぶ触覚センサの開発、ヒトに触感や局所滑り覚を呈示する触覚ディスプレイの開発等を行っています。
ヒトの触覚と皮膚の研究
指紋はなぜあるのだろう? 触覚受容器はなんのために4種類もあるのだろう? これらの疑問を解決するために、ヒトの皮膚の変形と触覚受容機構の関係の解明を行っています。具体的には、有限要素法を用いた指の変形解析や、ニューラルネットワークを用いたヒトの触感認識機構のモデリング、多変量解析を用いた触感や触り心地の解析などを行っています。
人工皮膚人工皮膚の表面にヒトの肌と同様に紋様をつければ、人工皮膚の触感はヒト肌の触感と似るのではないか。このような仮説に基づいて人工皮膚を開発しました。今後は、この人工皮膚をロボットの皮膚として用いたり、人工物の触感の定量的評価に用いる予定です。
触覚センサの開発
ヒトは上位中枢で「つるつる」「ざらざら」といった触感を認識したり、下位中枢で反射的(無意識的)に把持力を制御したりしており、いずれにも触覚が関与しています。このため、これまでに、ヒトには意識することができない固着・滑り情報を検出する局所滑り覚センサから、ヒトが意識する触感のセンサまで、様々な触覚センサを開発してきました。カーボンマイクロコイルを用いた触覚センサなど、新原理触覚センサの開発も行っています。触覚センサ
触覚ディスプレイの開発
遠隔医療、遠隔マニピュレーションからインターネットショッピング、バーチャルペットまで、遠隔ロボットの触覚やバーチャル触覚を呈示する触覚ディスプレイの開発が求められています。このため、本研究室では、超音波振動子の振幅変調を利用した触感ディスプレイ(意識のための触覚ディスプレイ)や、把持力調整反射のための局所滑り覚ディスプレイ(無意識のための触覚ディスプレイ)の研究開発を行っています。
3.超音波モータおよび超音波関連研究の概要
20kHz以上の機械振動によってロータやスライダを駆動する超音波モータの開発や、超音波モータの制御の研究、超音波モータを用いたロボットの開発を行っています。
超音波モータ超音波モータ
超音波モータとは、20kHz以上の周波数の金属の固有振動に基づき移動子を駆動する摩擦駆動型のアクチュエータで、低速高トルク、高保持トルク、静粛、高制御性などの特徴を持っています。
本研究室では、これまでに様々な超音波モータの開発を行ってきました。また、超音波モータの非線形駆動特性解析やトルク制御の研究も行ってきました。
超音波デバイス
超音波振動子を利用した触覚ディスプレイや超音波ブレーキなど、新たなデバイスの開発も行ってきました。
超音波モータを用いたロボット
様々な超音波モータを利用したロボットの開発も行っています。
4.ロボット関連研究の概要
ロボットハンドやハプティックデバイスの開発と、これらを用いたヒトの運動や感覚の解明に関する研究を行っています。進化するロボットや移動ロボットの研究も行ってきました。
小型5指ロボットハンドマスター・スレーブ型ロボットハンド
ロボットハンドやハプティックデバイスの開発と、これらを用いたヒトの運動や感覚の解明に関する研究を行っています。
ロボット制御、進化するロボットの研究
様々なロボットの制御の研究や、進化的計算を用いた、リンク型ロボットや二足歩行ロボットの創発的設計に関する研究も行っています。
5.<ヒトとロボットの心の研究―「私」の謎を解く受動意識仮説―>
人の心はどうなっているのだろう?死んだら心はどうなるのだろう?これらは、人間にとって最も知的好奇心をそそられる、現代の謎ではないでしょうか?一番の謎は、「意識」とは何か、という点です。つまり、私たち人間は、自然の美しさや生きている実感のすばらしさを「意識」し、問題に立ち向かうときに考えをまとめ決断する充実感を「意識」する。この、自分の中心にあるように思える生き生きとした「意識」が、脳の中でどのように作り出されるのかという点は、今も謎だと言われています。特にわからないのは、私たちが考えを巡らせたり、物事を見聞きした際に、どのようにしてあまりにもたくさんある情報の1つに「意識」を集中することができるのかということや、そのときにどんなメカニズムで感動したり幸せだと感じたりできるのかという点です。
これに対し、私は次のような新しい「意識」の見方を提案します。『人の「意識」とは、心の中心にあってすべてをコントロールしているものではなく、人の心の「無意識」の部分がやったことを、錯覚のように、あとで把握するための装置に過ぎない。自分で決断したと思っていた充実した意思決定も、自然の美しさや幸せを実感するかけがえのない「意識」の働きも、みんなあとで感じている錯覚に過ぎない。そしてその目的は、エピソードを記憶するためである。』「意識」は「無意識」のあとにやってくるというこの仮説は、なんだか突飛でショッキングに思えるけれども、考えてみれば天動説と地動説の関係に似ています。昔の人は、地球が太陽のまわりを回っているという事実をはじめは信じられなかった。地球は世界の中心だと思いたかった。でも、実は、地球は小さな惑星のひとつに過ぎなかった。これと同じです。意識は自分の中心だと思いたいけれども、実は小さな脇役に過ぎないのです。そして、そう考えれば心の謎を簡単に説明できるだけでなく、ロボットの心も簡単に作れるのです。

関連著書・論文・講演論文
1. 『脳はなぜ「心」を作ったのか―「私」の謎を解く受動意識仮説―』 筑摩書房、2004年
2. 『ロボットの心の作り方―受動意識仮説に基づく基本概念の提案―』 日本ロボット学会誌23巻1号、2005年1月、pp. 51-62

前野研究室Webサイト http://www.maeno.mech.keio.ac.jp/ より著者の許可を得て編集転載

前野隆司(まえの・たかし)
1984年東京工業大学工学部機械工学科卒業、1986年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了、同年キヤノン株式会社入社、1993年博士(工学)学位取得(東京工業大学)、1995年慶應義塾大学理工学部専任講師、同助教授、同教授を経て2008年よりSDM研究科教授。2011年4月よりSDM研究科委員長。この間、1990年-1992年カリフォルニア大学バークレー校Visiting Industrial Fellow、2001年ハーバード大学Visiting Professor。
主な著書に『システム×デザイン思考で世界を変える 慶應SDM「イノベーションのつくり方」』(日経BP社)、『思考脳力のつくり方 仕事と人生を革新する四つの思考法』(角川oneテーマ21)、『「死ぬのが怖い」とはどういうことか』(講談社)などがある。
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