ピックアップレポート
2006年12月12日
慶應義塾大学アート・センターの取り組み
慶應義塾大学アート・センター
1.アート・センターとは
慶應義塾大学アート・センターは、平成5(1993)年に開設された大学附属の研究センターです。慶應義塾の歴史と伝統がつちかってきた学芸の土壌とさまざまな学問領域の成果を総合する立場から、現代社会における芸術活動の役割をめぐって、理論研究と実践活動をひろく展開しています。
私たちの日常をふりかえっても明らかなように、今日ほど情報の多様化、感性や価値観の変容が著しい時代はほかにないでしょう。アート・センターは、既成の学問の狭い枠に閉じこもることなく、新しい時代にふさわしい文化的・芸術的感性の醸成と表現活動の可能性を追究し、溌剌とした文化環境の創出に寄与することを目的としています。
2.基本理念
(1)人間形成
文化的・芸術的感性の醸成と、成熟した社会にふさわしい価値観の創出、そして、ゆとりある人格の形成をめざします。
(2)トランス・アート
現代芸術は個別のジャンルに閉じこもることなく、さまざまな領域にまたがる協同活動を展開しています。芸術活動の伝統を視野におきつつ、トランス(横断的)・アートにみられる交流や「場」の革新性を究明し、未来にむけた芸術理念の構築を試みます。
(3)芸術関連情報
現代の文化環境では、情報の多様化がときとして感性を無表情にしがちです。関連領域も視野におさめつつ、内実の豊かな芸術情報の収集と提供、受信と発信を試みます。また、文化に関する情報が本来もつべき役割と意義を検討し、公共財やアーカイヴなどについて新しい提案を行います。
(4)アート・マネジメント
芸術活動を社会で共有したいとする要請がますますたかまりつつある現在、その実践のための多様な方法と知識を学術的に開発しなければなりません。たんなるビジネスの手法やノウハウではなく、現代社会における芸術の意義そのものを問い直すフィロソフィーの確立につとめます。
(5)オープン・フォーラム
現代における知識や経験の獲得は、情報メディア空間を舞台とする「対話」や、身体空間の共有にもとづく「ワークショップ」など新しい「場」を抜きにしては考えられません。学内外、国内国外は言うまでもなく、多くの関連諸機関や団体、個人と交流し、協同プロジェクトなどの開かれたフォーラムを通じて研究・教育・実践活動を推進してゆきます。
3.事業概要
(1)文化的・芸術・芸術的感性の醸成をめざす
アート・センターの催しは、そのほとんどが学生に開放され、参加無料を原則としています。また、附属の諸学校生徒を対象としたワークショップなど、一貫教育の場を生かした世代横断的活動を実現するとともに、教職員、卒業生、さらには地域の住民や一般市民に対しても参加を呼びかけています。
(2)芸術関連の調査および研究の企画ならびに実施
所員やキュレーターが中心となり、外部の専門家の協力を仰ぎながら、特定のテーマについて長期あるいは短期の研究集会を開催し、その成果をシンポジウムや出版の形で発表します。今世紀後半から21世紀にかけて大きく変質しつつある「資本主義」と「芸術」の関係を扱う「脱<芸術> / 脱<資本主義>」研究会、諸芸術の根幹をなすシステム概念を問う「システマティクス研究会」、音楽療法など人間形成と感性教育に関連した研究を行う「アリオーン研究会」、文化芸術活動の分類、記録、保存に関する諸問題を扱う「ADR研究会」などが開設されています。
(3)アート・マネジメントに関する研究、教育および実践
慶應義塾大学教職員と学生、および学外者を対象とした連続講座「アートをひらく」を年2回開講し、また内外の研究者、アート・マネージャー、公益法人担当者を招いての「アート・マネジメント教育研究会」を定期的に開催しています。講座「アートをひらく」は、すでに知的財産権や美術品著作権などを主題に取りあげました。
(4)芸術関連の講演・ワークショップ・展示などの企画・開催
アート・センターの催しは、さまざまなジャンルにまたがる内容で、上演を伴う講演、領域横断的なシンポジウム、詩人と異分野アーティストとの共演、身体表現系のワークショップ、インスタレーションを含む展示など、その多様性と先端性が特色です。)
(5)アーカイヴの構築と、美術品の収蔵・保管および維持に関する助言ならびに指導
ユニヴァーシティ・ミュージアム構想の一環として、慶應義塾所蔵の文化財や特定のアーティストに関するアーカイヴを構築中です。また、塾内の美術品や建築物の調査や補修に関する助言や指導を行っています。
(6)学外の関連機関との協同プロジェクトおよび受託事業の推進
地方自治からの委託を受け、現地でアート・マネジメントに関する実践講座を開催しています。また、東京都港区とは年1回の協同企画を展開しています。
(7)出版広報活動
事業報告を中心とした『年報』、ニューズ・レターの『アートレット』、テーマ特集形式の紀要『ブックレット』を刊行しています。『ブックレット』の既刊は、コラボレーション、サウンドスケープ、アート・マネジメントなどを特集号としています。ほかに、研究会の成果を小規模の冊子にまとめたり、展示やシンポジウムの折りに作成される図録や資料集も随時刊行しています。また、CD-ROM ほかのメディアによる広報形式も準備中です。
上記の活動のうち、主な活動のアーカイヴについて、詳しく紹介いたします。
慶應義塾大学アート・センターは、1993年の設立当初より、現代の芸術・文化に関する「研究アーカイヴ」の構築に関心を寄せてきました。
そもそも「アーカイヴ」とは、ある特定の主題に関する一次資料を収集・保存・管理・調査する機関を意味しますが、アート・センターにおけるアーカイヴ活動はさらに、アート・センター内外の専門研究者の協力のもとに研究活動をおこない、あわせて特定主題に関する研究成果(二次資料)の収集・蓄積とその情報化に重点をおく「研究アーカイヴ」の構築を実践しています。
慶應義塾大学アート・センターは現在、わが国の現代芸術を方向づけたアーティスト・評論家の活動を主題とする四つのアーカイヴをもっています。土方巽(身体表現)、瀧口修造(造形・評論)、ノグチ・ルーム(彫刻・建築・環境デザイン)、油井正一(ジャズ評論)です。諸芸術領域を包括する研究アーカイヴ、「アーツ・アーカイヴ」です。
アーツ・アーカイヴは、たんなるデジタル情報空間ではありません。アーティストの眼差しや息づかいを告げる一次資料との出会いの場であり、その理解や解釈をアーキヴィストと共有しうる場です。慶應義塾大学アート・センターのアーツ・アーカイヴは、身体的感性と知が交通する新しい場の創出をめざしています。
1.土方巽アーカイヴについて
慶應義塾大学アート・センターが「土方巽アーカイヴ」を設立したのは、1998年4月です。現代芸術に関する「研究アーカイヴ」の構築についての、アート・センターの関心の具体化の最初の試みでした。1960年代に前衛芸術家として活動をさかんにした土方巽の舞踏は、我が国の現代芸術を代表するアーティストたちとのコラボレーションを通じて生み出され、たんなるパフォーミング・アートの領域には収まらない「横断性(トランス)」を特徴としており、この点においてアート・センターの「研究アーカイヴ」のパイロット・モデルとして最適の素材でした。
また、「アーカイヴ」は、ある特定の主題に関するドキュメント(一次資料)を収集・保存・管理することを使命としますが、土方巽アーカイヴは、土方巽記念資料館(アスベスト館/東京・目黒)から、数多くの一次資料の寄託を受けることで、無二のアートアーカイヴとして、その本格的な活動を開始しました。ややもすると、この国が手放そうとする貴重な文化遺産を保持することが、アーカイヴの使命の中核にあることは言を俟ちません。
さらに本アーカイヴは、研究文献(二次資料)の収集・蓄積と研究情報検索の具体化を図る「研究アーカイヴ」であること、これに加うるに、多様なデジタルメディアやシステムを活用する「デジタルアーカイヴ」として位置づけられよう。それゆえ、一次資料の整備を基本としつつ、さらに資料のデジタル化を積極的に行ってきました。これらの作業を経て、資料の展覧会仕様を図るとともに、資料のデジタル保存およびデータベース構築を実現してきました。
身体表現の世界にまったく新しい表現方法を提示した土方巽の活動は、「BUTOH」という用語が世界的に定着していることからも明らかなように、今や世界的規模での研究対象となっており、その結果、土方巽や舞踏について学ぶため日本を訪れる外国のダンサーや研究者が後を絶ちません。本アーカイヴでの調査・研究をもとに生まれた研究成果は、すでに外国人によるものが日本人によるものを上回っていることは、今後のアーカイヴの活動にさまざまな示唆を与えてくれるでしょう。
研究文献および研究情報の収集に関して視野と関心をさらに広げて対応すること(国際性)、映像や音声など未整備・未収集の資料について一層の整備・収集・公開に力を入れること(多元性)、そしてアーカイヴ自らの研究成果を提示すること(創造性)です。
土方巽アーカイヴを訪れる人々の研究レベルの向上と研究関心の拡大に対応した資料の充実、インターネットの活用などアクセスの多様性に応えるデータ提供のシステムの開発などを視野に入れつつ、今後とも「ユニヴァーシティー・アーカイヴ」として土方巽および舞踏に関する世界的規模の情報受信地、そして情報発信地となることを目指し、世界における舞踏研究と舞踏理解に寄与する使命を追求していきます。
2.瀧口修造 アーカイヴ
瀧口修造(1903‐1979)は、第二次世界大戦後の日本を代表する美術評論家で、とくにシュルレアリスムの研究者として世界的に知られています。同時に、詩人、また画家としても、優れた作品をのこしています。瀧口修造の活動は、慶應義塾大学在学中にシュルレアリスムの影響のもとに始まった実験的な詩作から、戦後、日本の前衛芸術の精神的支柱とみなされた美術評論や、そのかたわらに自らおこなったデカルコマニーの制作など、多岐にわたります。
本アーカイヴの資料は、第二次世界大戦直後から1979年の死にいたるまでの活動を反映する多様な内容で、具体的には手稿、ノート、画稿、書簡、書類などの書写資料、パンフレット・ちらしなど一過性資料、ほかに写真、日用品、図書、雑誌類にわたり、一万点以上を数えます。
2001年4月、瀧口修造のご遺族鈴木陽氏からこれらの資料が慶應義塾大学に寄贈されたのを機に、アート・センターに「瀧口修造アーカイヴ」が開設されました。アート・センターは、研究アーカイヴの「ジェネティック・アーカイヴ・エンジン」プロジェクトを展開しており、本アーカイヴもその一環として構築作業を進め、現在はその厖大な資料の基礎的整理分類を順次、実施しています。
2005年12月5日~16日には、研究成果報告の一端として、瀧口が1958年に行ったヨーロッパ旅行をテーマとする企画展覧会<瀧口修造1958――旅する眼差し>を慶應義塾大学日吉キャンパス・来往舎1階ギャラリーにて開催しました。
3.ノグチ・ルーム アーカイヴ
慶應義塾大学三田キャンパスにある「ノグチ・ルーム」(学内の伝統的名称)は、1951年に建築家谷口吉郎(1904?1979)の設計により第二研究室が建てられた際、その談話室をアメリカ合衆国の彫刻家イサム・ノグチ(1904?1988)が制作したものです。この談話室と小庭園は、明治初年に福澤諭吉が教師と学生の自由な交流を目的として開設した「萬來舎」をふまえて、「新萬來舎」と呼ばれることもある。2003年、新校舎建設のために第二研究室棟が解体され、「ノグチ・ルーム」は2005年3月に竣工した新校舎(南館)のルーフ・テラス部に移設されました。。
慶應義塾大学アート・センターは1998年より「ノグチ・ルーム・アーカイヴ」プロジェクトを立ち上げ、この慶應義塾が有する歴史的文化財を記録し、関連資料を網羅的に収集する研究アーカイヴ活動を展開しています。これまでに、専門家に依頼し建物内外の現状写真約60カットを撮影し、デジタル化を完了しました。そのうちの何枚かは竣工当時の写真と同一アングルで撮影し、解体以前の状態と竣工当時の状態が比較できるようにしました。また本塾工務課に保存されている竣工図面もデジタル化し、図面の名称を確認・整理した。以上は建築学的基礎資料の整備です。またこの他に360度の室内空間全体を撮影記録したデジタル映像などヴァーチャルに空間を体験する資料を制作しました。
一方、文献的資料としては、ノグチ・ルーム、谷口吉郎、イサム・ノグチに関する書籍、新聞・雑誌記事を網羅的に収集し研究者向けの書誌データベースを作成しています。さらに、重要な作業として、第二研究室およびノグチ・ルームの建設に関わった人々へのインタビュー、証言の取材があります。これについては、少しずつ実現を目指し計画を進捗させています。
「ノグチ・ルーム・アーカイヴ」は、歴史的文化財が変容もしくは消失する状況下でいかに資料を整備し公開していくか、という今日最も中心的な話題に対してひとつの指針を示す実験といえるでしょう。
このプロジェクトは、文部科学省の「オープン・リサーチ・センター整備事業」(平成13年度~平成17年度)による私学助成を得て行われました。
4.油井正一 アーカイヴ
ある世代以上の日本人で、多少ともジャズに関心のある方であれば、誰でも油井正一(1918-1998)の名前は知っているでしょう。1941年慶應義塾大学法学部卒。1936年頃よりジャズに興味を持ち、たちまちジャズ評論界の草分けにして第一人者の評価を不動のものとしました。著書に『生きているジャズ史』、『ジャズの歴史物語』など。1996年には勲四等瑞宝章を受章しています。
油井正一の軽妙洒脱な語り口や文章はそれ自体が「スウィング」と形容され、また彼が驚くべき執念と情熱をもって取り組んだジャズの研究や普及、啓蒙活動に、どれほどの日本人が裨益したかは想像を超えます。
本「油井正一・ジャズ・アーカイヴ」は、アート・センターと油井家のご遺族との間にたびたびの話し合いや協議が重ねられた結果、2002年夏はコレクション移管を前提としたインヴェントリが、世田谷の油井邸で行われ、2003年2月25日に段ボール百箱に及ぶ膨大な資料が慶應義塾大学三田のアート・センターに到着したのです。
油井正一がその生涯に集めた夥しい資料や記録は、それ自体が日本の活きたジャズ史を形成すると言っても大袈裟ではないほどに充実したものです。資料は総数約10,000点におよびます。すべては形態別に分類され、各々の概算点数が把握されています。内容は、書籍(図書517点、逐次刊行物335点、一過性資料約100点)、文字資料(ファイル約40点、原稿、メモ、ノートなど点数未把握)、その他(点数未把握)、音声資料(CD約6,700点、 LP・SP約800点、カセットテープ約650点、オープンリール4点)、映像資料(ビデオカセット約450点、フィルム[8mm, 16mm] 約40点)、その他(書簡点数未把握、写真点数未把握、その他点数未把握)。また、新たにご遺族から油井正一が丹念に記録を怠らなかった回想録、日記を中心とする貴重な私的文書が寄贈されました。
現在、「油井正一・ジャズ・アーカイヴ」はまだ整理や記述を始めたばかりの揺籃期にあり、本格的な公開に踏み切るには数年後を待たねばなりません。日本のジャズ史にとっても大きな意味を持つと考えられるこのアーカイヴ開設記念催事として、2003年4月26日、「いまモダンジャズ??油井正一コレクション」(慶應義塾大学三田キャンパス北館ホール)が開催され、先行する土方巽・瀧口修造両アーカイヴの担当者によるレクチャーと、油井アーカイヴの概要説明が行われました。
2006年11月28日~12月9日には、「ノートnote」をキーワードにアート・センター所管の4アーカイヴの資料を紹介、展示した<アート・アーカイヴ資料展 ノートする四人――土方、瀧口、ノグチ、油井>を慶應義塾大学三田キャンパス・東館展示スペースにて開催しました。
利用案内
土方巽アーカイヴ、ノグチ・ルーム アーカイヴに関しては、所蔵資料について研究関心をお持ちの方の利用申し込みを受け付けております。
資料閲覧希望者は事前に下記連絡先まで電話で予約してください。予約なしの訪問は受け付けておりません。また、ご連絡なく30分以上遅れた方には、入室をお断りする場合もあります。
※ノグチ・ルーム アーカイヴの利用をご希望の場合、一週間前までにご予約ください。
[開室日(原則)]
土方巽アーカイヴ:火・水・木 曜日 12:30~17:00
ノグチ・ルーム アーカイヴ:木・金 曜日 12:30~17:00
{連絡先]
電話:慶應義塾大学アートセンター 03‐5427‐1621 (直通)
メール:
土方巽アーカイヴ:hijikata@art-c.keio.ac.jp
ノグチ・ルーム・アーカイヴ:noguchi@art-c.keio.ac.jp
瀧口修造アーカイヴ・油井アーカイヴ:archivist@art-c.keio.ac.jp
慶應義塾大学アート・センターWebサイト http://www.art-c.keio.ac.jp/ より転載
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