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小野晃典「マス・カスタマイズ製品のマーケティング・消費者行動」

2007年04月10日

小野晃典
慶應義塾大学商学部准教授

マス・カスタマイゼーションとは

読者諸氏は欧米のマーケティング研究者が注目するマス・カスタマイゼーション(mass customization、以下、MCと略記)という語を聞いたことがあるだろうか。昨今の目覚しい技術革新を背景として、個々の顧客の注文を受けて供給される注文品でありながら、標準化された製品をマス・プロダクションにより供給する場合に準ずるほどの低価格を実現させた製品、すなわち、マス・カスタマイズ製品(mass customized products、以下、MC製品と略記)を供給するシステムのことである。

顧客ニーズが多様化し、しかも予測しにくくなった現代社会においては、顧客志向のマーケティング戦略の核としてもてはやされた市場セグメンテーションやニッチ戦略でさえ広すぎて機能しない。MCは究極的に顧客ニーズに合致した製品を価格を据え置いたままに供給することを可能にする新戦略として有望であるというのである。

マス・カスタマイズ製品の事例

例えば、パターンメイドと呼ばれる洋服や靴の供給システムは、最新の情報通信技術やオートメーション技術を活用して、顧客の身体を採寸してあつらえた製品を既製服・既製靴とさほど変わらない価格で製造して、着心地のよさを顧客に提供することに成功している。国産自動車もまたMC製品の代表例である。日本の自動車市場において顧客はしばしば、モデル(概観とエンジン)を選んだ後、内外装色やシート素材やホイールなどを選び、メーカ・オプションやディーラ・オプションを付けて注文する。企業側はそれを受けてすでに用意済みのパーツを素早く組み立てる。こうすることによって、注文を受ける前に組み立ててしまうのとさほど変わらないコストで、何万通りものバライエティの製品を実現しているのである。自動車と同様にして注文を受けて組み立てられる最近のパソコンも良い例だし、ハンバーガーやサンドイッチも流通段階で組み立てを行うMC製品の例と見なすことができる。様々な業界で低価格のまま高いニーズ合致を実現するMCが実践されつつあるのである。

マス・カスタマイゼーションの強み(1)

先述のとおり、MCの強みは何と言っても顧客ニーズへの合致度が高い点にある。顧客が注文できる箇所を増やせば増やすほど、言い換えると「MCレベル」を高めれば高めるほど、一人ひとりの顧客のニーズに合致した製品を供給することが一層可能になる。マス・プロダクションによる従来型の大量生産品が画一化された製品であって、単一のニーズにしか対応していないのとは対照的である。おそらくは価格が従来の手工芸品に比べて劇的に安いために製品の仕様がニーズに不完全にしか合っていないような大量生産品であっても需要されていた時代が過ぎ去り、高度なニーズ対応が要求されるようになった現代においては、 MC製品は顧客の支持を大いに集めるであろう。

マス・カスタマイゼーションの強み(2)

その一方で、顧客は、製品を注文して自身のニーズに合致させることができる点だけにMCの利点を見出しているわけではない。製品の仕様を細かく指示することを通じて個性化した製品は、周囲の人々が誰も持っていない製品となりやすい。そのようなユニーク性こそが、MCの強みを成す第2の側面として挙げられる。他者とは違った製品を持ちたいという現代人の欲求を満たすために、限定商品が開発される現象が見られることは周知のとおりであるが、MC製品もまた、この欲求「差異化欲求」を満たす役割を果たしうるのである。
大手スポーツ・アパレル・メーカーが、スニーカーにオーナーのイニシャルを入れることを含むMCを行っていることはその顕著な一例である。ある実証分析の調査結果によると、消費者が認知的に関与する傾向の強いパソコンのような製品においてはニーズ合致の側面がMCの強みとなる一方、消費者が感情的に関与する傾向の高い洋服・靴のような製品においてはユニーク性の側面がMCの強みとなるということである。

マス・カスタマイゼーションの弱み(1)

MCには大きな強みが2つ存在する一方で、弱みもまた存在する。それは消費者にとってのコスト高である。まず、いかに革新的な新技術を導入したシステムであっても、大量生産された既製品に比べて、注文品であるMC製品は高価格かもしれない。あるいは、注文という付加価値に対して高価格ではないかという連想がなされる結果、実際は高価格でなくても高価格ではないかと消費者に類推されてしまうかもしれない。そのような場合、そのことはMC製品にとって弱みとなる可能性がある。

ある実証分析の調査結果によると、自動車のように何度も買う製品ではない耐久財ならば、消費者はそれを気にしないが、洋服のように比較的頻繁に購買する製品の場合、既製品に比べて価格が高いのではないかという消費者の類推は、MC製品にとって弱みとなる可能性が高い。

マス・カスタマイゼーションの弱み(2)

もう1つの弱みは、価格以外の側面についてMC製品購買時に消費者が支払わなくてはならないコストの高さである。MC製品には「製品評価困難性」がある。つまり、MC製品は注文品であるため、既製品とは違って店頭に並んだ商品を手にとって吟味するような仕方では製品評価をすることができないまま、製品評価を行って購買意思決定を下さなくてはならない。また、MC製品には「注文過程複雑性」がある。つまり、様々な製品属性について考えられうる幅広い選択肢のなかから選択していって1つの製品を作り上げていく長い注文プロセスを経て、企業側にニーズを伝達することが必要である。

最後に、MC製品には「配送待ち時間」がかかる。つまり、注文を行って製品を手に入れるまでには、既製品を店頭で購買して手に入れるよりも長い時間がかかり、顧客は待たなくてはならないであろう。これらのMC製品に特有な非価格コスト(肉体的・精神的・時間的コスト)の支払いを消費者が嫌がるならば、それらはMC製品にとって弱みとなるであろう。ただし、米国の消費者にとってこれらのコストは疎んじるべき対象であるが、日本の消費者にとっては、こうしたコストが「ショッピングの楽しみ」として購買意欲をむしろ掻き立てる存在であるという興味深い実証分析の調査結果もある。

今後のマス・カスタマイゼーション研究

すでに多種多様な業種でMC製品が現実に提供されているし、製品だけでなく広告情報や割引クーポンにもカスタマイゼーション技術が導入され、顧客一人ひとりに合わせたマーケティング・ミックスが開発されつつある。それらの事例を識別したり、多様なMCシステムの実態を把握したりする研究が行われ、欧米の有名ジャーナルにも特集記事が掲載されるなど注目を浴びつつある。
日本におけるMC研究は相対的に立ち遅れているが、高い技術と細やかな顧客への配慮を背景として欧米よりも一層進んでいる面を持っているであろう日本におけるMC実務との相乗効果によって、今後は間違いなく発展を遂げるであろう。

小野晃典(おの・あきのり)
  • 慶應義塾大学商学部准教授
慶應義塾大学商学部卒業。慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程・博士課程修了。商学博士。交換留学生としてコペンハーゲン・ビジネススクール(デンマーク)に、訪問研究員としてカリフォルニア州立サンノゼ大学(アメリカ)、カリフォルニア大学バークレー校(アメリカ)、北京大学(中国)の各ビジネススクールに留学。専門はマーケティング論(広告論・消費者行動論)。

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