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クロスメディア時代のオーガニック・コミュニケーション・ミックス

2007年08月14日

井上哲浩 慶應義塾大学大学院経営管理研究科・ビジネススクール教授

1. マルチメディアからクロスメディアへ

マーケティング・コミュニケーションがより一層「受け手の時代」になったことは明らかである。従来の「発信する側の立場」でマーケティング・コミュニケーション戦略を構築していては、顧客に「伝えたいもの」が伝わらない時代となっている。
その理由は多様であるが、一つにはメディアの多様化が考えられる。特にICT(Information and Communication Technology)化が進捗し、従来のマスメディアにインターネットが加わり、メディアの数も、そのメディアで発信される情報量も急速に増加した。そのような急激な環境変化に人間は対応できず、多すぎる情報に対し処理能力に負荷が過剰にかかっているのが現状である。結果、受け手のなかでは「情報の過負荷」が発生している。


マーケティング・コミュニケーション効果は、AIDMA、すなわち、注意(Attention)、関心(Interest)、欲求(Desire)、記憶(Memory)、行為(Action)という効果階層に代表される構造で検討されてきた。しかし注意やリーチをベースとする枠組みでは、「情報の過負荷」を克服したマーケティング・コミュニケーション戦略を構築することが難しい。「続きはサイトで」と誘導する方法は、リーチが豊かなメディアで大々的に情報を提示し、当該のインターネット・サイトにつなげようとするが、これは、クロスメディアではなく、単なるマルチメディアと呼ばれる手法である。
クロスメディアと言うからには、メディアの特性を考慮した上で、情報がメディア間をインタラクティブに行き来する必要がある。

2. クロスメディアの使命:新たなコミュニケーション効果指標

企業間競争が激化しているのは明白である。企業と顧客の間の情報格差が縮小している、顧客の経験や学習が高度化している、「モノ言う」そして「モノ言える」顧客が増加している、高度な顧客を考慮し製品やサービスが高度化している、差別化の訴求点が高度化している、などこれらの現象がマーケターの意を貫くことは、もはや少なくない。
マーケティング・コミュニケーションが対象とする製品やサービスの訴求点である、バリュー・プロポジション(価値提案)は、精緻化され、繊細で、微細な、まさに高度な価値伝達を必要とするものとなってきている。従来の効果階層型の枠組みではなく、いかに高度なバリュー・プロポジションを顧客に伝えるか、これが現実のマーケティング・コミュニケーション戦略の課題である。
ダイレクト・メール、訪問、そして電話コールといったいわゆる、ワン・トゥ・ワン型のCRM(Customer Relationship Marketing:顧客関係性のマーケティング)を活用し、短期的に、一過的に、顧客を取得することはできるであろう。ただこれらの短期的で一過的な顧客が、来期や、次の四半期にも顧客でいてくれる確率は高くはない。高度なバリュー・プロポジションを理解した上で購入や契約をしてくれた顧客ではないからである。
この見地から、ブランド・マネジャーといったマーケターが熟考して構築したバリュー・プロポジションを顧客が理解する、顧客が自社のブランド、製品、サービスのよさを本当に理解し購入や契約することが鍵であると考え、「知識構造化型」のコミュニケーションを、新たなマーケティング・コミュニケーションの効果指標として設定することを提案したい。つまり、顧客が知識を構造化し、理解を深め、助けるために、多様なメディアの特性を考慮しながら活用していくマーケティング・コミュニケーションのあり方が、クロスメディア時代のマーケティング・コミュニケーション戦略である、と考える。

3. 知識構造化促進要因(1):ソサイアタル性

ただし、知識構造化は容易な課題ではない。広告やセールス・プロモーションといったマーケティング・コミュニケーション戦略に、顧客が接触すれば、顧客の認知構造において知識構造化が進捗するものではない。知識構造化の促進要因としていくつかの要因が考えられる。
第一の要因は、ソサイアタル性である。このソサイアタル性は、二つの側面を持つ。一つの側面は、テーマのソサイアタル性である。一つの事例として、サンスターの「G・U・M」は、虫歯の原因となる歯周病は、口腔だけではなく全身の健康や生死にも関わる問題である、という歯周病菌連鎖をテーマにマーケティング・コミュニケーションを展開している。個人のみならず、家族という社会の問題であり、その社会へのメンバーシップや相互作用が関与してくるソサイアタルなテーマである。
もう一つの側面は、メディアのソサイアタル性である。情報の受け手は、自分の特性や解決したい問題によって、「この情報はこのメディア」「情報の内容に信頼性のあるのは、このメディア」と、メディア性を考慮してメディアに接触する。したがって、発信側もメディア性をきちんと考えた上で、受け手の知識を構造化させるようなクロスメディアのあり方を考えることが重要となる。そして、メディアのソサイアタル性が高ければ高いほど、メディアに包含されるメッセージが信頼され、より理解され、そして高度なバリュー・プロポジションが顧客の認知構造に内部化され、知識構造化が促進されるのである。

4. 知識構造化促進要因(2):共感

テーマとメディアのソサイアタル性に加えて、共感も知識構造化を促進する要因である。日産自動車のティーダは、2004年10月に発売された従来のコンパクトカーを超えた素晴らしい製品である。そしてマーケティング・コミュニケーション戦略においても卓越していた。その一つが、自社運営のインターネット上でのブログである。ブログは個人的なイメージが強いインターネット・メディアの一つの場であり、ブログを通じて伝達される、低反発ウレタンや、ティーダの室内空間の広さは、受け手の共感を刺激するものであった。この共感を通じた仕組みによる、従来のコンパクトカーにない上質感という、高度なバリュー・プロポジションが顧客の認知構造に内部化され、知識構造化が促進されたと考えられる。

5. オーガニック・コミュニケーション・ミックス

クロスメディア時代には、知識構造化をマーケティング・コミュニケーション戦略の効果指標として設定し、テーマとメディアのソサイアタル性と共感を通じて、知識構造化を促すことを考慮することを述べた。このアイデアをコミュニケーション戦略において具現化するものが、オーガニック・コミュニケーション・ミックスである。
顧客は有限資源であり、短期的・一過的に顧客になって頂くのではなく、じっくり醸成し、製品やサービスのバリュー・プロポジションを理解頂いて、顧客となることが好ましい。つまり有機的にオーガニックに顧客を育てることが重要である。
顧客の醸成には、マーケティング・コミュニケーション戦略は重要である。そのためには、メディア自体も有機的に対応していく必要がある。社会性や信頼性がある新聞メディアにより「土に水をやり、肥料をやり、土壌作りを行い」、リーチに力を持つテレビ・メディアにより「種をまき」、理解を深めるという意味でインターネット上でのホームページ、ブランド・サイトやブログで「耕し」、顧客が購入したり契約を行う店頭や現場メディアで「収穫する」、という一連のメディアのメディア性を考慮し有機的にオーガニックにクロスさせ、メディア・プランニングを行うことが、クロスメディア時代のマーケティング・コミュニケーション戦略の鍵である。


参考文献

  • 井上哲浩(2006)「クロスメディア対応のマーケティング・コミュニケーション」、『広告月報』、5月号、10月号、12月号。
  • 井上哲浩(2006)「クロスメディア・マーケティングとモバイル広告」、『Ad Studies』、18巻。
  • 井上哲浩(2007)「クロスメディア対応のマーケティング・コミュニケーション」、『広告月報』、4月号、5月号。
  • 井上哲浩(2007)『Webマーケティングの科学』、千倉書房。

井上哲浩(いのうえ あきひろ)
慶應義塾大学大学院経営管理研究科・ビジネススクール教授
慶應MCCプログラム「発見と創造のためのマーケティング・リサーチ」講師

専門はマーケティング・サイエンス、マーケティング・リサーチ、マーケティング・コミュニケーション。1987年関西学院大学商学部卒業、1989年同大学院商学研究科博士課程前期課程修了、92年同後期課程単位取得中退、1996年カリフォルニア大学ロサンゼルス校経営学博士(Ph.D.)。関西学院大学商学部専任講師、助教授、教授を経て、2006年経営管理研究科教授。
主要著訳書:『マーケティング・ハンドブック』(朝倉書店・共訳、1997年)、『消費者選択行動のニュー・ディレクションズ』(関西学院大学出版会・分担執筆、1998年)、『マーケティングの数理モデル』(朝倉書店・同、2001年)、『消費者・コミュニケーション戦略』(有斐閣・同、2006年)、『Webマーケティングの科学-リサーチとネットワーク-』(千倉書房・編著、2007年)。

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