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ピックアップレポート

2009年04月14日

ダイアローグが組織を変える

中原 淳 東京大学 大学総合教育研究センター准教授

「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人々の学習・成長・コミュニケーションについて研究をしている、東京大学総合教育センターの中原淳先生にご登場いただきました。今回はいつもと趣向を変え、インタビュー形式でお届けいたします。
――まず簡単に自己紹介をお願いします。
私は、教育学を専門とする研究者です。一般に教育学は、幼稚園・保育園から小学校、中学校、高校、大学までを、主な研究対象にすることが多いですが、私の場合は、「企業で働く大人の学びや成長」をテーマにしています。
――いま一番興味をもっていることは何ですか?
職場の中の対人相互作用、つまりコミュニケーションが、組織の中の学習にどの程度影響を与えているのか、ということです。個人の学習や組織の学習、それをあわせて組織学習といいますが、それにコミュニケーションがどういう影響を与えているのか、が、一番知りたいことです。
――なぜそこに興味をもつようになったのですか?
もともと教育学を専攻していましたが、大学院のときには、対話によって学習がどの程度促進されるか、という研究をしていました。それは、「協調学習研究」という分野です。つまりそれは、学校教育において子どもたちがコミュニケーションをしながら学ぶときに、どういう学習効果が得られるか、そして、そういう場をどうやって作っていけばいいのか、ということです。その前の学部の卒業論文では、教師がどうやってリフレクションを起こし、それによりいかに学習が促されるか、という研究でした。結局振り返ると、「リフレクション」、「対話」、「学習」が、常に私のテーマでした。いまは、学校教育から大人の文脈の中でそれを考えていて、大人の場合、対話の中でどう個人の学習を促し、個人の学習が組織の学習にどうつながっていくのか、というところに興味をもって研究をしています。


――なぜ大人の学習に興味が移ったのですか?
大人は、教育学ではほとんど扱われない対象です。それは、大人は社会人という言葉に代表されるように、学習過程を終えた人と捉えられるからです。また、企業は利潤追求の場所だから、個人が学習し、教育する場と見なされておらず、教育学の研究テーマにはなっていませんでした。でも、それに対して疑問をもっていました。なぜなら、学校を出てからも、資格をとったり、業務遂行していく中で、知識やスキルを得ている、それは、本人は学んでいるという意識はないかもしれませんが、私からみたら学びに他なりません。それが面白くて、そこを研究してみたいと思ったのです。
そして、仕事を、単にワークではなく、「ラーニングフルワーク」、つまり成長に近づく仕事ととらえ、その場をどうやって作っていくか、を考えたいのです。成長の実感がある方がやりがいがあるし、うれしいじゃないですか。そのような場をどうやって作っていくか、考えていきたいのです。
学生にとっての学習と言えば、頭の中にどれだけ吸収するか、ということですが、大人にとっての学習は、どれだけ発信できるか、ということだと思うのです。それは、つまり、アウトプットということですが、それが成立するためには、インプットをする機会やインプットしてくれる人や環境に自分を置く必要があるのです。
大人の学習に関しては、これまでにもキャリアを通して知的熟練をどのように達成するか、といったような製造業の研究は多くあります。でも、OECDのPISAの調査で2020年には製造業は4%しかなくなると予想されているように、これからは、多くの人がナレッジワーカーになり、ナレッジによって高付加価値をつけていかなければならない時代となります。そのための「大人の学び」の研究をしていきたいのです。ナレッジワーカーの研究は見えにくいし、やりにくい部分がありますが、だからこそ、そこにチャレンジしてみたいと思ったのです。
――その研究を進める中で、週に3社以上、これまで累積で何百という企業の人材育成現場を訪れているそうですね。
企業内人材育成入門』や『ダイアローグ 対話する組織』などの著書や、NAKAHARA-LAB.NETというブログ(http://www.nakahara-lab.net/blog/)、Learning barという組織学習・組織人材をテーマに研究者と実務家が語り合う研究会( http://www.nakahara-lab.net/learningbar.html )がきっかけとなって、いろいろな機会をいただけるようになりました。この3点によって、ようやく「研究の循環」ができてきています。
特にブログはダイレクトにフィードバックがきます。たとえば、先日ブログで、「学びと創造の場としてのカフェ」(通称:カフェ研)について書いたのですが( http://www.nakahara-lab.net/blog/2009/03/post_1469.html )、それをご覧になったといって、十数件のメールをいただきました。皆さんが取り組まれていることをご紹介くださったり、ご相談をいただいたりするのです。
――『企業内人材育成入門』の内容について少し教えてください。
『企業内人材育成入門』は、「人材育成」を心理学、教育学、経営学などからアプローチした内容です。教育や学習に関するこれまでの研究成果や蓄積は、企業の方々にとってあまり知られていないけれども、実は企業にとってもとても重要な問題である、ということを伝えたかったのです。
――企業にとっての人材とは何だと考えていますか?
人的資源管理と言われるように、企業にとって資源ではあります。でも、人という資源は、モノやカネとは違い、「センスメイキング」が重要な生き物です。感情を持っていて、意味ややりがいが必要なのです。その人にとっての学習機会、成長機会、働きがいが必要だと思います。それは大きな課題であり、それが得られないのであれば、センシティブな人から辞めてしまいます。だから、人材育成をやってもしょうがないという考えは間違っています。人材育成を研修だと捉えればやらなくてもいいものもあるかもしれないけれど、人のキャリア、内的な意味、学習、能力向上に対して、ケアしなくていいわけではない、コスト削減だからといって人材育成はしないという認識は間違っていると、はっきり言えます。
――『ダイアローグ 対話する組織』は、今年の2月に出された本ですよね。こちらも簡単にご紹介してください。
一言でいいますと、「硬直し、少し乾いた職場のコミュニケーションを見直すことで、私たちはもっとお互いを理解し、よりよい仕事をすることができる。そして、組織の文化や組織そのものも変えられる」ということです。一言ではないですね、全く(笑)。見直す手段が「ダイアローグ」というコミュニケーション形式です。
いくつもの事例をもとに、社会構成主義、コミュニケーション理論を軽いタッチとノリで紹介しつつ、職場のコミュニケーションについて論じています。最近、「伝えているんだけど、相手の腹に落ちない」「伝えているはずなのに、相手の行動が変わらない」「伝えているはずなのに、職場が変わらない」という経験をなさっている方には、ぜひおすすめです。
――中原先生が考えるよい組織とはなんでしょうか?どんな条件や特徴がありますか?
いくつもあると思いますが、個人のキャリア発達や能力向上を支援しなければならない、それと同時に職場として束ねる力をどうつけるか、そこがとても大切だと思います。
図にすると、こんな感じになるかと思います。

中原淳「ダイアローグが組織を変える」

日本の企業は、一度、成果主義を導入して「個人の成長あり-職場のまとまりなし」に振られてしまいました。つまり、個人は成長したり、自分のことは考えるけれど、職場としてのまとまりはなくなってしまったという状態です。いまは、それを「◎」に、もっていこうと、社員旅行や運動会を復活させて、まとまりをもたせようとしているのです。どこまでそれが職場のまとまりに役立つのかはわかりません。その場の団結や盛り上がりがあっても、仕事場に戻ったときにそれが活かされるのか、どうでしょうか?
やはり、個人として成長させつつも、組織としてのまとまりをつくるというのは、すごくむずかしいと思います。
――それは、何がキーなのでしょうか?「ダイアローグ」は個人の成長にも役立ち、さらに、職場のまとまりをつくるのにも役立つものなのでしょうか?
そう思っています。ダイアローグの機能は、個人レベルに関しても理解が深まる、成長に繋がるといいつつ、組織にとってもいいことがある、それをつなげる1つだと思います。個人の成長や能力向上をとても重視してすべて自己責任で自己選択の職場を一時期希求しましたが、二進も三進もいかなくなって、それをどうにかしようとする方法として、社員旅行、運動会で取り戻そうとするやり方と、そうでない道があると思います。その1つがこの「ダイアローグ」なのではないか、と思っているのです。バラバラになった個で「私」を主語にして、ちゃんとコミュニケーションをもう一度してみよう、そういう場を作ろう、そうでもしないかぎり、繋がり感はなかなか得られないのではないかと思うのです。
――メールが浸透してきて、メールで用件をすませてしまおうという、そのあたりにも弊害はありますよね?
ありますね。「あとはメールで」というのは、ビジネスパーソンがよく使う言葉です。メールは一見インタラクティブですし、使い方によっては双方向のコミュニケーションが可能ですが、でも、職場での「あとはメールで」のあとはほとんどの場合コミュニケーションは成立していないですよね。議事録が送られてくるくらいです。
一見インタラクティブなものはあります。たとえば、社内運動会もそうですし、飲み会もそうですが、それをやったからといって、結局コミュニケーションが日常的にあたりまえにはならないのです。それは、やっぱり職場でやらないと無理だし、職場でそういう場を作らないと無理だと思います。
――ダイアローグができている組織はありますか?
多くの企業で作ろうと努力はしていると思います。社内にカフェを設置したところ自主的な勉強会が行われるようになったという組織がある一方、だれもが使えるフリースペースの場は作ったがだれも使わない、という組織もあります。本人たちは「ダイアローグ」と呼んでいるかどうかは別にして、そういう「場」が求められているのは事実だと思います。でも、それはあえて作らなければできないと思います。
――以前、スモーキングルームでは、何かが起こる場だといわれたりもしましたが、あれもやはりダイアローグといえるのでしょうか?
ジュリアン・オールの『Talking about machines』という本があり、カフェテリアでの会話が技術伝承に役立っていたという事例もありますが、ひとのコミュニケーションなので、その場がどういうふうに転ぶかはわからない、というのが実態でしょう。うわさ話の巣窟になってしまう場合もあるし、イノベーションの場になる場合もあるし、知識伝承の場になることもあるでしょう。
――ディスカッションの際に、ディスカッション・リーダーのような役割がいるとスムーズに進行しますが、ダイアローグの場にも自ら積極的に発言するダイアローグ・リーダーのような人がいるといいのでしょうか?
発言ではなく、「聴く」ことが大切だと思います。「聴く」ことは積極的でかつ意図的な行為です。社会学者アーヴィン・ゴフマンがいう「役割演技」そのものなのです。つまり、「私はあなたの話をしっかり聴いていますよ」という役割を担わないと、なかなか聴けません。ダイアローグの本質は、「話すこと」ではなく「聴くこと」からはじまるのです。
ただ、「良いダイアローグとは?悪いダイアローグとは?」「ダイアローグとはどうやるのか?」という問いかけには、答えられません。それは、手続きや形式化、知識・スキル定義になった瞬間に、「ダイアローグ」とは違うものになってしまうと思うからです。
――中原先生がいま描いているこれからのビジョンを教えてください。
職場の中のコミュニケーションの問題に興味があるのだけど、それだけではダメだということを同時に感じています。社外のことにも興味があるのです。大人が学習するというときに、社内のコミュニケーションだけを基盤にしているだけでは、なかなか変わる機会にならないと思うからです。会社を出て社外の人に自分のやっていること、自分の仕事の意義を、しっかり言えない、という経験をしたことがある人も多いと思います。社外にでたときに、はじめてそれがわかるのです。
――社外というのは、『ダイアローグ 対話する組織』の中で書かれている、「サードプレイス」とも関係してくることでしょうか?
そうですね。そういう話をすると「忙しくて社外にでる暇なんてない」「社外出るヤツは社内でやれないヤツだ」とよく言われます。そうなのでしょうか。
私のやっているLearning bar は「サードプレイス」を作ろうとしています。
――社外にでることは、個人にとって、エネルギーと勇気がいることだと思うのですが、そのハードルを越えさせるしかけは何かあるのでしょうか。
そうなってくると企業内教育に閉じたことではなくて、”社会デザイン”の話になってくるのです。結局私の究極の目標は、大人が「ラーニングフルワーク」で、いきいきと仕事をしながら学んでいける、成長していける社会をつくることなのです。青臭いですが、本当にそう思っています。それには、まずは社内のことも考えなければならないし、社外にもそういう場をつくっていかなければいけないのです。そうなってくると、会社・組織の輪郭がだんだんぼやけてきて、薄くなった輪郭の外には、もっと大きな器があることに気づくのです。そこから出たり入ったりする、その場のあり方がこれから求められているのではないかと思います。いま社内にカフェを作るということがいろいろな企業で試行されていますが、そういった場が社会に生まれ出るためには、どういった研究をして、それを誰に伝えれば、つまりデリバラブルにすればいいのか、というところが私の大きな目標なのです。大学は1つのキーになると思います。なぜなら、大学は「言い訳プレイス」になる場だからです。「ちょっと、これから東大にいってきます」と上司にいえば、外に出やすくもなるのではないでしょうか。あるいは、「お父さんは今日は東大だから」とさりげなく子どもにいうと、尊敬されるかもしれません(笑)。さらにそこで学びの場があれば、「大人にとっての学びのサードプレイス」になるのです。そんな社会を作って行きたいと思っているのです。
――今日は、ありがとうございました。

 

中原 淳(なかはら じゅん)
東京大学 大学総合教育研究センター准教授
慶應MCCプログラム「ラーニングイノベーション論」講師

東京大学大学院 学際情報学府准教授(兼任)。北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部、大阪大学大学院人間科学研究科を経て、文部科学省メディア教育開発センター助手、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学 大学総合教育研究センター講師、2006年より現職。教育学、大阪大学博士。
「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人々の学習・成長・コミュニケーションについて研究している。共編著・共著に『企業内人材育成入門』(ダイヤモンド社)、『ダイアローグ 対話する組織』(ダイヤモンド社)など多数。
研究の詳細はBlog:NAKAHARA-LAB.NET(http://www.nakahara-lab.net/)。中原の開催しているLearning barには、上記のHPにあるメルマガに応募してください。

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