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花田 光世「今考えていること―本当のチェンジエージェントとしての人事とは」

2009年05月12日

花田 光世
慶應義塾大学総合政策学部教授、同大学SFC研究所キャリア・リソース・ラボラトリー代表

はじめに

厳しい経済情勢の底打ち感が出てき始めているようにも思えます。しかし昨年から吹き荒れた、コスト削減の嵐は今も大きな爪痕を企業の人事・教育に残し、まだまだ余波としての風も吹いている状態です。しかも私の懸念は、爪痕が人事・教育に残ったというような被害者意識ではなく、むしろ、その余波を企業に送りつづけている当事者としての人事・教育部門の存在です。それではチェンジエージェントとしての人事の役割を自己否定するものとなってしまいます。
やや極端な書き出しから始めましたが、この1-2年で私が経験した、いくつかの出来事をご紹介しましょう。

私の中にあるむなしさ感

ある雑誌社から頼まれて、そのサイトに、「成果主義の流れはとめられない。それには修正成果主義、つまり、成果主義と個への支援をどのようにバランスさせることができるかが重要」と書いたことがありました。ところが、サイトに寄稿して初めて気づいたのですが、サイトの編集が、従来型の「人を大事にする人事こそが重要」という他の方の記述と、私の記述が対比させられるような編集となっており、私に対するコメントでは、他の方の「日本の人事は昔の人を大切にする人事の制度にもどるべき」というストレートな意見と対比され、「花田氏の言っていることは、理解困難」といった少なくない数のコメントをいただいた経験がありました。

私の立場をご存知の方は、むしろ私は個支援、一人一人の個を大切にするというアプローチです。しかし現実の流れでそれが必ずしもできない以上、個の支援にむけた人事の仕組みの調整が重要という立場をとっています。MCCで展開させていただいている、キャリアアドバイザーの育成、あるいはそれに不可欠なライフキャリアサポートセンターの構築はその流れから出ています。

しかし現実には、矮小化した成果主義の追及を避けることは難しく、その中での人事部門とキャリア支援部門のバランス調整の難しさを表現しました。しかし、そのような動きは単純明快に従来型の年功に戻れといった立場と比較すると、わかりにくい「小手先」対応というように見られたのかもしれません。しかし、この一連の動きは「小手先」で対応できるものではなく、むしろ非常に重要な本質的な対応そのものであると考えています。

二つ目の経験です。最近いくつかの経営雑誌、新聞から、取材を受けました。ダイバーシティ開発、女性活用の現状に対するコメントを求められました。いままで私は取材を受けて、そのコメントが没になったという経験はあまりないのですが、今回はコメント全てが没になるという経験をしました。

私のコメントとは、「企業が新しいイベントやプログラムを新規に起こすことはないが、もう動き始めた流れを抑えるわけにはいかない。担当者は本当に苦しい状況の中で、現状の活動を後ろ戻りさせないようがんばっている」というものでした。私は、いま企業が後ろ向きになっているという状況を浮き彫りにすることは、逆にそのような動きがあるという、時代風潮を安易に受け入れることにつながると懸念しました。それよりも、そのような状況の中でも懸命に活動している人事パースンの方がたにエールを送りたいという意識もありました。しかし、私のコメントは見事に全て没。記事では、企業の後ろ向きの活動がいろいろとりあげられていました。要するに編集者は初めからそのようなコメントを探していたのだと思います。

私はこうしたいという想いについて

現状を観察し、その現状をただ、評論家的に解説したり、その問題や課題を指摘するというアプローチを私はとりません。むしろ、厳しい状況をベースとして、それに対してどう現実を改革し、そのために活動している人たちを支援できるかに関心があります。
その時私が重視しているポイントは、現実を見、ただ、その現状を受け入れたり、批判するという発想ではありません。私はもっと将来を見たい。将来何が起こっているか、そして、それに対しての現状の位置づけはどうなのかという視点をもっと大切にしたいのです。そして、将来の方向性につながらない動きが現状にあるとするなら、そこにすぐさま飛び込むのではなく、将来の姿をベースとして、前倒し的に状況を改良していくロードマップのアプローチを大切にしようと努力しています。その発想や対応がないと、問題指摘とその改良のための改良という、手段の改良を自己目的化するアプローチになりさがってしまう危険を感じているからです。

少し話がややこしくというか、硬くなってしまいました。視点を変えて、だから何をいいたいのかに移りましょう。
私は「キャリア自律、キャリア自律をサポートするキャリアアドバイザーの育成、そのアドバイザーが活動する場としてのライフキャリアサポートセンターやダイバーシティ開発部門の構築支援」に力を注いでいます。

ところが今の企業における人事・教育の流れは、これに対してアゲインストです。今は、「歯をくいしばって全社一丸となって、この難局を切り抜けよう。心を一つにして、企業の生き残りのためにがんばろう。」が、企業の本音かもしれません。それに「異能、多様性、手間暇かかる個への支援に時間とお金とエネルギーをかけるわけにはいかない。個別最適ではなく全体最適の道を探ろう。」が、企業の対応策であると思います。

でも2020年に何がくるか。2015年、2012年に何がくるか。内閣府、経済財政諮問会議、厚生労働省労働政策審議会などの議論をいまさら取り上げるまでもなく、女性の活用、障害者の積極的雇用、70歳までの雇用の延長、個を支援するジョブコーチ、キャリアコンサルタント、などなどの新しい役割の提言、そして、個にシフトした人事施策や教育施策の実践が審議の結果、国の進める活動の指針とすべき条項、あるいは指針自体に数値目標として入ってきています。

2010年までに70歳への雇用延長を進める企業を20%にしよう。現在、障害者雇用の比率は障碍者数を分子とし、社員数を分母として成立し、1.8%となっていますが、2010年から障碍者の短時間労働を0.5カウントにし、分母にも短時間労働の社員をカウントすることなどなどご存じでしたか?要するに、今どのように苦しい経済環境にあろうとも、後戻りのない大きな流れがあります。それに対する、目標数値もロードマップとして存在しています。

だとするならば、どのように苦しい状況にあろうとも、そのビジョンに向けた対応を、血の出るような思いがあろうともしっかりとおこなっていくことが必要であるかと思います。私には、企業のダイバーシティ、自律、女性活用の展開に対する、後ろ向きのかまびすしい議論にのるつもりはありません。そういう議論があっても、現状の問題をなんとか打破するための手段と、2012年、2015年へのロードマップを実践していくための調整と、それに向けたインフラをどう粛々と構築していくかに目を落としています。かまびすしい議論は、問題解決の手段を、自己目的化した目標として議論しているように思えることが多々あるからです。

成果主義で思うこと

少し視点をかえて、上で書いた成果主義について、もう少しコメントさせてください。成果主義について私が思ったのは、成果主義ってどうして批判されなければいけないことなのか、という素朴な疑問です。要するに成果の定義こそが問題というあたり前の議論がなく、成果主義が独り歩きをし、短期的結果至上主義に矮小化され、だから成果主義はいけないという議論はおかしいのでは、と思っています。

企業が組織として存在する以上、ミッション、ビジョン、バリュー、行動というカスケーディングが重視されます。企業にとっての最も重要な成果とは、このミッション、ビジョンに対応する成果を企業がどのようにしっかりとフォローできているかであり、利益、売上、生産性の向上はこのミッション、ビジョンにいたる手段でしかありません。企業にとって重要な、組織が発展、存続していくために生み出し続ける、ミッション・ビジョンから導き出される企業価値こそが重要であり、利益、売上はそれにいたる手段でしかないのですが、それが独り歩きをしてしまった問題と粗っぽく考えています。昨今の成果主義のトラブルは、この価値にいたる手段の自己目的化であり、短期的な矮小化された成果でしか問題を議論できなかったところに本質があります。

成果主義を是正するには、新たな発想が必要です。いま現在行われている議論では、矮小化された成果を否定し、新たに結果だけではない、プロセスや人材育成を入れるべきといったものです。でもそれでは、評論家の批判をかわすための矮小化された議論で終わってしまうのではないでしょうか。

しかし、矮小化された成果が成果として活用されているのなら、それを全部否定するのではなく、それと同時にミッション・ビジョンをしっかりと理解しなおし、そこから企業が生み出す価値を正面からとりあげ、それを表す指標を成果指標としてとらえ直すことにより、一見矮小化されたように見えていた「結果」も、この価値と連動することにより、新たな意味をもってくると考えます。成果は所詮結果ともつながっているのだから、それを真っ向から否定せず、意味・意義・価値を吹き込む。これが私の考える、成果主義であり、その成果主義からは、私たちは抜けられない、と考えています。

ミッション・ビジョンから導き出される価値創造も重要であるし、でもそれを具体的に現場活動で下支えする、活動目標・結果業績も重要であり、それをしっかりと調整していくことに人事の重要な役割があると考えています。

本質に立ち返り、そこから目標・成果の意義をとらえ直そう

今私たちがなすべきこと。ダイバーシティ、キャリア自律、異能の開発と活用を長期的な視点、ロードマップでしっかりとおさえ、それに対する、成果をミッション・ビジョンレベルでしっかりと価値指標に落とし込み、それをバックアップする具体的な活動目標とリンク調整させ、年度目標に落とし込む地道な作業であると思います。2009年はとりあえず、とにかく全てをストップし、情勢打開を待つという人事・教育の部門目標はありえません。自分たちの自己否定を良しとするわけにはきません。厳しい年度だからこそ、ロードマップを、ミッションレベル、ビジョンレベル、アクションレベルでしっかりと死守することが、私たちを自己否定から解放することになるのではないでしょうか。

すみません。この最後の方はちょっと激をとばしすぎているかもしれません、思わず人事がんばれと、筆がすべったのかもしれません。
しかし、最後に冷静にひとついきましょう。イノベーションのジレンマ、ご存じですか?イノベーションには斬新型イノベーションと革命型イノベーションの二つのアプローチがあるという、あのイノベーションのジレンマです。斬新型は少しずつ、改良・工夫を行いながら変化を起こすが、革命型は改良・工夫よりもパラダイムを大きく変えるアプローチです。「変態」と呼ばれるトランスフォーメーションがこれにあたります。

日本企業は革命型よりも斬新型、つまり改良・工夫型が得意と言われています。いうまでもなく、改良型のイノベーションは、大きな革新には弱いといわれており、残念なことに、(斬新型)イノベーションに長けている日本企業のジレンマともいわれています。もちろん、明治維新、大戦後の復興など、日本も「やる時はやる」論もあります。でもどうでしょうか。未曽有の社会の変化、100年に一度の経済状態、この状態を受け入れとするなら、今こそ、この状況打開に革命型のイノベーションが求められています。

でも日本企業はいま、一体どう、難局に対処しているのでしょうか。革命型というよりも、むしろ自分たちの持つオリジナルな価値観、原理原則に戻ろうとしています。困難な時代にあって、「心をひとつにしてこの難局を乗り切ろう」発想です。それは社会のパラダイムに大きな変化がなく、しかし、組織活動が何らかの理由で停滞・滞留化したときに採用される方式です。節目を自ら構築する、トランスフォーム(変態化)する、革新的な対応をする時は、個別最適、異能・多様性の活用がまさしく必要なのですが、多くの日本企業はむしろ全く反対のアプローチを採用しています。

日本企業にとって、イノベーションを乗り切る「革命」、「トランスフォーム」、「節目づくり」とは、むしろ経営的に余裕があり、切羽詰まっていない、安定的なときにスローガンのように導入される方法なのでしょうか?それでは本当の変革には、決してつながらない。チェンジエージェントの人事の役割って、そんなものなのでしょうか。。。。

私はこれからも、自らのミッション・ビジョンの具現化を求めて、変革・変態を推し進める人事部門、自己のキャリアビジョンの実現を求めて「節目」づくりに苦悩する個人へのサポートに力を注ぎたいと思っています。

花田 光世(はなだ・みつよ)
花田光世

  • 慶應義塾大学総合政策学部教授
  • 同大学SFC研究所キャリア・リソース・ラボラトリー代表
南カリフォルニア大学Ph.D.-Distinction(組織社会学)。産業能率大学教授、同大学国際経営研究所所長を経て、1990年より慶應義塾大学政策学部教授。企業組織、とりわけ人事・教育問題研究の第一人者。
日本企業の組織・人事・教育の問題を研究調査、経営指導する組織調査研究所を主宰する。特に最近はキャリア自律プログラムの実践、キャリア・アドバイザーの育成、Learning Organization の組織風土づくりなどの研究や実践活動を精力的に行う。
日本人材育成学会副会長、産業組織心理学会理事をはじめとする公的な活動に加えて、企業の社外取締役、経営諮問委員会、報酬委員会などの民間企業に対する活動にも従事。現在は、キャリア・リソース・ラボの活動に加え、財団法人SFCフォーラム代表理事として活動。
著書に『新ヒューマンキャピタル経営 エグゼクティブCHOと人材開発の最前線』(日経BP社)、『「働く居場所」の作り方‐あなたのキャリア相談室』(日本経済新聞出版社)、『その幸運は偶然ではないんです!』(ダイヤモンド社)などがある。
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