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企業の成長を担う営業のこれからのかたち

2010年08月10日

須藤実和
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授

金融危機直後の業績の急激な悪化から脱却した多くの日本の企業経営者が、現在、最も重要視しているのは自社の次なる成長の道筋を立てることだ、と公言しておられます。
市場の成熟化やボーダレス化が進む中、こうした企業にとっては、成長の推進力としての営業機能の強化に取り組む重要性は極めて高い、と私は考えています。
日本企業においては、古くから営業組織にエースを配置し、営業機能を組織の中核に位置づけた経営をしてきていることが多く、営業力に課題を感じている経営者は少ないかもしれません。しかし、競争が世界規模で展開され、将来の不確実性が増してきている現在、個人の勘や経験の集積としての営業力に頼るのではなく、戦略性を持って営業活動をプランニングし、それに適した体制を構築するという視点での営業機能強化が求められているのではないかと思います。


営業力を身につける、または強化するために重要と言われるテーマとしてよく取り上げられるのは、
1.アポイントの取り方
2.具体的な商談に入る前の雑談のしかた
3.自社商品・サービスの説明の切り出し方、展開のしかた
4.クロージングのしかた、次のアポへのつなぎ方
5.顧客への説明資料や提案資料の作り方
6.営業活動の時間配分のしかた
7.営業ターゲットの特定や営業リストの作成のしかた
8.数値目標の立て方、自己評価のしかた
9.チーム営業の連携のしかた
10.モチベーションの上げ方、保ち方
です。
営業活動においては、営業マンが遭遇する状況が極めて多様であり、先行きを読みきることが難しいため、”現場裁量”や”応用動作”が大変、重要であると考えられており、上記のようなテーマに関しても標準的な進め方を習得するだけでは十分でなく、多様な状況に直面した時の判断力、対応力をいかに身につけるかが勝敗を決する、といわれます。
デキる営業マンに”営業の本質は何か”と尋ねると、最後は人間力の勝負だ、とか、実地経験によって身に着く技量がモノをいう、といった答えが戻ってきます。確かに、営業力を究めていくと、最後は、勘と経験の勝負に行きつく、というところはあります。
それでは、営業において戦略的発想を持つ必要はないのでしょうか。
近年では、多くの業界で市場構造や競争環境に世界規模での変化がみられる一方、顧客ニーズにおける多様化・複雑化がますます顕著になってきています。
こうした環境変化によって、営業が目指すべきかたちにも変化が求められてきています。

これからの営業のかたち

☆商品・サービスを売り込む営業から顧客ニーズに応える営業へ
新しい技術や付加価値を持った商品・サービスが次々と市場に導入されていた時には、営業のエースにとっては、いかに深く売りものの優れているところを理解し、いかにして競合の商品・サービスとの差別性を、臨場感を持って語り、顧客の共感を得て購買意欲を引き出せるか、が大事でした。しかし、近年では、商品・サービスを主役に据えて顧客と対話するアプローチだけでは購買に結びつけられない、あるいは成約しないケースが増えています。顧客の潜在ニーズをつかみ、そのニーズに応えるために自社が何を提供出来るか、という観点を持って答えを出せる力量が必要不可欠になってきているのです。
☆新規顧客開拓営業から既存顧客との関係を強化する営業へ
これまでは、顧客数あるいは顧客のアカウント数をいかに伸ばせるかが重要視され、新規顧客開拓が出来てこそ営業手腕が認められるといった傾向が強かったのですが、むしろ既存顧客からの収益をいかに上げることができるかということが注目されるようになってきています。新規顧客開拓にかかるコストが、多くの場合、既存顧客維持コストを上回るという認識から、これまではアフターサービスの対象くらいにしか扱っていなかった既存顧客に対する働きかけを強化することによって、より効率よく売上を上げていくことができないか、という問題意識が高まってきているのです。
☆売上責任から売上・利益へのコミットメントへ
営業マンが負うべき責任範囲に関する考え方にも変化が見られます。従来、営業マンは、担当商品・サービスの売上を上げる責任を第一義に負うことが多かったのですが、そのことによって競合との間で値引き競争が行なわれたり、流通へのコントロール力を増すためのコストや販促活動コストが多額に投下されていました。営業マンにおける売上偏重の影響により、”売る”ためのコスト負担が膨れ上がり、結果として利益が圧迫されてしまうことが問題視されるようになり、営業プロフェッショナルには、商品・サービスの売上と利益の両方に対するコミットメント(正式な責任まで負っているケースは一部ですが、少なくとも利益に対する連帯責任)を求める動きが加速化しています。
要約すると、営業には中長期的な視点を持って顧客との関係を構築、維持し、顧客との関係強化を通じて売上・利益を最大化するという視点を持って活動することが求められるようになってきています。
戦略的な営業活動とは
図2に営業活動の基本フローを示しています。

営業活動の基本フロー

顧客との接点における活動は、顧客ニーズを把握し、先方にコンタクトをとって、実際の商談を行い、クローズして、フォロー・アップをする、という流れで行われます。しかし、この活動の流れだけでは個人のスタイルへの依存度が大きすぎますし、計画機能が十分ではありません。売上構成を分析してみると、スーパー営業マンが個人の力量で上げている売上が全体を支えているといったケースが少なくありませんが、これでは事業基盤としてあまりに脆弱です。どんなに個々の営業マンの営業力が強くても仕組み化されていなければ、再現性、持続性を保てる保証がありません。
そこで、営業が実際に現場に出向く前に、まず全社の事業計画と整合性のある営業戦略を策定し、その方向感に沿って営業活動をプランニングしてからそれを実行に移す、といった組織的活動に切り替えることが重要です。具体的には、戦略方針に従って進めたさまざまな活動の成果や顧客の反応をタイムリーに収集し、そこから浮かび上がる成功パターンや課題の整理をもとに戦略を軌道修正するPlan・Do・Seeサイクルを回し、営業マンの活動をバックアップするという観点で仕組みを作る必要があります。
一方では、営業戦略の策定が重要だということを理論的には納得出来ても、現実は想定シナリオ通りに運ばないため、実際には戦略など持てないのではないか、という意見もあるでしょう。営業活動が直面する状況は多岐にわたり、正解がケース・バイ・ケースで異なるため、普遍的なルールや原理原則が成り立ちにくいのは確かです。業種や商品のポジショニング、地域、顧客属性などによって多様な売り方が存在し、営業マンによって営業スタイルや得意なやり方が異なるため、どの場面にも当てはまるルールは作りづらい。加えて、顧客の行動や考えへのコントローラビリティが低くこちらの思ったようにはいかないためシナリオ想定には限界があります。競合の影響にたえずさらされているということも大きな不確定要因です。営業活動の現場は顧客の奪い合いですから、同じようにやっていても他の競合がもっといいやり方をしたら負けてしまうのです。こういった特質から、営業活動においては、現場のその時どきの裁量に依存する部分が大きく、将来像を描く、あるいは仕組みをつくる、といった戦略的発想を持つことや、再現性のある汎用性の高い方法論を開発することは難しいと考えられがちです。
しかし、近年では、あらゆる業界で技術が成熟化し、競争のボーダレス化(境界線のない競争)が進んでおり、顧客獲得競争はますます熾烈になってきています。加えて、商品・サービスや企業活動に関しては、第三者評価を含む多様な情報が氾濫しており、顧客は情報に埋もれて意思決定しづらくなってきているというのが実態です。このような状況においても従来のやり方を続けていたのでは営業活動の生産性は低下の一途をたどるでしょう。営業マンがより効率的に動けるための体制づくり、仕組みづくりは、もはや不可欠です。企業においても、まず現状分析を行い、戦略仮説をたててから経営資源配分を決定するように、営業活動においても、現状分析に立脚して営業戦略を立て、日々の活動において何を優先させ、何に自分の時間と努力を多く投下するか、に関する合理的な方針を立てることによって、活動の無駄を減らし、合わせて、日々の顧客とのやり取りや、現場から収集した情報や知恵を応用することで、より効果の高い活動を行う、といった科学的アプローチが必要と考えます。
そうすることによって、個々の営業マンは実務の中で身につけている戦術やスキルを、より有効に使いこなすことができるようになり、結果として、営業活動の成果が再現性を持って上がり、予想外の状況変化に対する対応力も高まるはずです。
顧客との関係強化を通じて売上・利益を最大化する
既存顧客との関係強化の重要性が高まっている、と述べましたが、顧客との関係づくりについて、具体的な営業プロセスを例にとってさらに考察してみたいと思います。
ある人が車のディーラーに行った、と仮定します。すぐに営業マンが出てきて「いらっしゃいませ」と近づいてきて「今回のニューモデルはお客さまのような世代の方に大変、人気があります。ちょっと試乗してみませんか」と話しかけてきます。実は、この営業マンは心の中で”今月発売を開始したミニバンを売ってノルマを達成したい。とにかく試乗してもらえば、これだけTVCMでも宣伝している話題のクルマだし、よさを感じてもらえて買う気持ちが盛り上がるはずだ”という気持ちでいます。そもそもスポーツタイプのセダンに関心があった顧客は、話題のクルマなので一応、試乗してみたものの購買意欲は全く湧かず”いいクルマですね。でも、私のイメージとはちょっと違います”と引き気味です。何としても新発売のミニバンを売りたいと意気込んでいる営業マンは、予算を気にしている顧客の素振りをみて”このクルマは定価が○○万円ですが、現在のおクルマを下取りに出してローンを組んで頂けば月々○円の負担ですみます”と値ごろ感を訴求し始めます。さらに”このクルマ、人気のモデルなので今日中に決めていただかないと納車までに時間がかかってしまいます”と購買の意思決定を迫ります。このような長い商談を経ているうちに営業マンのトークに説得された顧客は、そんなに得なら買おうかなという気分になってくる。営業マンにしてみれば、これはもうしめたものです。それでは、具体的な話に入りましょう、という段階に入るわけですが、ここで急に”色を調べてみたところ、残っているのは赤のみです。何せ人気のモデルですからね”と自動的に赤色を買うことになる。さらに見積もりを計算する段階では、それまで触れていなかった追加料金の話が出てきます。いったん買うと決めて席についた顧客は何となく後には引けず、このミニバンは売れるわけですが、顧客の側に残るのは、セールストークに圧倒されてしまって、そんなに欲しくなかった物を買わされてしまったというマイナスの印象と、本当にこの赤いクルマを買うべきだったのだろうか、という小さな迷いです。
短期的な営業成績という視点からみれば、この営業マンは販売ノルマを達成し、よい結果を残した、ということになりますが、企業に及ぼす経済効果という視点にたった場合には必ずしも好ましい結果といえません。もちろん顧客の中には、勧められた勢いで買おうと思っていなかったクルマを購入したものの乗ってみたら気に入った、という人もいますが、逆に、売り込まれた、あるいはむりやり押しつけられたという感覚を持ってしまう人も少なくありません。こういう気持ちを抱いてしまった場合には買った後で少しでも不具合が生じると”やっぱり買わなければよかった”というマイナス思考に走りやすいだけでなく、この企業の営業スタイルに対する不信感を持ってしまって、その後、何を言われても信頼できないという疑心暗鬼の状態になってしまうリスクすらあります。そうすると顧客がクルマの買い替え時期にこのディーラーに足を運ぶ確率は下がりますし、この顧客からの追加収入が見込めなくなってしまうわけで、結局、中長期的にみると企業の経済効果に対する貢献が限定的ということになってしまいます。
顧客との関係づくりを実践していく上で重要となる考え方を図3に整理しました。

顧客との関係づくり

要するに、顧客と”売ったら終わり”という付き合い方をせず、1回でも販売あるいは取引を行った顧客プールからの収益をいかに最大化するか、という考え方で営業活動全体を構築することが重要なのです。
日々の営業活動においては、顧客との関係をスタートさせるために、まず、誰に売ったか、がわからないというような売り方から脱却し、売った相手の履歴を管理することが不可欠です。また、顧客ニーズを把握する仕組みづくりも必要になってきます。商品・サービスの提供のしかたに関しても、企業の手前勝手な想定で品ぞろえをするのではなく、顧客の立場に立った商品・サービスの提供や開発が重要になってきます。
法人企業を顧客とする業種(所謂、B to B)をはじめ、自社においては、昔から既存顧客との関係づくりが行なわれている、と自信を持っている企業は多いかもしれません。しかし、多くの日本企業の業務の流れを見てみると、商品・サービスの生産計画に基づいて販売目標が立てられ、それを達成するために営業活動計画が作られるというプロセスがとられています。このような考え方のもとでは、営業マンは短期的な目線になりやすく、目の前の商品・サービスを”売りこむ” 姿勢で顧客に接しがちです。こういう売り方を毎年、繰り返している企業においては、往々にして、営業が顧客と長年にわたって”知り合い”だというだけで、必ずしも良い関係が出来ているとは限りません。顧客の気持ちと乖離した業務の組み立てのままでは本当の意味での顧客との関係づくりは難しいものです。顧客との接点で営業が収集した、あるいは感知した顧客の潜在ニーズを組織的に汲み上げ、商品・サービス企画に反映する仕組みの構築が、顧客との関係づくりを支える土台として極めて重要です。
顧客との関係づくりを基盤とした事業モデルを突き詰めていくと、企業は、顧客全体を、企業に収益をもたらす企業にとっての儲かる客と、そうでない儲からない客に分け、儲かる客に対してのみコストをかけていくべきだ、という考え方に行きつきます。これは例えば、各々の顧客からの生涯価値すなわちカスタマー・エクイティを試算することによって顧客からの期待収益レベルを評価し、それに応じて異なる施策を行なう方針をとることを意味します。顧客からの生涯価値は、ある顧客がその企業と付き合い続ける期間の間に得られるであろう想定売上から固定費を控除した期待利益を算出し、その期待利益を顧客リレーション維持コストに対する期待収益率で割り戻して正味現在価値(NPV)として計算することが出来ます(Manage Marketing by the Customer Equity Test参照)。現実には、顧客の分散が大きかったり、顧客の購買パターンが多岐にわたっていたりすると、この作業が一筋縄にはいかないので試算する上では工夫を要します。しかし、顧客からの生涯価値を把握することが出来れば、どの顧客群に対して優先的に経営資源を投下すべきかといった関係づくりの活動方針を明確にすることが出来ます。実際に、米国のクレジットカード会社や通販会社をはじめ複数の業界では、儲かる客を定量的に把握し、顧客リレーション維持のためのコストの最適配分を決定するというやりかたがとられています。
今後、企業が営業機能を強化していく上では、個々のスーパー営業マンの個人技や現場裁量に任せるのではなく、企業に収益をもたらす優良顧客から持続的利益をあげるためにはどうすればよいかという視点で、営業の業務プロセス全体を再構築することが極めて重要なのではないか、と考えます。

須藤実和 (すとう みわ)
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授
慶應MCCプログラム「企業参謀養成講座」講師
東京大学理学部生物化学科卒業、同大学理学系大学院修士課程修了。博報堂におけるマーケティング戦略立案経験、アーサー・アンダーセンにおける監査、買収監査(due diligence)経験を経たのち、シュローダー・ベンチャーズに参画、ベンチャー企業投資育成業務に携わる。1997年、戦略系経営コンサルティング会社ベイン・アンド・カンパニーに参画し、2001年より同社パートナーとして顧客企業のコンサルティング活動に加えて幅広い講演・執筆活動を行う。現在は、教育活動やベンチャー企業の育成支援活動に携わるとともに、国内大手企業の経営支援、人材開発支援、執筆活動に従事している。公認会計士。

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