KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

今月の1冊

2003年08月05日

『複雑系組織論 多様性・相互作用・淘汰のメカニズム』

著者:ロバート・アクセルロッド, マイケル D.コーエン
監訳者:高木 晴夫; 訳者:寺野 隆雄
出版社:ダイヤモンド社; ISBN:4478373892(2003/06/06)
本体価格:2,400円; ページ数224p
http://item.rakuten.co.jp/book/1564485/

本を閉じて、そこから意識が少し離れたとたんに、今読んだその”文章”が自分の中で立体的になり、躍動感をもって自分に語りかけてくる。自分は”文章 “に疑問を投げかけ、意見し、気づくと本との議論がはじまっている。そんな体験をした1冊だった。

著者アクセルロッドは、「囚人のジレンマ」に代表されるゲーム理論を、研究し、理論立てた政治学者だ。きわめて正統派の真面目な組織論の教科書。読み始めは正直なところそんな印象だった。これは、一方でとても正しい。本書は、進化生物学のダーウィン、経済学のアダム・スミス、経済学のハーバートA.サイモンなどの長年にわたる研究成果や理論を逐次引用し、「複雑系」の視点でまとめ、それを組織論に展開している。加えて、分野問わず豊富な事例を紹介し、読者がキータームや概念を理解しやすいよう工夫されている。理論と現実とのつながりを重視したこのアプローチは、アクセルロッド自身がさいごに書いている、あくまでも「研究の世界にではなく実践の世界に影響を与えること」を目指す姿勢、そのものといえないだろうか。

そしてもう一方では、本書は組織論の教科書以上の広がりを感じさせる(私が体験したような)。原著タイトル「Harnessing Complexity」が、まずいちばんにこれを表している。”harness”とは、「馬の引き具」を意味する。「(複雑系という)馬は使う者の意のままにはならないが、その人以上に大きな力を秘めている。」と監訳者まえがきにあるように、従来のように組織を制御・管理するのではなく、複雑だからこそもつ可能性を引き出し、「活用しよう」との考えに基づいている。「複雑系組織論」というダイナミックなテーマと、「活用」という積極的・前向きなアプローチ。この2つが重なることで、広がりを感じさせるのではないかと思う。

では、そもそも「複雑系組織」とは何だろうか。

人々がネットワーク状に連結し、お互いに影響を与え合い、そして適応しあっている状態。それゆえに、どう行動すべきなのか、将来どうなるか、予測がつかない。それが「複雑系組織」だ。つまり、私たちが関わり活動している企業・組織、社会システム、すべてが「複雑系組織」なのだ。

監訳者である高木教授は、自身の著書「ネットワークリーダーシップ」で、組織に「複雑系」に対応するネットワーク型の構造をもたせ、そこにある人間や組織要素の自律的な連携行動を支援するしくみを組み込むことが重要だ、と書いている。人間とその集合体である複雑系組織は、”学習”と”効果的な適応”を促進する特性をもっているから、自身の可能性を引き出す構造としくみを与えれば、「複雑系組織」は、自律・主体的に学習し、激しく成長する環境の中でも適応し、成長し続けるのだといえよう。

こうして「複雑系」を理解していくと、なんだか難しく特別なことのような気もしてしまうが、ビジネスや組織のあらゆること、私たちが日々体験していることそのものが「複雑系」であると気づく。読み進むうちに、自身の経験や課題を振り返り、考える。私についていえば、「この間の計画が期待した結果にならなかったとき、はっきりとわかる原因だけを拾って、その対策ですべてが解決すると思い込んでいた。」「顧客ニーズはさまざまだから、ひとつの目標は決められないと悩んでいたけれども、”多様性”と”均一性”は選択ではなくバンランスなのだな。」など。こうして、自分の中で解釈するプロセスを経験することで、 “Harnessing Complexity”のもつ可能性と躍動感を体感するのではないだろうか。

組織論や広く社会科学分野について日頃から関心の深い人にとっては、知識を再確認する1冊になるだろうし、新たに学びたいという人には、柔軟な頭で手軽にはじめられる教科書になるだろう。私はぜひ、組織論というバイアスをかけずに、この本のもつ可能性を自身で感じ、引き出す気持ちで、読んでみてほしいと思う。

(湯川真理)

メルマガ
登録

メルマガ
登録