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今月の1冊

2012年04月10日

『一生食べられる働き方』

著者:村上憲郎; 出版社:PHP研究所(PHP新書); 発行年月:2012年3月 ; ISBN:978-4569802817; 本体価格:720円
書籍詳細

著者の村上憲郎さんに、幸運にも数年前、出版社に勤務していた時に、京都のホテルのインタビュールームでお話しを伺ったことがあります。とてもエネルギッシュにお話され、人を惹きつけるその人柄にすっかり魅了されてしまいました。以来ファンになり、これまで執筆された書籍も愛読していました。
『一生食べられる働き方』は村上さんにとって初めての新書ということで、楽しみにしておりました。期待をはるかに越えて面白く、今の自分が、仕事そしてキャリアについて思い描いていることとも重なり、最初から最後まで一気によみ通してしまいました。
村上憲郎さんといえば、以前出版された英語学習の本、仕事術の本がベストセラーになり、またGoogle日本法人の代表を務め、ご存知の方も多いでしょう。以前、『夕学五十講』にもご登壇いただきました。
この本は、全共闘世代に大学生活を生きた左翼・村上青年の回想から始まり、その後に就職した日立電子、日本DEC、そしてGoogleを含む海外法人でのトップマネジメントの経験が語られています。知られざる、村上さんのGoogle代表以前の”仕事人”としての前史を知ることが出来ます。


本書は一見、相反する2つのメッセージが主題になっています。「あまり綺麗事を追い求めず、食うために働く」ススメと、「世界の中で、自分の仕事を位置づける大局観を持つ」というススメです。
「食うために働く」という刺激的なメッセージは、村上さんが社会人となったころの時代背景に関連があるようです。1970年初頭に働きはじめた村上さんにとって、働く意味とは「食うため」だったとの告白があります。
村上さんは、明日の食料に戦慄する、働かなくては明日食うものがない、と恐れおののく、それが働くことの根底にあるんだということを、一回とことん考えてみてはどうか、と説きます。「人は何のために働くべきか?」という答えにたどり着くためには、そこから出発するしかないとまで書かれています。最初から、自己実現であるとか、社会貢献などといった大義や、高邁な理想を追ってしまうと、仕事が上滑りすると警告を発しています。とても過激な物言いですが、私が経てきた社会人経験に照らし合わせても納得がいく点も多く感じられました。
私自身、社会人になりたての頃、あたまでっかちに働くことを捉えていたことを思い出します。それはもう、今の新入社員にはるかに負けないくらい(笑)。広告の営業の仕事からスタートしましたが、シビアな数値目標という現実を目の前にして、どうなりたいであるとか、社会に役立つことをしたい、という理想だけでは立ち行かなかったことを思い出しました。シンプルに、”目の前のことに集中して取り組む”、ことを続けるなかで、次第に動きに強さが宿ってきたように思います。
一方で、まるで反対のようなメッセージもこの本では主張されます。「世界の中で、自分の仕事を位置づける、大局観を持つ」ということです。村上さんが、次々と仕事で成果を上げ、結果的にGoogle代表までになった源泉は、この大局観によるものが大きいと言います。大局観を持つために、村上さん自身、青年期の学生運動を通じて得た「世界」という視点を持ったことではないかと回想しつつ、これからの若い世代に対しては、無理にでも視野を広げ、未知の分野に出会ったら遠慮なく首をつっこむこと、を奨励しています。
自分が仕事で受け持つ小さな持ち場が、全体像のなかでどこに位置するかを必ず問うことが大切。全体とは会社のことでもあり、業界のことでもあり、日本や世界のことでもある。この習慣をもつことで、雑巾がけをしていようが、新橋の飲み屋でバカな話をしていようが、「全体像」のイメージがつきまとうようになり、世界と自分とのつながりを感じられるようになってくる、と言います。
最後、この2つのメッセージはひとつになって提示されます。
「食うために働け。そして、世界をイメージせよ」と。
村上さんは、ご自身のキャリアを振り返ってこう書いています。

もちろん、「食うために働く」と腹を据えても。なお「これでいいのか?」という疑問が湧いてくることはあるでしょう。当然のことです。
そしてその疑問の中にこそ、成長のヒントが隠されているのだと私は思います。
私の場合、「食うために働く」と決心しても、どうしても心にひっかかるのは「自分が転向した」ということでした。世界革命を起こすという理想から外れた自分はこれでいいのか、という内心忸怩たる思いが、ずっとつきまとっていたわけです。
この内心忸怩たる思いがあり、「これでいいのか」と考え続けたからこそ、私は仕事の意味について深く考えることができたと思います。まずは食うためだが、一方で仕事を通じて社会に貢献するという意味もある。
(中略)
結局のところ、私は「食うため」に目の前の仕事に必死に食らいつくことと、頭の片隅で世界に思いを馳せることとの間を行き来しながら四〇年間仕事をしてきたということなのでしょう。

目先の仕事は世界につながっている、そう考え続けながら働くことで、意欲を保ち続け、成長をしていくことが出来た、という村上さんの回想が、ご自身の体験にともなって我が身に感染するような心持ちになりました。
とても大きな話と小さな話が同時に展開され、ダイナミックな内容であることを感じつつ、読み進めながら、不思議と両者を関連づけてメッセージを受け取ることが出来ました。ここで紹介した大きな主題以外にも、リスクをとる重要性、経済学を学ぶ良さ、中高年のための学び、日米エリート比較…など個々に読み応えがある内容ばかりです。
本書を通して、私が受けた村上さんの印象は3つ。「ポジティブな心」、「好奇心旺盛」、「大局観を持ったリーダー」、ということでした。リーダーシップで説かれる原理原則のようなことばかりですが、ひとりのビジネスパーソンの人生を通じて語られることで、実感を伴った読後感を得ることが出来ました。2時間もせず読める手軽な分量ですが、その実、かなりの仕事哲学がつまっている本であると感じられました。
そして、私のように、村上さんと同世代の親を持つ年頃の方には、特にオススメではないか、と思います。壮絶な時代背景があり、これだけ内省を繰り返して成長してきた団塊世代。その”濃い”世代に匹敵する生き方が出来て、負けない未来を私たちは築くことができるだろうか?その世代を親に持つ身として、ふっと疑問が湧いてきました。
団塊世代の”濃さ”を、日本が高度成長した時代に伴ったものとして、時代を理由にしてしまいがちなのですが、それだけではないと思う気持ちもあります。世代のつながりや、ひきついでいく歴史への意識の差があるように思います。それが、全共闘のような、戦後体制への批判という負の衝突のかたちをとったものであっても、そこには歴史を強烈に意識する姿勢があったのではないかなと思います。
現代は、つながりそのものはインターネットによりどんどん広がっていますが、自分に似た興味関心を持つ人と繋がっておしまい、という面もあるように感じています。心地の良いつながりは、その反面で、ものごとを築いていく強さに欠けるようにも思います。
歴史、というと仰々しいのですが、今の生活の礎になっているこれまでの先人の積み重ねに敏感になること、それにより負けない未来を築いていくことに繋がっていくのかもしれません。
まずは、身近な親との対話が、自分自身が歴史を受け継ぎ、引き継いでいくことの架け橋になるのかな、そんなことを感じるきっかけにもなりました。本書を読みながら、自分の親の働き方を思い起こすことができ、次に帰省した際に親と語らいたいと思う気持ちが湧いています。
(調 恵介)

一生食べられる働き方』』 村上憲郎 著(PHP研究所(PHP新書))

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