KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

今月の1冊

2012年05月08日

映画『アーティスト』

2011年フランス製作、2012年日本上映
監督・脚本:ミシェル・アザナヴィシウス; 原作:ロバート・ベン・ウォーレン; 主演:ジャン・デュジャルダン、ベレニス・ベジョ
公式サイト

サイレントからトーキーへと技術革新が起こり始めたハリウッドで、サイレントに固執して干されていく大俳優と、トーキー映画のスターとなった新人女優の恋愛物語です。「今年のアカデミー賞をたくさん獲得したフランスのサイレント映画」として大変話題になっています。
物語の舞台は1920年代のアメリカ。サイレント映画の大スター、ジョージにあこがれて映画界に飛び込み、見いだされた無名の新人、ベピーは、新しい手法であるトーキー映画の波に乗って大躍進し、新進気鋭のハリウッド女優となります。一方、トーキーを否定し、経験と実績に固執して一発逆転とばかりにサイレント映画をつくるものの、大衆は新しいトーキーへと流れ、借金だけが残ったジョージ。
妻に去られ、無一文になり、酒におぼれてすっかり落ちぶれた彼を、ベピーは、人気女優となっても変わることなく、陰日向に尽くします。そんな彼女の献身ぶりに、いっときはかたくなな心を開いたジョージでしたが、ある事実を知って、彼女のもとを飛び出してしまいます。自分の失火で焼けてしまったアパートに戻り、拳銃自殺を図るジョージ。ベピーは彼を助けることができるのか?ジョージの再起はあるのか・・・?


主演の二人を中心とした、メリハリのある動きや豊かな表情(中でもヒロインと犬がチャーミング!)と、音楽で表現される喜怒哀楽は本当にすばらしく、ワクワク、ホロリとしながら、最後まで楽しめました。
演技、音楽、衣装、映像・・・魅力的な要素がたくさんある中で、私は特に、ストーリーに引き込まれました。これほどに先の読めるシンプルなストーリーの、何に惹きつけられるのかが不思議でした。
考えるうち、亡き父の親しい友人である、画家の山下さんという方が浮かんできました。山下さんはご夫婦で1994年にフランスへ渡り、父が亡くなった1996年にビザの都合で一時帰国した後は、一度も日本に帰ることはなく、現在もパリで活躍されています。
静かで落ち着いた印象の山下さんと、賑やかで軽快(ときどき軽薄)な父は、店舗の内装デザインをきっかけに、仕事以外でも大変親しくしていて、私たち家族が大阪から引っ越してきたときにはお祝いに版画をくださり、私たちも家族で白金台の事務所へお邪魔したことがありました。とはいえ、口数の多くない、抽象的な画風の芸術家に、一対一で気のきいた会話もできなかった中学・高校時代の私は、父の横にくっついて、二人の会話に口をはさんでいたように思います。
その後、父が亡くなり、ご夫妻は渡仏され、私たち家族とのやりとりは長らくなかったのですが、4年前のお正月に、母の住む自宅へ年賀FAXが届いたことをきっかけに、年に数回、メールを交わすようになりました。
山下さんからは、創作活動や、奥様、ご自身の近況報告に加えて、私たち家族が元気でいるかをいつも気にかけてくださり、私からは母や兄夫婦が元気でいることを報告し、時に自分の近況を伝えたり、季節の写真などをやりとりしたりしています。
かつて、商社のアパレル部門で輸入の仕事をしていた父は、フランス・イタリアに知り合いが多く、山下さんはフランスでその方々と今も父の話をしていることを、とても楽しそうに伝えてくださいます。
そんな中、今年に受けとったメールで知った、山下さんが古稀を迎えられたという事実と、普段から母が口にしていた「おそらく山下さん達はもう日本に戻らないと思う」という言葉があわさった時、「会いに行かなくては」という気持ちが急に芽生えました。
父が亡くなったのは私が社会人2年目の時でしたが、すでに大学2年生の時から闘病生活を送っていたため、大好きな仕事を辞めざるを得なかった父と、これから働こうとする私が、仕事について話をすることはほとんどありませんでした。
そのため、いち社会人としての父はどんな人間だったのか、父はどんなことを思って仕事をしていたのか、これまでも時折気になることはあっても、わからないから仕方のないこととして流していました。
しかし、母や兄も知らない父の姿を知っていて、今も父のことを憶えている人がいる。その人たちは今も生きていて、私は会って話すことができる。
それだけのことに、どうして気づかなかったのか、なぜ今気づいたのか。
それは、私自身に、社会人として振り返ることのできる歴史が、多少なりとも蓄積されてきたと思えるようになったからではないかと思います。ひょうきんで、子供達に甘かった父親を懐かしむだけでなく、ビジネスパーソンとしての父の姿を想像し、照らし合わせることができる程度の歴史が、ようやく自分にも積み重ねられてきたのではないか。
『アーティスト』を観て抱いた感情は、今の自分にはそれなりの歴史や想いがちゃんと蓄積されているようだ、ということに気づくことのできた喜びでした。よくあるシンプルなストーリーだからこそ、自分事として考えやすかったのだと思います。
兄と違って、ひところにじっとせず、アルバイトを含め4回転職をしている私は、起業を含めて最低3回は転職した父と、働くことに対する考え方に似た部分があるだろうと思っています。山下氏をはじめ、フランスの方々もきっと、亡き友人を私に見いだし、喜んでくれることと思うのです。だから、みなさんが生きているうちに必ず会いに行って、父の話をしようと決めています。
そしてそれはきっと、将来なにか新しいことにチャレンジするとき、私の支えとなってくれるだろうと感じています。
(今井朋子)

アーティスト』 公式サイト(GAGA配給)

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