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黒井 千次『たまらん坂』

2012年08月14日

著者:黒井千次; 出版社:講談社; 発行年月:1988年11月 ; ISBN:978-4062900171; 本体価格:1,365円
書籍詳細

 港湾都市や台地の多い日本では、至る所に坂がある。
地名から取っただけの、そっけない名称が付けられている場合がほとんどであるが、日本書紀にまで遡る伝承や、奇譚・悲運にまつわる物語を纏っている坂もある。
表題「たまらん坂」の伝説はこうだ。

『この坂は、国立から国分寺に通ずる街道途中の国分寺市境にあたります。大正時代国立の学園都市開発の際、国立と国分寺をつなぐ道路をつくるために、段丘を切り開いてできた坂です。諸説もありますが、一橋大学の学生が、『たまらん、たまらん』と言って上ったとか、大八車やリヤカーをひく人が、『こんな坂いやだ、たまらん』といったことからこの名がついたと言われています。当字で「多摩蘭坂」とも書きます。 』


 曖昧なまま結論の出ていない由来書きであるが、本作の語り部であり、この坂の上に住んでいる要助もまた、帰り道に見かけた「たまらん坂」という看板から、「堪らん坂」という言葉を連想する。
固有名詞として浸透している「多摩蘭坂」の由来に疑念を抱いた彼は、息子の聞いていた曲をきっかけに、書店や図書館での調査を開始した。
物語は、こうして佳境に入っていく。
 著者の代表作で、白眉の恋愛小説である『春の道標』は、読者が心の奥底に隠していた傷を曝け出さざるを得ない、衝撃的な作品であった。
救われるような言葉を咀嚼していると、突然カマイタチで切られたようなざっくりとした痛みを負う。
決断と後悔、共感と弾劾、自由と束縛、大胆と臆病。
恋愛小説という殻の中で、これらの二面性が同居する人間の本質、弱さ、強靭さが表現されていくのだ。
文庫本の解説で、宮本輝が突いた真髄が全てを言い表している。

『黒井氏は恋愛を書いたか。(中略)私はそうではないと思う。どんな時代にあっても、どんな人間であろうとも、必ず通って行く普遍的な道を、そしてすべての若者が立ち停まり、胸をうずかせ、苦しんだり歓んだりしながらよるべなく見つめる道しるべを書いたのだ。』(「春の道標」新潮文庫)

 きっと今回も、圧倒的な筆力によって、人間の本質を抉られるのであろう。
そう構えながら本作を読み進めていったのであるが、良い意味で裏切られた。
モチーフとしているRCサクセションの名曲「多摩蘭坂」の詞を丁寧に辿り、忌野清志郎のボーカルを称賛する。
優れたものを正当に評価されることは、ファンならずとも嬉しいものである。
話の8割を占める探索譚や、寛いだ中で交わされるテンポの良い会話も十分に楽しめた。
 一方で、「本当にたまらんなあ、ご同輩」という著者からのメッセージが随所に散りばめられているため、そこに共感出来るか否かで、評価が変わる作品とも言えよう。
 例えばこういう場面がある。
大音量で流れてくるRCの曲を小さくするよう指示した要助は、息子から「母とよく一緒に聞いている」と言われ、吐露する。

『こんな騒々しい音楽に子供と共に耳を傾ける妻があるとは信じ難かった。どういう顔をして聴いているのか、と想像すると、滑稽であるよりなにか空恐ろしい気分に襲われた。それが夫には決して見せることのない妻のもう一つの顔であるような気がしたからだ。』(17頁)

子供との接点が多い妻が、その柔軟な感性や価値観で、軽々とジェネレーションギャップを乗り越えている姿が描かれているのだが、ここで要助が感じた距離感・疎外感がどれだけ切実に迫ってくるであろうか。
 また、こういう場面もある。

『昔どこかこの近くで戦があってえ、一人の落武者がここの坂を登って逃げながら、たまらん、たまらん、て言ったのでそういう名前がついたとか、そう言う話じゃなかったかな。』(20頁)

「堪らん坂説」を推す要助のイメージは、息子が語った上記の言葉によって「落武者が登る坂」へと変化し、更に増幅していく。

『いつか自分の姿が遠い昔の戦に敗れた武者の影に似て来るように思われた。なぜか、それは不思議に心の静まる光景だった。現代の己を際立った落後者とも敗残者とも感じているのではなかったが、晴れがましい勝利した者でないことは明らかだった。夜毎、坂を登って家へ帰って行くそんな自分が、暗く分厚く、温かな落武者の影に守られ、抱き取られるようで心が和んだ。』(26頁)

 登り坂は、長い人生のメタファとしてよく用いられる。
高度成長期時代のCMでは、「ガンバラナクッチャ」が連呼される曲をバックに、親父が、テレビや洗濯機を載せたリヤカーを引いて坂を登っていた。
そう考えると、ここでの落武者は、共に時代を登ってきた同世代全体の化身なのかもしれない。
見えないながらも併走する仲間の存在が、孤独感を癒す。
この著者からのエールが染み込んでくるだろうか。
想像の幅を拡げて解釈する時間が必要かもしれない。
 最終的に本作では、「たまらん坂」の由来として、二つの説(加納太郎説・吉井卓説)が紹介されている。
本書発刊後、標柱が書き換えられた形跡もないので、結果的には「諸説」の域を出ないのであるが、一橋大学OB二名の主張はなかなかに興味深い。
ぜひ本作を手にとり、要助の調査報告をご確認いただきたい。
 先日、誘われるようにこの坂を訪れてみた。
武蔵野の面影を遥か遠くに映す坂の途中に、標柱が立っている。
柱の上には、自転車を愛した清志郎を懐かしむように黄色いヘルメットが被せられており、袂には色とりどりの香華が供えられていた。
 2009年5月2日、忌野清志郎逝去。
以来、聖地となったこの場所で、新たな伝説が密やかに語り継がれるようになった。
数十年後、坂の由来の有力な説として「RCサクセション楽曲説」がまかり通っていても、何等不思議ではない。
(黒田恭一)

たまらん坂』 黒井千次(講談社)

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