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『ちくま評論選』

2012年12月11日

編者:岩間 輝生 ・佐藤 和夫・ 坂口 浩一; 出版社:筑摩書房; 発行年月:2012年11月 ; ISBN:978-4480917201; 本体価格:1,050円
書籍詳細

「この本は、自分の頭で考えようとする高校生をはじめ、意欲的な若い人々のための現代評論の入門書である」
この書き出しで始まる本書、『ちくま評論選-高校生のための現代思想エッセンス』は、実のところ高校生向けの現代国語の問題集です。
私自身、本書に出会ったのは誠に偶然。高校生の我が娘の部屋に無造作に置かれていたのを見つけたのが最初でした。
「なぜ高校生向けの問題集を紹介するの?」と思われる方も多いでしょう。私自身最初に本書を手に取った時は、「ふうん、最近の高校生はこういうので勉強するのか」と思った程度でした。
しかし目次をパラパラと見て衝撃が走りました。


そこには
『聖なるヴァーチャル・リアリティ』:西垣 通
『ことばとは何か』:内田 樹
『近代知を乗り越える』:茂木 健一郎
『「世界」の結晶作用』:竹田 青嗣
『動物化するポストモダン』:東 浩紀
と否が応でも知的好奇心を刺激するラインナップが並んでいたからです。
(上記はほんの一例。全部で30以上の選りすぐられた評論文が載っています)
そして「この本すごい!」という驚きは、『はじめに』を読むことで確信に変わりました。
少し長いですが、ちょっと引用してみます。
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言語の限界が、その人の世界の限界である。誰も自分の言語の水準を超えて、自分の世界を築くことはできない。若い人々が自分の言語を鍛え新たな世界に跳躍するために必要な質と強度で、この本を作った。(P2)
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本書の編集者達は挑戦しているのです。この国をこれから支える高校生である若者達に。
いや、子供達、若者達に偉そうな顔をしている私たち大人こそ、彼らの真のターゲットなのかもしれません。
「このくらいさらりと読んで面白いと思えるよね? そして各筆者の意図することを自分の言葉で説明できるよね?」と。
―そのくらいできなくて、若い人達に「仕事とは」とか「人生とは」なんて語っているんじゃないだろうね?
私たちはこう挑戦されているのです。
であればその挑戦を受けるしかないでしょう。本書は元々現代文の長文読解の問題集ですから、設問とその解答が用意されています。
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『「サイバースペースとは、あくまで弱肉強食の資本主義的空間である」とはどのようなことか、説明しなさい』(P21)
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こうした問いに対して、自分の頭で考え、自分なりの答を考えなくてはなりません。しかし巻末の解答と違っていても問題ありません。私たちは今から試験を受けるわけではなく、重要なのは考えることそのもの、つまり思考トレーニングなのですから。
先の問いであれば、「弱肉強食とはどういうことか?」「資本主義の特徴とは何か?」「サイバースペースにおける資本主義的、および弱肉強食的要素は何か?」を考えるのです。そうすれば自分なりの答はきっと出せます。
さらに言えば、大人である私たちは、本書に対してもっと別の読み方をすることも求められていると考えます。
それが、掲載されている各評論文の主張に「ロジカルに反論する」という読み方です。
ここで「そんなの無理」と思考を放棄しては私たちの負けです。
また、「いや、全面的に同意するから反論なんて無いんだけど」という鵜呑みも敗北宣言でしかありません。
「思考の停止こそ悪である」と言ったのは浅井長政(ただしアニメ『戦国BBASARA』の(笑))ですが、思考の放棄も、そして鵜呑みも同じ思考停止です。
自分の頭で考えもせずに「そんなのわかるわけがない」と諦めてしまったり、「これはこういうもの」と安易に自分と他人を納得させようとする大人が、子供達を、若い部下達を指導することができるでしょうか。
評論を評論する。
それこそが「徹底的に論理的に考える」ための最高のトレーニングになります。
私は、論理的に考えるために最も重要なのは『ニュートラルな立場に立つこと』だと考えています。
誤解していただきたくないのですが、この『ニュートラルな立場』とは「どっちつかず」を意味するものではありません。
たとえば組織で、ある仕組みを「導入するか否か」が論点になっているとしましょう。
あなたの周りには導入の推進派もいれば反対派もいる。そうした状況において直感や感情論でどちらかに与するのは、まだ論理的に思考していない状態です。
まずはニュートラルな立場で考える。
仕組みを導入することの直接的メリットとデメリット。さらにその先にどのような好影響と悪影響が予測されるか。それによって誰が喜び、誰が泣くのか。
再び誤解無きように申し添えると、私は直感を否定しているわけではありません。
直感で「こちらだ」と考えたら、単純にそれに頼るのではなく、「なぜ自分はそう直感したのか?」を考えてみれば良いのです。そうすることで自分の優先順位のモノサシ、そしてその背景となる自身の価値観が見えてきますから。
推進派と反対派、「どちらかが間違っている」わけではない。
つまり「どちらも間違ってはいない」。こう考えることが論理的に考えることのスタートラインなのです。
こうして徹底的に考え、自分の価値観に基づいて優先順位を付け、そして推進か反対かの立場を明確にすればよいのです。時には「今は判断を留保する」ことが必要な場合もあるでしょう。
だから本書の評論に対しても、まずはニュートラルな立場を取りましょう。
いかに「なるほど!」と思ったとしても、安易に同調するのではなく、「どこかに論理の飛躍が無いだろうか?」「何か重要な視点が欠落していないだろうか?」と考えるのです。
そして主張の中にロジックの問題点を発見したら、「自分も同じようなことをやっていないだろうか?」と自省する。
『ロジカルシンキング』の類義語である『クリティカルシンキング』とは、まさにこのようにニュートラルな立場で「何事にも(特にまずは自分自身の考えに対して)一度は批判する立場で考えてみること」を意味するはずです。
私も本書を読みながら、「ちょっと論拠のサンプルが少ないし、かつ過去のサンプルなので現代ではそのロジックは厳しいのでは?」など、色々突っ込みを入れながらも「しかし自分も同様のことをやっているケースがあるなあ」と反省させられました。
もちろん、そうした「クリティカルな」読み方だけでなく、肯定的な読み方、つまり「論理的な思考と伝え方のお手本として読む」のにも本書は最適です。
なにしろ当代の様々な論客達が紡いだ珠玉の評論の数々。「こういう視点は自分にはなかった」「このたとえ話はわかりやすい」といった参考となる名文(問題集なのだから当然と言えば当然ですが)の宝庫なのですから。
いかがでしょうか。
編者達の挑戦をあなたも受けて立ちませんか?
さて、『挑戦』などという言葉を使いましたが、私は本書に溢れんばかりの編者達の危機感、そして愛情を感じています。
先の震災、原発事故に政治の混迷と長引く不況やいじめの問題。国外に目を転じてみれば中韓との領土問題を含む様々な国際紛争や食料、環境破壊に格差の問題。こうした本当に混沌とした先が見えない社会と、その中でこれから生きて、しかし同時に支えていかなくてはならない若者達に対する危機感。
そしてそんな若者達に対して「なんとか自分の頭で考えられるようにしてあげたい」という愛情を。
しかし若者達にこんな世界を引き継がなくてはならない私たちも、その責任を取る必要があるはずです。少なくとも、「ちょっとは若者達が希望を持てるような社会にする」責任が。
だからまず私たち大人が自分の頭で徹底的に考えなくてはなりません。
その一助たり得る本だと思うのです。
最後に、またも少し長くなりますが本書の『はじめに』を引用して筆を置きたいと思います。
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現代とは極めて困難な時代である。地球大に成長したさまざまな危機が人間の生存を脅かしているだけではない。より困難な問題は、日々の現実として生きている日常のなかにある。
身近に存在する現実そのものが、つかみにくい。ことばや論理の網をすりぬけて、動かしがたい不気味な実在感で、そこにある。そして、その闇の中でゆっくりと危険なものが育っている。
この本に集めた評論は、そうした闇の中に、光を導き入れようとする試みである。この本を読む若い人々がその光を受け止め、自ら光を掲げて、この現実の世界に挑む主体に成長することを願っている。自分探しといっても、自分の頭で考える以外に、私のありかはないはずである。(P2)
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(桑畑幸博)

※本書は2012年に改訂版が出版されています。
ちくま評論選 改訂版』 岩間 輝生 ・佐藤 和夫・ 坂口 浩一 編集(筑摩書房)

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