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『イノベーション・オブ・ライフ』(原題:『How will you Measure Your Life?』)

2013年04月09日

クレイトン・M・クリステンセン, ジェームズ・アルワース, カレン・ディロン, 櫻井 祐子(翻訳) ; 出版社:翔泳社; 発行年月:2012年12月 ; ISBN:978-4798124094; 本体価格:1,890円
書籍詳細

「どうして僕たちは、家庭より仕事を優先してしまうのだろう」
少し前に、友人がこんな見出しをつけて、facebookに本の紹介を投稿していました。
私には「経営学の理論を人生に役立てるという」という着想が、とてもおもしろく、新鮮に感じられました。育休から職場復帰したばかりのタイミングだったことや、担当していた講座『イノベーション・マネジメント(旧:MOT)』の中で、クリステンセン教授の名前を耳にしたばかりだったこともあるかもしれません。


1歳になる娘を寝かしつけ、大急ぎで家事を済ませた後、少しずつ読み進めました。コーヒーを片手に、ソファに深く腰掛けながら。自分1人だけの贅沢な時間をじっくり、味わいながら・・・。
仕事と家庭の両立に文字通り追われる日々の中、読書の時間を捻出するなんて至難の業だと思い込んでいましたが、始めてみれば、いつ以来か思い出すのも難しいくらい久しぶりの読書の楽しみでした。経営学の第一人者が「人の幸せ」について語る、これだけでも斬新ですが、”クリステンセンならでは”といえる切り口がとてもユニークでおもしろい!期待を裏切らない一冊でした。
ハーバード・ビジネス・スクールの看板教授と謳われる、著者クレイトン・クリステンセンは、37歳の時に発表した『破壊的イノベーション論』でビジネス界に衝撃を与え、一躍スポットライトを浴び、あまたの経営者に影響を与えてきた経営学の大家です。
イノベーション・オブ・ライフ』と題された本書は、2010年の卒業生全員に向けて、”ビジネスや戦略ではなく、どうすれば幸せで充実した人生を送れるか”について授業を行った内容を、共著者とともに加筆、書籍化されました。
“HBSの卒業生の多くが必ずしも幸せな人生を送っていないのはなぜか。同級生の中には、離婚や不幸な結婚生活、子供と疎遠になったり、職業人としては成功していても、明らかに不幸な人たち、罪人になる人さえもいる。学生時代は優秀で、人間的にも素晴らしい友人だったのに、何が彼らの命運をわけたのか。”
クリステンセン教授は、かねてよりこんな問いをもちつつ、経営理論と自らの経験を人生のさまざまな分野に応用し、経営戦略の理論の中からそれを紐解こうとしてきました。
本書が、過去の成功事例を並べるだけの人生指南書と一線を画しているのは、「幸せになる」という人生の絶対的な目的のために、キャリア、時間の使い方と人生の満足度、子育て、人間関係などを、「企業の成功、失敗事例」と対応させながら、解説が進む点だと考えます。彼の持論、アドバイスは説得力があり、示唆に富んでいます。
たとえば、「時間」は人生における「資源」である、といいます。
“望み通りの人生を送れるか、そうでないかは資源の配分によって決まる。意識しないと脳は勝手に、「短期的で成果が見えやすいもの」に資源を振り分けてしまう。”
パートナー関係、子育て、キャリアでの成功などは企業における「事業」と考えられ、どの事業にどの資源をどれだけ配分すべきか、慎重に考える必要があるように、それらも同様であり、企業戦略も人生の戦略も似ているのです。
仕事は、成果が短期的に目にみえ、達成感も得やすいゆえ、私たちは無意識に、資源を仕事に偏って配分しがちです。でも、それだけになってしまってはいけない。成果が見えにくい、長期的なことに資源を配分することこそが大切です。
正直、耳の痛いメッセージでした。本当は聞こえているのに、聞こえないふりをしてきたような、そんな感覚を覚えました。たとえ目に見えなくとも、すぐに結果が出なくとも、意識してそこに「資源」を振り分けていかないと、気づいた時にはもう手遅れかもしれない、後悔するかもしれない、そんな警鐘にも思えました。
他にも、興味深いテーマがいくつもありました。
「幸せなキャリア」というテーマでは、ホンダの米国小型バイク販売の成功、ウォールマートの小都市戦略を例にあげ、”意図的戦略を実行する中で、予期せぬ事態が起こってやむなく戦略を変更せざるを得なくなり、そこから生まれた創造的戦略が事業の成功を左右することがある”としながら、『キャリアにおけるプランド・ハプンスタンス理論』的なアプローチとよく似た持論の展開をしています。
「子育て」というテーマでは、DELLのアウトソーシングの事例から、DELLは台湾のPCメーカーであるASUSにすっかりアウトソーシングすることで、”数字的には満足していて筋が通っていることをしているように見えても、個人向けPCの世界では、もはやASUSにDELLのブランドをつけることを許しているだけの企業になってしまった”とし、「子育てのさまざまな機会をよかれと思ってアウトソーシングしすぎてはいけない、プロセスを養う機会を子供から奪ってはいけない」と助言します。
また、自らの体験を語り、小学生の自分が母親にやり方を教わり、破れたリーバイスの穴を自分で縫って直し、それをとても誇らしく感じた、というエピソードから、「子供は学ぶべき時がきたら自分で学ぶ。その大切な学びの瞬間に、親が側にいてあげれば、子供は学んだ価値観を本当に自分のものにすることが出来る。」と結論づけています。
子供に任せてやらせてみることの大切さ。その時に本人が感じる喜びや達成感、誇らしげな気持ち。それを親は一緒にわかちあい、伸ばしてやればいい。そういう風にクリステンセン流の子育て哲学を咀嚼すると、これから娘とどのように関わっていけば良いのか、大事なヒントを得たような気がします。
「人間関係」も同様に、IKEAのビジネスモデルを例にあげ、”IKEAは顧客が本当に必要としているものを実に上手く提供してくれる。相手の「用事を片付ける」という視点をもって、本当の意味で相手に共感し、『相手が自分に一番求めているのはどんな用事を片付けることだろう?』と考えている”と説明します。そして、このことを”人間関係づくりに役立つ”と紐付けます。
確かに、自分自身のことをふりかえってみても、「好きだから」というより、「1回で必要なもの全て、お金をかけずに、オシャレに揃えられる」というトータルでの利便性に惹かれて、IKEAに足を運ぶのかもしれません。
友人、家族、一緒に働く仲間と・・・もっと良い関係を築きたいと思う時、IKEAを思い出す。これまでになかった発想ですが、「相手に共感し、相手が自分に求めていることを深く理解する」とてもわかりやすく印象に残る事例です。
このように、クリステンセンは、実に多くの企業の事例をクリステンセン流の解釈で、私たちの”人生”を考えていきます。読み進めていくうちに、企業がまるで命をもった生きモノのように、人格をもった身近な人間のようにも感じられ、不思議な感覚を覚えました。
さて、本書を読み終えた今。
まずは、娘と、主人と、ひとつひとつ丁寧に向き合っていくことからはじめたいと思います。手元のPCやスマートフォンをいじりながら、キッチンで作業しながら、ついウトウトしながら・・・・・意識半分で生返事をするのをやめることから。ささやかなようで、そうしたことの積み重ねが、「家族との時間」という限られた中での貴重な資源を、最大限有効に活かす、につながると思うのです。
そして、このような良書に触れる時間、自分ひとりと向き合内省する時間、大切な人たちと過ごす時間、そうした時間に資源をふりわけ、その資源を最大限活かせるような「戦略」を立てることからスタートしてみようと思います。それはただの計画ではなく、自分とまわりの人たちが「幸せになる」ための、大事な人生の戦略なのですから。
本書を通してクリステンセンは、自分にとっての幸せなキャリア、幸せな人間関係、幸せな人生を送るために「どのような考え方をすればよいか。明日から何をしたら良いか。」を教えてくれました。
 『How will you Measure Your Life?』(自分の人生を評価するものさしは何か?)
人生を豊かにするためのガイド、ナビゲーションであり、人生に向き合い、自分自身を変えるための勇気をくれる一冊です。
(寺尾 美香)

イノベーション・オブ・ライフ
クレイトン・M・クリステンセン, ジェームズ・アルワース, カレン・ディロン, 櫻井 祐子(翻訳)(翔泳社)

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