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『知的創造の作法』

2013年12月10日

阿刀田 高; 出版社:新潮新書; 発行年月:2013年11月; ISBN:978-4489006852; 本体価格:756円
書籍詳細

最近、自転車の乗り方が上手くなった。ちょっと自慢であるし、なにより乗っていて以前よりずっと楽しい。
子どものころからずっと親しんできた自転車である。今ごろになってまた、自転車の乗り方を教わるとは思っていなかったのだが、これが驚きだった。ギアチェンジのコツをつかんだとたん、登り坂はぐっと楽になり、ブレーキはほとんど使わなくなり、減速してもふらつかず、スムーズに楽に乗れるようになった。
こういうものが大人には、もしかしたらずいぶんとあるのかもしれない。
なんとなくやっているが、どれくらいできているか考えたこともないこと。なんとなくできているけれど、方法やコツをちょっと学んで工夫したり意識したりすれば、ほんとうはもっと上手になれること。”知的創造”の作法というのも、そのひとつではないだろうか。


この本は、短編小説と古典の「○○を知っていますか」シリーズの作家、阿刀田高さんの近著である。
そんな”知的創造の達人”がその作法を種明かししてくれているのである。面白くないわけがない。文章は明快で、わかりやすい。話題が豊富で、深い。好奇心がどんどん広がる。さらに私の気に入ったところは、できそうな気持ちになる、ことだ。
さて、阿刀田さんのいう「知的創造の作法」とはどんなことだろう。まず、阿刀田さんのメッセージを一言でいえば
「知識は創造のためにある。」 
である。
もちろん新しいことを知ること自体に純粋な喜び、楽しみはある。豊富な知識があるに越したことはない。けれども、知識がたくさんあればそれでいいわけではない。新しいことを知る、知識を得ることは目的ではなく、なにかしらの知的創造につながってこそ、なのである。そのプロセスは
「知識をダイジェストしてアイデアへ、アイデアを飛躍させてユニークな創造へ」
というステップで、そのまま本書の章立てになっている。
①知識をダイジェストする力、②アイデアをえる力、③日頃から閃く脳を育てる力と、それぞれ具体的な例がたくさん織り込まれながら解説されている。例の話題がとにかく豊富で、さすが、である。
この中から今回は、①のダイジェストする力、を紹介したい。
はじめはダイジェストと言われても、ぴんとこなかったが、考えてみると私たちは日々、常にダイジェストすることを求められていることに気づく。だからこそ特に興味深かったし、ヒントがたくさんあった。
たとえば、自分の意見を言うとは、自分の考えのダイジェストを話すということだ。会議で発言が生きたときは、うまくダイジェストできていたときである。いい議論だったかどうかの判断は、さいごに論点がうまくダイジェストできたかによる。いいプレゼンはいいダイジェストだし、いい資料とはさらにそのうまいダイジェストだ。
コミュニケーションも、おしゃべりも、そうである。
自分の思いが相手に伝わるか。相手を説得できるか。友だちに自分の観た映画の面白さや、美しい風景に出会った感動が伝えられるか。そもそも、相手に自分の話に興味をもって聞いてもらえるかどうか。どれもダイジェスト次第。
ちょっと飛躍するが、追悼文もダイジェストである。故人を想い、その人にふさわしいことを、短く、多くの人に伝わるように、綴る。『悼む力』にも掲載されていた作家、井上ひさしさんの追悼文が私は非常に印象に残っている。
阿刀田高さんは井上さんを「優しく、易しい方であった」とダイジェストされていた。
「”優しく”は人柄であり人間性であり、だれに対しても暖かい配慮を抱いていた。(中略)”易しく”は文学に対する姿勢であり、井上さん自身が書き残している。「むつかしいことを易しく、易しいことを深く、深いことを愉快に、愉快なことを真面目に書くことを努める」と。
なんと感動的ですばらしいダイジェストだろう。井上ひさしさんの文章が喜んで生き続けるような気がした。
ダイジェストとは、「知識」「目的」「自分」の3つが重なっているところだと阿刀田さんはいう。
「知識」は、ダイジェストする対象そのものといってもいいだろう。当然、豊かであるに越したことはない。ただしそのあり方、貯め方に作法がある。
「知識が豊かでなければアイデアは生まれにくいが、その知識も脳味噌の中にほどよく泳いでいて、ご用のときにスルリと役立ってくれるものではくてはいけない。」
なるほど、整然としているより、すこし混とんとしているほうがいいわけだ。
知識習得には体系的に整理しながら学ぶのが効果・効率的ではあるが、いろんなことに好奇心をもって、わくわくすることを雑然と楽しむ。それもいいと言ってもらえると、楽しくなってくる。
次に「目的」である。
なぜダイジェストにするのか。目的がないと生きたダイジェストにならないという。
生きる、とはどういうことだろうか。ちょっと考えると生きていないダイジェストがあるな、と思った。正確ではあるがつまらない。一人よがりで伝わってこない、誰が書いても同じ。など。ちょっとどきりともする。
目的が定まれば、作法も活かし甲斐がある。どんな話題から入ったらよいか。面白く気が効いたものにする言葉遊びやネーミング。読者のどんな感情を呼びたいか。惜しげなく”阿刀田流ダイジェストの作法”が語られている。作法を実践するためにも目的をはっきりとしよう。
さいごに「自分」。これが大事。その人なりのダイジェストであってはじめてダイジェストである、と阿刀田さんははっきりと言い切る。
ダイジェストする力とは「目的にそって要領よく特徴をとらえ、想像して、創造に結びつける視点」である。
「その人なりにダイジェストして初めて発見のよい土壌となる。知的創造につながっていく。」「いろいろな情況やコンセプトを短く、明快にとらえておくことは、それ自体が一つのアイデアであり、記憶しやすく、こういう記憶はかならずさらなるアイデアを生む土壌となる。」
そうであった。知識は創造につながってこそ、である。
急にハードルを高く感じたが、いやいや、そういう気がするだけでそんなことはない、と思い直そう。こんな私の気持ちを察したかのように、つい昨日のagoraのことだ。阿刀田さんは私たちを褒め、そしてこう励ましてくださった。
「新しいことを知る、自分の考えが刺激を受ける、そのことについて、自分はこう思ったと、書く。皆さんのレポートが立派に知的創造です。」
agoraにご登壇いただいて今年で4年目になる。阿刀田さんのagoraでは、毎回皆さんにレポートを書いていただいている。レポートといっても、感想、質問、疑問、関心をもったこと、なんでもOK、数行から数ページまでどれだけでもOK、というとても自由なもの。自分なりに思ったことを楽しんで書いてみましょうというスタンスでいい、と。どうだろう。これならできる気がしてこないだろうか。
実際やってみると、それがいい、のである。
ある方の素直な感想が、ある方にとっては思いもよらないアイデアであったり、ある方の素朴な疑問が、クラス中に伝播して議論が盛り上がったり、ある方がご自身の興味関心ごとや経験に寄せて語ったことで知識が広がったり。予期しないこと、面白いことが毎回起こり、主催者ながらいつもわくわくしている。まさに知的創造の時間、だと思う。
阿刀田さんに励まされて、より一層私も”自分なりに思ったこと”を素直に大切にしてみようと思う。それを楽しもうと思う。それがダイジェストできればよしとしよう。ダイジェストの手法を実践して磨いていこう。ユニークな創造につながるかどうかは、知識を泳がせて楽しんでからなのだから。
(湯川 真理)

知的創造の作法』 阿刀田 高(新潮新書)
悼(いた)む力 逝ったあの人へ、生きる自分へ』 阿刀田 高(PHP研究所)

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