HOMEへ戻るMCCマガジン『アサーション入門―自分も相手も大切にする自己表現法―』

『アサーション入門―自分も相手も大切にする自己表現法―』

2014年03月11日

平木 典子; 出版社:講談社現代新書; 発行年月:2012年2月; ISBN:978-4062881432; 本体価格:756円
書籍詳細

あなたは、次のような経験をしたとき、どんな態度や言い方をするでしょうか?この本はこんな問いかけから始まります。
『振り込みをしようと郵便局に行きましたが、窓口には誰もいませんでした。
 奥を覗いてみると、こちらに気がつかず立ち話をしている局員がいます。』
「おしゃべりなんかして、窓口はどうなっているんだ!」と厳しく言いますか?
局員が気づくまで待つ、あるいは申し訳なさそうに声を掛けますか?
少し大きめの声ではっきりと「お願いします」と言いますか?
 


私たちはこのように日常の些細な場面でも他者とコミュニケーションをとりながら生活しています。ところが、そのコミュニケーションが原因で、ストレスを感じることもあるのではないでしょうか?
自分の思うことがうまく伝えられなかったり、相手の何気ない一言や仕草にカチンときたり。「コミュニケーションにはストレスがつきもの」とすら感じてしまいます。
一方で、「素直に自分の気持ちが伝わった」と感じる相手や場面があることもまた事実です。
この違いはどこから生まれるのでしょうか?
コミュニケーションのストレスは、自分や相手、あるいはその両方を、「大切に」していない時に起こるのではないでしょうか?私は、今回ご紹介するこの『アサーション入門』を読んでそう気づきました。
本書では、自分も相手も大切にするコミュニケーションの考え方が紹介されています。
「Assertion」。直訳すれば、「主張」「断言」「断定」などの比較的強い言葉になりますが、本書における「アサーション」とは、もっと優しい意味合いで「自分も相手も大切にする自己表現」として定義されています。
「アサーション」は、元々著者が80年代に日本に初めて紹介した概念です。この「アサーション」は教育やメンタルヘルスの分野においても注目されているようで、関連書籍は書店でもかなりのスペースを占めていました。
自分も相手も大切にする。私はこの当たり前のようでいて、当たり前には出来ていない部分に、コミュニケーションにまつわるストレスを解消するヒントがあるような気がして、本書を手に取りました。
本書によると、人間関係における自己表現のタイプは、以下の3タイプに分類できます。私たちは相手や状況に応じて、無意識にこの3タイプを使い分けながら生活しています。
1.ノンアサーティブ型:他者を優先し、自らを後回しにする自己表現
2.アグレッシブ型:自分のことを優先し、時には他者に対して攻撃的になる自己表現
3.アサーティブ型: 1と2の丁度良いバランスで、自分にも相手にも配慮した自己表現
ここで、冒頭の問いかけを思い出してみてください。日常にありそうな場面において、自分がどう対応するかを顧みることで、普段の自己表現がどのタイプに偏っているのを認識することができます。まず、それがアサーションへの第1歩です。
私自身は、ノンアサーティブ型の傾向が強く、主張をせずに無意識に対立を避ける傾向があります。
この郵便局のケースのように大したプレッシャーのない場面であれば、「お願いします」とアサーティブに対応することが出来るのですが、ある種のプレッシャーのかかる場面になると、ノンアサーティブの顔が表に出てきてしまうのです。
例えば、私がまだ前の職場にいた時のことです。
当時の職場であるトラブルが発生し、複数人が土日に出勤して対応しなければならなくなったことがありました。部署で最年少だった私も、当然のように出勤しなければならない雰囲気になったのですが、実は数ヶ月前からこの週末に旅行を予定しており、どうしても土日出勤をしたくないと思っていました。
「この旅行の為に、毎夜残業を重ねて前倒しで業務をやってきたのに!」
「周りだって、私がこの週末に旅行に行くことを知っているじゃないか!」
「人数がいれば私でなくても対応できるのだから、今回は勘弁してくれ!」
と、本音の部分ではそう思っていたのですが、上司から正式に依頼をされると、率直に自分の気持ちを表現できず、グズグズとごねた後で結局引き受けてしまいました。
本書には、このようなアサーティブではない自己表現をしてしまう背景には、その人の心理と、社会・文化的な影響の二つの要因があると書かれています。
ノンアサーティブな対応をしてしまう人には、自分が主張をすることで、相手を不愉快にさせたり、対立をしてしまうことを避けようとする心理が無意識のうちに働いてしまっています。また、社会的・文化的な影響として、世の中や組織の習慣に従うことで、自らの権利や尊厳を放棄してしまう傾向があるのです。
私の前述の例でも、この2つの要因は見事に当てはまります。
 「依頼を断ることで、上司を刺激してこれ以上面倒を起こしたくない」と思っていましたし、以前から古風な体育会系の環境で育ち、部署も縦割り意識の強い組織であったため、「上の意向は絶対」という環境からの心理的影響を受けていました。
その結果、上記のようなノンアサーティブな対応をとってしまったのですが、果たしてそのことで誰が得をしたのでしょうか?
私自身は、上司に適切に気持ちを伝えられずに、察してくれない上司に対して不満を持ちましたし、上司にしても要望は引き受けてもらったものの、私の爽やかではない対応に間違いなく良い気分はしなかったでしょう。更に悪いことに、その場で生まれた不満を率直に表現出来なかったことで、いつまでもズルズルと不満を引きずることになってしまいました。
相手を尊重し、組織の常識に従ったつもりの対応だったにも関わらず、自らの気持ちをアサーティブに表現出来なかったことは、振り返ってみれば結局誰にとってもマイナスの影響しか与えなかったのです。
こうしたアサーティブでないコミュニケーションの積み重ねは、「折角相手のことを気遣って主張をしなかったのに!」「私の方が絶対正しいと思うから、こんなに主張をしているのに!」といった具合に、私たちにとって大きなストレスとして蓄積していきます。
本書では、アサーティブに過ごすための1つのコツとして、自分自身の価値観や信念を見直し、今の自分に合ったものに作り変えることを勧めています。
人は誰でも、これまでの様々な経験に基づいて作られた価値観や信念を持っています。
価値観や信念は、自分の考えや行動の母体となり、自分らしく生きるためにはとても大切な物です。
しかし、中には極端な思い込み・誤解によって形成されたものや、今の自分にそぐわなくなった窮屈なものが混じっています。これらは、アサーションを行おうとする際にブレーキとなり、率直な自己表現が出来なくなる要因となります。
私の場合ですと、
「目上の人の期待には応えようとするのが当然だ」
「目上の人間の心証を悪くするような主張はどんな時も慎まなくてはならない」
といった価値観や信念が、アサーションにブレーキをかけていました。
このようなアサーションにブレーキをかけてしまう、極端な価値観や信念は、今の自分に合った、合理的なものに変えていけるように意識することが大切です。 
近年、新型うつ病の増加や鬱の若年化といったトピックを中心に、メンタルヘルスに関わる問題がメディアに取り上げられる機会が多くなってきました。その背景には、人と人とのコミュニケーションの問題があります。そして私は、自らにとって窮屈で極端な信念や価値観を持ち続けていることによって、アサーティブな自己表現が出来ずに、いわば自縄自縛に陥っている場合も多いのではないかと思います。 
長年過ごす中で身についた自らの価値観や信念というものは、一朝一夕に変えられるものではありません。それでも、頭の隅にアサーティブな考え方を置いておくことで、アグレッシブあるいはノンアサーティブ一直線だった価値観や信念が、少しずつ上書きされていくことも間違いありません。
自分を責めず、相手を責めず。爽やかに、率直に。そんなアサーティブなコミュニケーションが行えれば、きっと今よりも心にゆとりのある生活が送れるはずです。
「私ばかり我慢している気がする」「こんなこと言うつもりじゃなかったのに・・・」普段からそんな想いを持っていらっしゃる方には、是非お手に取って頂きたい1冊です。
また、内容を頭では理解していても、自分の気持ちを率直に表現するというのは、なかなかに難しいことです。そんな方には、理論を学ぶとともにペアやグループで実際にワークに取り組みながら、より自然な形でアサーションの実践をめざすプログラム『エナジャイズド・アサーション』もぜひお薦めします。
(石井 雄輝)

アサーション入門-自分も相手も大切にする自己表現法-』 平木典子(講談社現代新書)

 

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