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慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

2014年02月11日

『あなたがお金で損をする本当の理由』

長瀬勝彦; 出版社:日本経済新聞出版社(日経ビジネス人文庫); 発行年月:2010年1月; ISBN:978-4532195243; 本体価格:700円
書籍詳細

最初に唐突な質問で恐縮ですが、皆さまは自分自身を賢い消費者だと思われますか?ご自身のお金の使い方に自信はありますか?
後になって振りかえると、「どうしてあの時、そう決めたのだろう?」と、自分でも不思議に思ったり、後悔することはないでしょうか?
得をしたつもりでいたのに後で損をしていたことに気がついたり、節約をしたつもりが気持ちばかりで内容が伴っていなかったり、ということが私は良くあります。賢い消費者であるとも、お金の使い方に自信があるとも、とうてい言えません。
「きちんと考えたはずなのに、失敗してしまうのはどうしてだろう?後で後悔するような選択をしてしまうのはどうしてだろう?」そういった疑問に答えてくれるのが、『あなたがお金で損をする本当の理由』です。


本著は、「人間が買い物や投資など良く考えて意思決定を行っているように思っていても、実は人間心理の落とし穴にはまっていることが多い」ということが、具体的な事例と共に説明されています。
私が今回、この本をご紹介したいと思ったのは、楽しくて面白くて興味深い内容であると同時に、とても”深い”と感じたからです。私はこの本を読んで、消費活動や投資活動だけに留まらない、人間が本来もっている「思考のクセ」というものについて、今まで知らなかった多くのことを知り、そして、自分自身を振り返っての気づきがありました。そのようなことから、今回皆さまにご紹介します。
著者の長瀬勝彦先生は、慶應MCCで「主観を磨く意思決定」の講師もつとめていただいていますが、本著も講義同様に分かりやすく興味深い内容です。身近な例を、実験結果を交えながら説明されているため、時に頷きながら、時に驚きながら、楽しく読み進めることができます。
本著では、数多くの事例と共に人間の思考のクセが紹介されていますが、その中から特に私が印象的だったものを以下に3つあげようと思います。
投錨効果
皆さまは、電化製品を買うときに「メーカー希望小売価格」からの割引率を購入の決め手にしたことはありませんか?
本著によると、これを「投錨(アンカー)効果」と言い、人間は知らず知らずのうちに、どこかに判断の基準を求めていて、それらしいものに飛びつく習性を持っています。
この場合、メーカーが決めた「メーカー希望小売価格」が「アンカー(船にある錨)」です。船における錨のように、人間も、ひとたび何かを基準に定めたら、それを基準にしてしか物事を考えられなくなってしまうということです。
私自身も「定価50%引き」といった洋服や鞄は高価であっても、いえ、高価なものであればあるほど惹かれてしまいますが、この行動は定価という「投錨効果」によるものだったのです。
もしかすると、昨年、インターネットによるショッピングで話題となった「二重価格」問題を思い出される方もいらっしゃるかもしれません。これはSale時に、元の値段をつり上げたことが問題でした。「通常○○円のところを70%引き」といった時の「通常○○円」をアンカーにして考えてしまうのが人間の性なのだ、と改めて気づかされました。
自分では意識していない頑固な思考のクセをもつ私達。では、いったい、どうすば良いのでしょうか?潔くあきらめた方が良いのかと思いたくもなりますが、本書では、正しい思考法や対処法もアドバイスしてくれています。
長瀬先生によると、もっともらしい数字が手近にある場合は、それがアンカーになりやすいので、意識的に気をつける必要があります。とは言え、「アンカーなしでは上手く考えられないのが人間」であり、「自分で合理的なアンカーをひとつ決めるのは至難の業」だそうです。ですから、アンカーに惑わされないためには、むしろ「意識的にたくさんのアンカーを探すべし」とのことです。
フレーミング
人間は、物事を判断するときに、関連する情報を集めて整理分析するのではなく、まず何らかの枠組み(フレーム)を設定し、そのなかで判断するものだそうです。本著では、異なるイメージの2店舗から生ビール1杯を買う場合の許容金額についての質問結果が紹介されていますが、その結果は、”高級イメージがあるか無いか”で大きな差があり、「どの枠組みを用いるか」で損得の認識が違ってくるのです。
お買い得な商品が売れる一方で、「プレミアム~」といった高級商品が売れるのも、このような枠組みが関係していると言えそうです。
フレーミングについて私自身を振り返ると、前職では、お客様から「○○社なのに~」とお叱りの言葉をいただいたり、「さすが○○社」とお褒めいただくことがしばしばありました。
企業名という枠組み(フレーム)によりお客様が期待、判断していたのだと感じます。”良い”というイメージは企業にとって大変ありがたいものですが、その固定したイメージがフレームとなり、同じことをしても判断や評価は違ってきた経験が幾つも思い出されます。
現状維持バイアス
人間は、現状を変えたがらないものだそうです。日本人は生命保険が好きであると言われており、いったん保険に入ると見直しをする人は少ないそうです。保険を解約した後に病気や怪我をしたら?と考えるとなかなか解約できないように、「なにかをしなくて裏目に出るよりも、なにかをして裏目に出た方が悔しい」と思う。これを「現状維持バイアス」と言い、人間は現状を変えたがらず、現状を高く評価しているものだそうです。
本著の中に
“「なにもしない」というのは、本当になにもしていないのではなくて、じつは「現状を選択する」という十分に積極的な行為なのです”
との言葉があります。
私は、この文章を読んで、はっとしました。前職を退職した時のことが思い出されたからです。実際に退職する数年前にも退職について頭に浮かんだことがありましたが、その時はあまり真剣に考えませんでした。好きな仕事でもあり、忙しかったせいにしていましたが、いま思えば、自分のこれからの人生を考えるということ、違う道を考えるということ自体から逃げていたのだと思います。本著を読んで、その頃の自分に「退職をしなくて裏目に出るよりも、退職をして裏目に出た方が悔しい」と思う、「現状維持バイアス」が働いていたことに初めて気がつきました。
「現状維持バイアス」にかからないためには、
「現状を基準にするのではなく、いままっさらな状態だとしたらなにを選ぶかを考えよ」
と先生は言います。
私は、その後、退職して幸運なことに現在の仕事に就くことができましたが、人間が本来持っている「現状維持バイアス」を知っていたならば、先生の言葉を知っていたならば、少なくとも考えることから逃げることはしなかったのではないかと思います。
私たちの日常生活は、今日着る洋服や昼ご飯など日々の選択に始まり、大小の買い物、進学、就職、結婚、転職と意思決定の連続ですし、ビジネスでも常に意思決定が必要とされます。
本書は、消費活動の例をあげて人間の「思考のクセ」と「正しい思考法」が紹介されていますが、消費活動だけでなく、日常生活やビジネスにも人間の思考のクセが大いに影響してることを、この本を読んだ人それぞれが、ご自分自身を振り返って気づくことができると思います。
この本を読んで様々なことを知り、気づき、考えさせられた今、私は今後の人生において、以下のようなことを大切にしたいと思います。
それは、人間が本来持つクセを意識し自分自身を過信しないこと、敢えて違う視点をもつこと、自分とは違う意見や人を大切にすること。
これらを大事にしながら、選択の連続である自分の未来を楽しみたいと思います。
読みやすい、面白いだけではない、読者の皆さまそれぞれに気づきと発見のある一冊、これからの人生に役立つ一冊だと思います。
(中山 彩子)

あなたがお金で損をする本当の理由』 長瀬勝彦(日経ビジネス人文庫)

 

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