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『ヴァイオリニスト20の哲学』

2015年02月09日

ヴァイオリニスト20の哲学
著:千住 真理子 ; 出版社:ヤマハミュージックメディア ; 発行年月:2014年11月; 本体価格:1,600円税抜

慶應MCCでは年間50回の講演会を企画・開催している。『夕学五十講』を始めて15年。かれこれ750回近い。研究者、経営者、ジャーナリスト、小説家、芸術家、スポーツ選手など。さまざまな領域の第一線で活躍する方々を講師に招く。私もたくさんの講演を聞いてきた。そこからはっきり実感しているのは、あることで極めた方はみな、 “自分の言葉”を持っている、ことだ。

悩み迷い、失敗成功体験を積み重ね、考え抜いて紡がれた”自分の言葉”は、力強く、説得力がある。状況や才能は特殊なことも多いけれどその枠を超えて、私たちも”自分ごと”に引き寄せ、考えるためのヒントがある。
 
本も同じことが言える。本著は年末の新刊で音楽の本として書店には並んでいるが、生き方や仕事の仕方を磨くための一冊として今月ご紹介したいと思う。

少女は夜空を見上げていた。澄んだ空気に明るく輝く月が美しい、と思った。
あんなに月が美しいことを、みんなにも教えなくっちゃ。そう思った少女は月を指差しながら 「ほら見て、月があんなに美しいと」 と周りの人に教えた。

本著はそんな 「月をさす指」 のエピソードで始まる。
著者の千住真理子さんが高校生のころ、ある海外の本で読み、その後の自身に、大きく影響したという。そしていまなお、千住さんの原点であることが、本著を読むとわかる。
 
少女は月を指差し続ける。あるとき自分の指先にハッと気づく。月を指差す私の爪も、美しくなくては。少女は爪を整え、磨き、時に色を塗り、毎日爪のケアに明け暮れる。そして、少女が女性へ成長した頃には、美しい月のことは忘れてしまっていた。エピソードはこうしめくくられる。

月をさす指」に始まる、ヴァイオリニスト 千住真理子の20の哲学。本著を綴った理由も、「月をさす指」にあるのだと私は思う。
 
2015年今年、千住さんはデビュー40周年を迎えている。
12歳でデビューしてから、ヴァイオリニストとして、40年。2歳半でヴァイオリンを手にしてから50年。ヴァイオリンが人生そのもの、と言える。すごいことだ。
 
彼女にとって美しい月を指差すことは、音楽の感動を表現することだ。このエピソードが、千住さんの活動の”原点”であることと、本著を読むとわかってくる。と同時に、40年、決していつも順風満帆ではなく、大きな挫折も苦しみもあったプロ生活の間に、千住さんが探し続けて見つけ、全力で努力して手に入れ、そして、育て上げてきた、ご自身の”宝物”である。
 
宝物を惜しげなく、丁寧に、わかりやすく語ったものが、「20の哲学」の本著である。その1であえる「月をさす指」に続く、哲学をすこしご紹介すると、
 
練習の工夫。
集中をつけるには。
良い緊張をするには。
先生とどう付き合えばよいのか。
楽器との出会い方。
自分の才能の伸ばし方。
暗譜の仕方。
など。実に具体的なアドバイスばかりだ。
 
そしてこれらほとんどが、仕事や、考え方、人との関わり、ふだんの生活にもあてはめて考えることができる。自分だったらどうだろうかと考えがめぐる。応用できる。そこが力強い。
 
たとえば、練習の工夫。
曲を分解して、その時自分にとって一番苦手だと感じる部分から始める、のが千住哲学。
まさに仕事もそうだ。業務はタスクに分解すると、やるべきことが見えてくる。立て込んでいるときやどれもこれも急ぎに見えるときは、いちど手を止め整理し優先順位をつける。

苦手な仕事、気の進まない仕事ほど、後回しにしがちだ。初めてではなくむしろルーティンなのに、時間ばかりかかり終わらない仕事があるならば、はかどらないのは仕事ではなく気持ちだ。後回しにしがちな仕事”から”始めるといい。嫌だ苦手だと感情が始まる前に始めてしまうと、意外にやれたりする。多くの皆さんも経験あるのではないだろうか。
 
「自分の考案した工夫練習」を探してみてください。新しい発見があるはず。楽しくなってくるはず。と千住さんは章をしめくくる。集中の仕方や、暗譜の仕方など、他のいくつかでも同様だ。ご自身の実践方法を惜しげなく教えながらも、真似してみてください、これをやれば上手くきます、とは一度も言っていない。何よりも大切なのは、”自分の” 方法を、”自分で”探す、ことにある。
 
すこし趣の違うものを、もうひとつ。先生との付き合い方、楽器との出会い方。

誰もが、素晴らしい先生、素晴らしい楽器に、出会いたいものだと願う。出会いは縁だ。といって縁です、と言ってしまえばそれきり。千住さんは自身の経験談をふんだんに交えながら、視点を大きく変えて、師の存在は大きいが、学びは、「まったくもって本人次第」と切り返す。
運命の楽器に出会いたい、幸運に出会いたいと願うがしかし、楽器選びは「たまたま」のもの。そもそも絶対的なものではなく、「相性」なのだと展開する。

先生との関係や楽器との出会いは、仕事での人間関係、家族や友だち、恋人など身近な人との関係ともまた重なる。理想とする出会いや状態を願い、待つゆえに、他者に苛立ち、不運を思い込みがちではないだろうか。それよりも、自分次第でできることに向き合っていったほうがいい。どうしても苦手な相手もあるだろう。たまたまで、相性だと思えば、不必要に傷ついたり落ち込んだりもしないで済むように思う。
 
ところで、こうしていくつか千住さんの哲学を紹介してきたが、 いちばん私に”効いた”のは、冒頭の「月をさす指」だった。
新刊に並んだ本著を、楽しくて息抜きにちょうど良さそうだ、とルンルンと気軽な気持ちで手に取ったのだったが、引き込まれて一気に読むと、これが、ガツン、ときた。
 
「なんと。まさに今の自分のことではないか。」
 
予期せぬショックだったが、そのおかげで目が覚めた。
実はそのころ、私には、いくつかの “うまくいかない” 出来事が重なっていた。

仕事では、時間をかけてきたプロジェクトが急に行き詰っていた。メンバーの意見も気持ちもまとまらない。プライベートでは、あるイベントを直前に控え、気持ちが高ぶっていた。楽しみなのになぜか、それとは不釣り合いな空虚感が、生まれていた。何か、いま私、うまくいっていない。そう思うと、どれもこれもそんな気がしてくる。

こんなにがんばっているのに、うまくいかない。みんな、わかってくれない。苛立った。
 
でもそれは、私が、爪を磨くことばかりに忙しく、月を磨くことに疲れていただけだったのだ。美しい月を見失っていたのは、私だった。それどころか、いまに限らず一年、いやこの数年、うまくいかなかった仕事、そこが悪いクセだと注意されるところ、悩んだ人との関わりごと、私の課題はどれもこれもここにあると気づく。

新しいミッションやちょっと困難そうな仕事にも、私はひるむことなく自ら前向きになれる。これは強みだと思う。しかし、月の美しさを効果的に伝えようと、爪を磨き始めるとそれに、のめりこむ。指の角度かたちを直し、姿勢を整えたりさえしかねない。ゴールのためのタスク、技術、道具、方法であるはずなのに。エピソードは私の中に、やわらかな月が白く輝く一枚の絵となって印象に残った。これからも大切にこの絵を自分のなかにもち続け立ち戻りたいと思う。
 
哲学とは何だろうか。
「自分の軸」「拠りどころ」「信念」
などとも言い換えられる。そのとおりだろう。と同時に
「私ならではのもの」「自分らしさ」「私だけのもの」でもあるに違いない。

私の哲学とは、自分で探し続けて見つけるものであり、全力で努力して自分で手に入れるものであり、そして自分で育て上げていく、私の “宝物”であることも、この本は教えてくれる。
 
(湯川真理)

ヴァイオリニスト20の哲学』 ヤマハミュージックメディア

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