KEIO MCC

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今月の1冊

2015年05月12日

『とんでもなく役に立つ数学』

とんでもなく役に立つ数学
著:西成 活裕 ; 出版社:KADOKAWA/角川学芸出版 ; 発行年月:2014年12月; 本体価格:760円税抜

「数学」というタイトルを見て、「自分には無関係」と思ったあなた!
数学が苦手な人も得意な人も、日々の生活を豊かにしてくれる可能性を秘めた数学のお話に、3~4分間だけお付き合いいただけますか。

今回ご紹介する一冊は、西成活裕先生の「とんでもなく役に立つ数学」(角川ソフィア文庫)です。西成先生は、「数学で世界をより良くしたい!」と本気で考え、交通渋滞や人の混雑を数学の力で解消する「渋滞学」や、世の中の様々な無駄を取り上げた「無駄学」の研究で注目を集めた先生です。本書は高校生(しかも私の母校の!)とともに、数学を使って世の中の問題を解き明かしていこうという4日間の授業を書籍化&文庫化したものです。数学の細かな数学の公式や記号は出てきませんので、どうぞご安心ください。
 
私自身は、消費税8%の計算でさえ面倒で放棄したくなるほどの数学嫌いですが、大学では統計学を使って経営を分析するゼミに入り、社会人一年目には市場予測や受注予測の業務を担当し、MCCでは「ビジネスデータ分析」「会計情報から経営を読み解く」など数字を扱うプログラムを担当し、常に数字と隣り合わせの生活をしてきました。苦手と言っていられない環境のおかげで、本書に出会うことができました。唯一の正解があるわけではないビジネスの現場において、数学がどのように役立つというのか半信半疑で、西成先生に挑戦する気持ちで読み始めましたが、数学が私たちの生活の根源に関わっていて、ピタッとあてはまるとものすごい力を発揮することに感銘を受けました。ここでは、特に印象的だったことを2つご紹介します。

未来が数学で表現できる!

明日の天気は?降水確率は?来年の景気は?など、私たちは日々たくさんの予測を頼りに行動しています。西成先生はふつうの自然現象は微分を使った式で表現することができると言っています。微分とは、文字どおり「細かく分ける」というアプローチです。スローモーションのコマ送りのように時間をゆっくり動かし、そこに起きる小さな変化を取り出して、変化に関係している要因を割り出します。未来を予測するには、細かく分けた一つひとつの変化(微分)を、丁寧にたどって積み重ねる、積分のアプローチも使います。ただし、予測できるのは人間心理や、不連続に変化するような現象が関係していない場合に限るそうです。

ビジネスでは、株価も売上も、様々な要素が複雑に関係し合っているので、精緻な予測は難しいかもしれません。その場合は、いくつかの仮定や条件を置いて、複数のストーリーを想定し、それに合わせた微分方程式で算出をするのが効果的だと思いました。皆さんも何か予測をされる時に微分という考え方を使ってみてはいかがでしょうか。

人間関係のトラブルも数学で解決できる!?

「囚人のジレンマ」の例でも有名なゲーム理論。経済学の一分野で、利害の対立する集団の行動を数学的にとらえるというものです。ある重大な犯罪の容疑者2名が取り調べ中に「2人とも自白すればどちらも16年の刑、2人とも黙秘すれば2年の軽い刑。どちらかが自白してもう1人が黙秘すれば、自白した方は無罪、黙秘した方は30年の重い刑」という条件を伝えられます。2人の容疑者は相手の出方を読み、自分が自白した方が罪は軽くなると考えるので、結局2人とも自白し、16年の罪が確定するという結論に至ります。このように矛盾を含んだ関係を分析する際にゲーム理論を使うことで、問題の構造が見え、相手の出方や妥協点を予測することができるのです。
 
皆さんも人間関係の悩みを抱えた経験があると思いますが、自分が問題を抱えて立ち止まってしまった時、頭の中だけで考えずに、ゲーム理論を使って図や数字にしてみると、全体を俯瞰できて、乗り越え方のヒントが得られるかもしれません。
 
そして、興味深いことに、ゲーム理論を繰り返すと「自分の利益だけを考えて行動するより、他人を思いやって行動する方が、社会全体の幸せ度が上がる」という結論が導き出されるそうです。部分最適よりも全体最適。生きる上で、とても示唆に富んでいると思いませんか。
 
このほかにも、銀行のATMの並び方や乗り物の動線など、私たちの身の回りにある多くのものが数学的根拠に基づいて作られていることが書かれていて、実社会と数学のつながりを感じることができます。身の回りのものを見た時に、美しいと感じる比率が「黄金比」と呼ばれるものだったり、私たちの感覚にも無意識に数学が浸透していることにも気がつきました!本書を読み終える頃には、もともと持っていた「公式が大事」「正解はひとつ」「机上の空論」という数学のイメージがガラリと変わり、(TVドラマのガリレオのようには行きませんが)少し数学的思考を取り入れることで、日常が楽しくなりそうな予感がしました。

ITの進化で、誰もが膨大なデータにアクセスできるようになった今、数学はビジネス・パーソンのリテラシーと言っても過言ではないと思います。データの分析は、コンピュータがやってくれますが、直観も大切にしながらおおまかに本質をとらえること、大局的にものを見ることは私たちにしかできません。ビジネスには、理論に基づく「サイエンス」と、個人の資質に基づく「アート」の両面があると言われます。業界、業種によって、この割合は異なりますが、数学はこの「サイエンス」「アート」の両方の力を高めてくれるものだと考えます。本書を通じて、数学を使って思考を深めながら、発想していく楽しさを皆さんに感じていただけたら嬉しく思います。
 
(おまけ)21_21 DESIGN SIGHTでは、5月31日まで「単位展 あれくらい それくらい どれくらい?」が開催されています。「単位」という、数学でも重要な切り口が、何気なく過ごしている日常に新たな気付きをもたらしてくれます。数字があり、単位があることで、誰かとイメージを共有できる。その楽しさを感じられるちょっと珍しい展覧会です。今、ひそかに”数学ブーム”がやってきているのかもしれません。
 
(石澤夕貴子)

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