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散る桜に心惹かれる美意識『能へのいざない』

2016年03月08日

能へのいざない―能役者が伝える能のみかた

味方 玄; 出版社:淡交社 ; 発行年月:2006年9月; 本体価格:2,700円

3月になり、採用情報の公開が解禁となった。
採用にかかわる方は、説明会実施に選考準備にと忙しい日々をお過ごしのことだろう。
春の新入社員配属をひかえ、受け入れ準備を始めた職場の方もいらっしゃるのではないだろうか。

面接や新しい仲間の受け入れの場面で、おそらく一度は耳にするであろう言葉がある。
それは「ここで何をしたいと思って選んだ/入社したのか?」、つまり最初に思い立った時の気持ち・志を尋ねるものである。そして、答えた彼/彼女にむかって職場の先輩は「なるほど、素晴らしい!では“初心忘るべからず”でこれから頑張ってね」と言ったりするかもしれない。

「初心忘るべからず」という句は、「物事に慣れて慢心せず、最初の謙虚な気持ちや志を忘れてはいけない」という意味で使われることが多いようだ。
しかし、この句は室町前期の能役者である世阿弥が、その芸論書『花鏡』に記したもののごく一部である。
もともとの句は次のように続き、より深く強い意味を含む。

しかれば当流に万能一徳の一句あり。
初心忘るべからず。
この句、三ヶ条の口伝あり。
是非とも初心忘るべからず。
時々の初心忘るべからず。
老後の初心忘るべからず。
この三、よくよく口伝すべし。

現代の能役者である味方玄氏の著書『能へのいざない』では、

「是非の初心」「時々の初心」「老後の初心」これらの「初心」を忘れるなということ。
「是非の初心」は、若い時の未熟で謙虚な気持ちを忘れるなという戒め。
「時々の初心」は、若い時、芸のピークの中年、老後まで、その時々に適した演目、工夫を忘れず身体で覚えておけということ。
「老後の初心」は、五十歳をすぎて、「せぬならでは手立てなし(なにもしないより他は手立てがない)」という「せぬ」ということへの挑戦。これこそ初心である。

と紹介されている。

「若い時の未熟で恥ずかしい思いをしたことを忘れずに自分を磨き続け、中堅・ベテランになってもその段階で学ぶべきことを学んで己を拡張する。そして、老境に入ったからこそめざせる境地へと自己を高め続ける。人の成長に限りはなく、段階に応じた学びをしながら向上し続けるのだ」
という、生涯を通じて自らを律し自己を高め続けることへの世阿弥の強い意志、世阿弥の“人生観”が込められた句なのだ。

私がこの三つの初心の句に出会ったのは、描いていたキャリア設計がしっくりこなくなった時期だった。
まだまだ続く企業人人生、「○○な在り方をめざすべき。今は○○の力を磨くべき」など頭では考えられる。しかし、「そうしよう」という気持ちがまるで湧かないことに焦りを感じていた。
「歳かしらねぇ」などとぼやいていた時、この世阿弥の言葉を知り、ハッとした。
世阿弥は自身をどう磨いていくかを、職業人生という区切りを設けずに、生まれてから老境までの全人生を視野に入れて自由闊達に考えてた。
しかし私は、無意識のうちに人生の一部である会社勤めの期間を切り取り、そこにばかり焦点を絞って考えていたようだ。
歳を重ねれば、遠い先の話だった退職後の生活が自然と視野に入ってくる。
残りの時間をどう生きて、何を残したいのか、という問いが折に触れて頭をよぎる。
私は退職後も含めた人生という観点から在りたい姿を描き、今やるべきことを考えたかったのだ。そういう段階に来ていたのだろう。

さて、世阿弥といえば能である。
能や能楽師をみていると、幽玄という儚さを含んだ優美さを大切にしていることや、老い先に何かがあるという意識の存在が伝わってくる。
これは、散る桜に心惹かれ、老木に独特の味わいを感じる今日の私たちにも通ずる美意識、価値観ではないだろうか。
能の新世紀』の著者であり伝統文化ジャーナリストの氷川まりこ氏はこう述べる。
「室町期には仏教(禅宗)等の影響を受けながら、能・花・茶などを通じて、幽玄やわびさびといった価値観、美意識が育まれました。これらは単なる娯楽ではなく自分の身を修めていくための行、修行という側面を持っていたようです。
お能だけ、お茶だけではなく、これらすべてを包容する東山文化という観点から見てみると、共通する精神性や今日を生きる私たちへの影響などが見えてきて、一層味わい深くなりますよ」

この春、葉桜の頃に、氷川まりこ氏と能役者の味方玄(みかたしずか)氏が、丸の内で新しい講座をスタートさせる
能を通じて日本の美意識・人生観を見つめ、自分自身を探ろうという取り組みだ。
講師をつとめる味方氏と氷川氏からのメッセージが届いている。
「能には、現代に通じる日本独特の死生観や美意識が詰まっています。
私たちは、なぜ儚いものに心惹かれるのか、なぜ老いの先に何かがあると思うのか――。
講座では、世阿弥の思考と作品に焦点をあて、その根底にある日本独特の感性や人生観とはいかなるものかを見つめていきます。
それは同時に、自分自身とは何かをあたらためて見つめる時間になることでしょう。」

自分は今、人生におけるどのような段階にいるのか。
自分の本当の心はどのような在り方、成長を欲しているのか。
味方氏と氷川氏に誘われながら、自分の中の人生観や自然観、美意識を深く見つめ、これからを思い描く豊かな春を、私も過ごそうと思う。

(柳 美里)

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