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風の音の記憶―パリ郊外ジヴェルニーへの絵画的旅

2016年02月09日

山岸 健

旅の空の下で

旅の日は、いつも青空だった。

私たちは何度もパリのサン=ラザール駅から乗車してクロード・モネゆかりの花の庭と水の庭、睡蓮の池で広く知られているジヴェルニーを訪れている。

最初は二十数年前、所属する大学の特別研究機間の制度を受けて、私たち家族三人は約三ヶ月半、ヨーロッパで過ごした。一ヶ月のパリ生活は、この上ないホリデーとなった。

そんな或一日を、印象派のクロード・モネの住んだ村ジヴェルニーまで日帰りツアーを愉しんだことがある。

旅の始まりは、パリのサン=ラザール駅からルーアン行きの鉄道でヴェルノンで下車し、そこからジヴェルニーまでタクシーで、一路モネの住んだ邸宅と庭園へ。

パリから50分程の小さな旅だった。運転手さんは、この辺りの観光案内をていねいにしてくれた。会話を楽しんだ後、車から降り立ち、青く澄んだ空を見渡して深呼吸。

そうなのだ、旅とは、観光とは、まず、「光を観ることだ」。そして「風に吹かれることだ」と。

妻と娘と私の三人は、ジヴェルニーの光を浴びながら、モネゆかりの庭園、花の庭、睡蓮の池に向かった。すずやかに微風が花たちを揺らしていた。立ち止まると、紅いバラ科の花なのか、あまったるい芳香を放っていた。

印象派のモネの作品について、夢想の喜び、詩的想像力を研究したバシュラール(Gaston Bachelard, 1884-1962)は、次のように述べている(「睡蓮あるいは夏の夜明けの驚異」『夢見る権利』渋沢孝輔訳)

睡蓮は夏の花である。それは、夏がもう逆戻りしたりすることのないしるし。
(中略)
これほどたびたび取り戻される若さ、昼と夜とのリズムへのこんなにも忠実な服従、黎明の瞬間を告げるこの几帳面さ、これこそが睡蓮をして印象主義の花そのものたらしめている所以のものである。睡蓮は世界の一瞬間。それは両の眼の朝。夏の夜明けの不意打ちの花である。

二〇一四年五月二六日、私と妻は、思い立って、この地に佇み、風に鳴る音に触れ、花の庭と水の庭を眺めながら、喜ばしき齢いを生きたことを思ったものである。

睡蓮と風の人と共に

水面を流れるように走るように〈睡蓮〉の方へ向かい、〈睡蓮〉を包みこむような風の記憶がある。風は音でもある。

〈睡蓮〉は、風の憩いの場所。風は水辺で安らぐ。風は水になじむ。風は水に、水辺の草花にとけこむ。〈睡蓮〉は風の止まり木のような草花ではないだろうか。それにしても〈睡蓮〉に対するモネの愛着、執着、情熱は、おそろしいまでに深い。厚い。目の人。モネは耳の人でもあったか。

風の人モネはまさに〈睡蓮〉そのものなのである。風は〈睡蓮〉の脇を通りすぎていくのではない。風は〈睡蓮〉に入り込む、そこに留まる。〈睡蓮〉は、いつも水辺や水上の片隅で人びとのまなざしを待ちつづけている。〈睡蓮〉は、水になじむ。ただ、ただ、見つめられるだけ。ひたすら人びとを待ちながらじっとそこにいる。

描かれた〈睡蓮〉は、いつまでも咲きつづけている。その魅力的な美しさは、優美の結晶だ。〈睡蓮〉は、あくまでもしなやかで、やさしい宝石のようなみごとな花飾りだ。〈睡蓮〉は手ではなく、水になじむ。水が〈睡蓮〉のシュポール(支え・台)だ。

晩年のクロード・モネの温顔とそのゆったりとした体格を見て、ほほえまない人はいないだろう。彼は、ゆとりの人格である。

風と共に去りぬ、という言葉があるが、モネはいつまでもこのジヴェルニーに留まりつづけている、風と共に。

旅とは加わる時間のこと

ところで、モネの出現によって世の中や時代が移ったことは明らかだ。印象派、絵画の並々ならぬ力がある。絵画と呼ばれる〈風〉の力とその方向について注目していきたいと思う。

フランスの科学哲学者バシュラールは、睡蓮を「夏の夜明けの不意打ちの花」と呼んでいる。モネは睡蓮を描き、柳を描く。彼は雲を描き、空を描く。雲は水中にある。空は水によって捉えられている。水中の空や雲は、睡蓮とともに実に幸せそうだ。空は大きくなった。雲は生き生きとしている。そして睡蓮は見事なまでに美しく、多彩、完全に絵画的だ。

睡蓮は時間の花だが、明らかに時空間、世界の光景だ。睡蓮とアネモネをつなぐどんな橋があるのだろう。ジヴェルニーの睡蓮の池には日本風の太鼓橋がある。日本へのモネの思い入れは、まことに深い。

ドイツの児童文学作家ミヒャエル・エデンは、時間とは生活だという。サン=テグジュペリは広がっているのは歴史家の時間、加わる時間こそ生の時間だとその手帳に書いている。旅とは加わる時間そのもの、こうした時間によって、人生の旅びとは自分自身であることを取り戻しながら人びとの中で、大地や環境とさまざまな風景や音のある風景と交流することができるのである。

人びとはこれからもいつまでも睡蓮をモネの花と呼ばないわけにはいかないだろう。花も樹木も、たしかに希望の担い手なのである。

ジヴェルニーは郷愁の地、印象派の故郷、フランスの絵画のひとつの〈原郷〉である。これほどまでに大地と生活と人生、絵画が緊密に結ばれている「場」と「道」があるだろうか。絵画史の焦点、ひとつの本舞台、それがジヴェルニーである。モネも、ジヴェルニーへの旅も、私たち家族のなかで生きつづけている。モネは、私たち家族の大切な結び目、共存者となってきたのである。

 
(山岸 健)
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『まほら』No.84、2015年7月号(旅の文化研究所発行)掲載のエッセイ。著者と出版社の承諾を得て転載。

山岸 健(やまぎし・たけし)
一九三四年、新潟県長岡市生まれ。エッセイスト、慶應義塾大学名誉教授、大妻女子大学名誉教授。

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