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『元・宝塚総支配人が語る「タカラヅカ」の経営戦略』

2016年01月12日

元・宝塚総支配人が語る「タカラヅカ」の経営戦略

森下 信雄; 出版社:KADOKAWA/(角川oneテーマ21) ; 発行年月:2015年1月; 本体価格:864円

世界で唯一と言われる、未婚女性のみ総勢約400名が所属する宝塚歌劇団。

豪華絢爛な舞台や、「男役」と呼ばれる、男性を演じる女性団員の存在が特徴の演劇集団ですが、自分には縁のない世界だと感じている方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、「企業が競争優位を持続しにくい時代において、100年以上続いているビジネス」と言われれば、また違った印象を持っていただけると思います。実際、一昨年に、宝塚歌劇団が100周年を迎えたことを機に、週刊ダイヤモンドや、NHKスペシャルで、そのビジネスモデルや人材育成が取り上げられました。一企業として、一事業としてなら、皆さまも関心を持っていただけるのではないでしょうか。

今回、ご紹介する書籍の著者は、車掌や運転士を務めていた阪急電鉄から宝塚歌劇団へ出向し、作品制作や大道具・衣装・照明音響等の裏方業務、事業推進、宝塚総支配人とキャリアを重ねてこられた方です。経営学者が読み解くタカラヅカでもなく、演劇評論家が語るタカラヅカでもありません。阪急グループの人間として、劇団と関わってきたからこその経験談も交えながら、宝塚歌劇100年の歴史を振り返り、なぜ、現在のような儲けられる仕組みができたのかを分かりやすく説明されている一冊です。

黎明期のミッションから生まれた「垂直統合システム」

宝塚歌劇団は、阪急電鉄が宝塚線(梅田→宝塚)の利用数を増やすため、終点の宝塚駅にエンターテイメント施設を作った、と言われています。作った、といっても、阪急が兵庫・宝塚の地に開業させた温泉施設内のプールをリノベーションした劇場でした。そのような経緯から、設立当初の宝塚歌劇は温泉利用者が無料で見られる余興であり、事業自体で利益計上することは求められず、一公演ごとの収益性よりも、温泉利用者を増やすという、阪急電鉄の旅客誘致策の一つとして、年間通して公演を実施することを重視されていました。収支上も、阪急本社の広告宣伝費扱いで処理されていたそうです。

この「旅客誘致策として、年間通して公演を実施する」というミッションが、その後、100年続く宝塚歌劇の強みに繋がることは、恐らく、かの、阪急の創始者小林一三氏も考えていなかったのではないでしょうか。
公演回数を可能な限り増やすには機動力が必要です。そのため、劇場周辺に衣装・道具の制作場や歌劇団事務所、稽古場、スタジオ、そして団員を育成する宝塚音楽学校といった関連施設を集中させたことが、100年継続するビジネスモデルの一つ、「垂直統合システム」の下地となりました。企画制作・舞台製作・販促営業が一気通貫で顧客に提供できる仕組みを支えるさまざまな工夫や施策は、ぜひ、本書で確認いただきたいのですが、宝塚歌劇が構築してきた垂直統合システムは、外部環境が変わり、部門別収支として宝塚歌劇自身が利益を問われる時代となったときに、大きく力を発揮することとなります。コスト削減のだけではなく、外注せずに自分達の手で全てを創り上げることができたために、宝塚歌劇独自の「美意識」「世界観」を守り、それをコア・コンピタンスとして生かしながら、浮き沈みの激しいエンターテイメント業界の中でも、安定的な利益を計上しつづけ、今や、宝塚歌劇が阪急グループの鉄道事業、不動産事業に続く第3の柱となり得たのです。

舞台だけではなくプロセスも商品に

阪急の経営にとって、無くてはならない存在だけではなく、国内最大級の劇団となった宝塚歌劇ですが、いまだその舞台を見たことがない、食わず嫌いの方も多いと思います。

その理由の一つとして挙げられるのが、役者としての巧さ、です。しかしながら、それは個人個人の技量の問題というよりも、宝塚歌劇が「未完成の美」を大事にしているという背景があることはあまり知られていません。事実、タカラヅカのファンの中では、好きな役者が入団1年目、2年目とキャリアを積むにつれ、技術を上げ、良い役者になっていく、そのプロセスを味わうことが一つの魅力とされています。

タカラヅカの舞台に立つには、宝塚音楽学校で2年間、芸を学ぶことが必須条件となります。逆に言うと、宝塚音楽学校を卒業すれば誰でも舞台に立てるのです。その善し悪しは別として、オーディションを受け、役を勝ち取らなくてはいけないブロードウェイの舞台とは大きな違いです。(もちろん、役の大きさは実力主義です)。また、芸能界で活動されている、天海祐希さんや真矢みきさんが元・宝塚トップスターと紹介されることがあるように、宝塚歌劇では「スター制度」を取っています。トップスターを頂点に、以下、2番手、3番手とあらかじめ序列が明確になっているシステムで、どの演目であってもトップスターが必ず主役を演じますし、役の大きさや衣装の豪華さ、パンフレットの役者紹介も序列がつけられていて、舞台を見れば、自分の好きな役者が現在どのあたりのポジションにいるのか一目でわかります。もちろん、全員がトップスターにはなれないので、自分の好きな役者がいわゆる出世街道から外れてしまったり降格してしまうこともありますが、そのプロセスも舞台を通してファンと共有しています。タカラヅカは上演舞台だけではなく、役者の成長過程やトップスターへの道程をもファンが楽しめるエンターテイメントなのです。

世界にモノが溢れかえり、いくら新しい機能を付加してもモノが売れないと報じられる昨今。
モノを売るだけでなく、プロセスをも売る宝塚歌劇は、時代の一歩先を歩んできたのではないでしょうか。
その証拠として筆者は、AKB48もプロセスを売る時代を意識し、宝塚歌劇のシステムを参考にしているのではないかという仮説もうたっています。事実、秋本康氏も、オーディションではプロダクションに所属しているような完成された子は落とすと述べており、トップスターに相当するセンターというポジションがあり、ファンは推しメンの出世街道を自分のことのように一喜一憂し、応援し続けます。AKBも宝塚歌劇同様に「未完成」を強みにしているのは間違いありません。本書では、宝塚歌劇とAKBのビジネスモデルを比較し、その他の類似、相違を明確にしているのも大変興味深い視点です。

150周年、200周年へ

100年続いたタカラヅカですが、とはいえ、このまま順調に150周年、200周年を迎えるのは難しいでしょう。宝塚歌劇も進化を求められていると思います。
そのためには、特定の人だけが楽しむというイメージ、「キワモノ」の壁を壊し、もっと多くの方に楽しんでもらえるエンターテイメントになるべきではないでしょうか。

実は、宝塚歌劇には、通称「すみれコード」というものがあり、夢の世界を提供しているタカラヅカのイメージを損なわないように、情報発信や団員の言動に気を配っています。例えば、団員の給与は口外厳禁です。そして、団員だけではなく劇団そのものも、同じように金銭の話は品のないことだという暗黙の了解があります。そういった中で、内部にいた著者が、歌劇団も一つの事業だと、その戦略を紹介することはとても画期的なことだと感じています。

筆者は、ビジネスパーソンや男性にも、宝塚歌劇に関心を持ってもらいたいという思いから筆を執ったと述べています。ぜひ、本書を手にとっていただき、タカラヅカ特有なあの雰囲気も、ビジネスの強みの一つとして分析をしてみてから、実際に劇場に足を運ばれてはいかがでしょうか。・・・案外、ハマってしまうかもしれません。

(藤野あゆみ)

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