HOMEへ戻るMCCマガジンNHK『奇跡のレッスン』

NHK『奇跡のレッスン』

2019年04月09日

「走れ!苦しみの向こうへ 陸上 長距離 レナート・カノーバ」

NHK BS1『奇跡のレッスン』「走れ!苦しみの向こうへ 陸上 長距離」

最近、久しぶりに「食い入る様にテレビを観る」という体験をしました。

小さい時からテレビっ子として育ってきたはずなのですが、ここ最近テレビと言えばEテレの幼児番組と定時ニュースの往復ばかり。気づけば追いかけているドラマもバラエティもなくなり、集中してテレビを観た一番新しい記憶は昨年のサッカーW杯くらいという有様でした。

その日も子供に合わせた早めの夕飯を済ませ、お風呂が沸くまでの時間を潰そうとなんとなくつけたテレビ。しかし、そこから2時間ものあいだ、私はテレビの前から動けなくなってしまったのです。

放送されていたのは、BS-NHKで不定期に放送されている『奇跡のレッスン』という番組でした。スポーツや芸術分野などの世界的なトップコーチを招聘し、1週間子供達に特別レッスンを行う様子を密着取材。子供達の変化と成長の様子をカメラに収めるというドキュメンタリーです。

その日のテーマは陸上長距離。「マラソン界の魔術師」と呼ばれるイタリアの名コーチ、レナート・カノーバさんが、とある公立中学校の駅伝チームを指導する回でした。私自身、学生時代を通じて陸上部だったこともあり、はじめは“中学校の陸上部”の雰囲気を懐かしく思い出しながら観ていました。
この年代特有の心と身体のバランスが上手く取れていないような、まっすぐでどこか危うい子供達の練習風景を見ながら、過去の自分と重ねて気恥ずかしくなったこともあり、そろそろチャンネルを変えようかと思っていたときのことです。レナートさんが子供達に指導をはじめました。

彼は陸上競技のコーチですので、もちろん技術的な指導もします。それは走る時のフォームであったり、足の接地方法についてであったり、私が現役であった時のトレンドとは異なるものもあり、スポーツ界の進歩の早さを感じました。

しかし、私を釘付けにしたのは精神面での指導の方でした。レナートさんは子供達ひとりひとりの練習の様子をつぶさに観察し、それぞれに応じた精神的なアドバイスをかけていきます。

例えば、練習には一生懸命なのにどこか気持ちに余裕がなく、気負いから本番では走りを崩してしまうキャプテン。彼にレナートさんがかけた言葉は

君が走るのが好きなら、レースを試験だと思わないでほしい。自分を表現できる喜びと考え、頭から怖がる気持ちを全部消すんだ。

というものでした。
キャプテンは部内でも1・2を争う実力の持ち主であり、持ち前の責任感の強さから、普段の練習においても自らの走りで部員達を牽引していました。ところが、いざレースになると自分の走りが出来ずに、自己ベストから大きく遅れたタイムでしか走れない。そのことがプレッシャーとなり、次のレースでは更に走りを崩してしまうという悪循環に陥っていました。これは、そんな不必要なプレッシャーを取り除く言葉でした。

レナートさんは番組の終盤、こうも語りかけます。

「陸上競技は遅いタイムで優勝するよりも、速いタイムで6位になることの方が価値のある競技。これからは他の人と比べないで自分の力を伸ばすことだけを考えるんだ。」

選手にとって、モチベーションとなる動機は大きく二つあります。「○●大会で優勝したい」「○●選手に勝ちたい」といった相対的なもの。そしてもう一つは「自己ベストを○●秒更新したい」「もっと綺麗なフォームで走りたい」といったような絶対的なものです。レナートさんは、責任感の強さから目先の順位や結果に囚われがちなキャプテンに、後者に主眼を置いて自分の走りを追求する歓びを追いかけて欲しいと彼に伝えました。

日常生活において、”全力で走る”というシチュエーションはほとんど存在しません。例えば野生動物にしても、全力で走るのは獲物を狩る時か逃げる時くらいで、非常に限定的なものです。全力で走ることは、それだけ肉体的にも精神的にも大きな苦しみを伴う異常な行為なのです。
そんな苦しみと向き合い続ける為には、誰かとの比較ではなく自分自身の成長をモチベーションとして欲しい。すなわち、「走ることが歓びの表現であって欲しい」というレナートさんの想いが伝わる言葉でもありました。

こうした考え方は競技に対する向き合い方を飛び越えて、人生論にも繋がるものではないでしょうか。近年、「今日の自分よりも明日の自分が少しでも良くありたい」という気持ちが摩耗しがちな今の私にとって、これは大いに響く言葉となっています。

その他にも、レナートさんは子供達へのれぞれに異なるアプローチで指導を重ねます。一般に「コーチングとティーチングは全く異なるもの」と言われていますが、指導を押しつけるのではなく、個人の課題を引き出しながら、それぞれに寄り添うレナートさんの姿勢からは、まさに一流のコーチはただ知識や経験の面で優れているから一流なのではなく、ひとりの人間にとことん向き合える力があるからこそ一流なのだということを強く感じさせられました。

私自身30代半ばに差し掛かり、家庭や組織で求められる役割が変わりつつあることを感じています。
ひとりのプレーヤーとして自らの成長・成果だけを考えて過ごしてきた人間が、自分の子供や部下・後輩に対してどのような役割を果たすことが出来るのか。おこがましくもそんなことを考えはじめていた私にとって、レナートさんのその姿勢は一つの指針となりました。
自分の考えや経験を押しつけるのではなく、きちんと相手と向き合って考えを引き出し、それに応じた働きかけが出来る。そんなおじさん・父親になりたいという想いをあらたにさせられた番組でした。

ちなみに、そんな経緯で視聴をはじめた番組の為、生憎番組の録画が出来ませんでした。
NHKでは、再放送の希望について公式サイトの「皆様の声」から連絡するか、もしくはTwitterでハッシュタグ【#NHK_rerun】をつけて投稿することで、再放送リクエストとして受け付けているようです。

決して宣伝をするわけではないのですが、この記事をご覧になって番組本編が気になった方がいらっしゃいましたら、再放送リクエストにお力添えください!
下記のツイートにご協力いただければ幸いです。

『奇跡のレッスン』陸上 長距離の再放送をお願いします。
#NHK_rerun

MCCからも投稿します!

(石井 雄輝)

メールマガジン「てらこや」で更新情報をキャッチ!

「てらこや」は、「学び」を改めて見直すきっかけとなるようなさまざまな情報の提供を目的に発行している無料メールマガジンです。慶應義塾の社会人教育機関である慶應丸の内シティキャンパス(慶應MCC)が毎月発行しています(原則第2火曜日)。