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岩宮恵子『好きなのにはワケがある: 宮崎アニメと思春期のこころ』

2020年11月10日

好きなのにはワケがある: 宮崎アニメと思春期のこころ
著:岩宮 恵子 ; 出版社:筑摩書房; 発売年月:2013年12月;

『鬼滅の刃』、もはや社会現象と呼べるほどのムーブメントとなっています。

映画『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』は公開から10日間という史上最速のスピードで興行収入は100億円を突破し、最終的には歴代最高記録を越えるのは確実と言われています。

では、現時点での興行収入歴代トップの作品は何でしょうか。
それは308億円を稼いだ、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』です。

千と千尋に限らず、『となりのトトロ』に「魔女の宅急便』、そして『もののけ姫』など、宮崎監督のアニメ映画は毎年なにかしらがテレビで放映され、高視聴率を獲得しています。
そうそう、放映の際、クライマックスで「バルス!」をリアルタイムでツイートするのがひとつの「お約束の祭り」となっている『天空の城ラピュタ』などもありますね。

…なぜ、宮崎アニメはこんなにも「また観よう」と思わせるのか。

そこに本書の著者である岩宮さんは「思春期の心理への共感」を見ます。
本書は、『となりのトトロ』『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』といった宮崎アニメの名作を題材に、思春期の心理について解説しています。

私は臨床心理士という仕事柄、思春期の人たちと会うことが多いのですが、どんなにマニアックなアニメにはまっている人でも、もしくはその逆で最新のアニメなどに関心のない人でも、ある種の教養として宮崎アニメはきちんと押さえていることがことが多いのを感じます。いや、押さえているというよりも、幼い頃に親と一緒に見た思い出のアニメとして、そして、テレビ放映されるとつい何度目かであったとしても見てしまう吸引力を持つ作品として、宮崎アニメのことが語られることが多いのです。

著者の岩宮恵子さんはここで語られているように臨床心理士であり、大学教授としても後進の指導にあたりながら、今もスクールカウンセラーとして子供たちのメンタルに向き合っています。

私事ではありますが、私の娘も臨床心理士であり、大学の博士課程に在席しながら東京某区の子供たちの、そして都内の某メンタルクリニックのカウンセラーとして活動しています。
実はこの本を私に勧めてくれたのも娘でした。

ではなぜ、娘が私にこの本を勧めたのか。
それは私がアニメ・特撮オタクであり、またコミュニケーションスキルの講師である私が心理学について勉強していることを知っている、という点もあったのでしょう。
しかしそれ以外にも、彼女から私へのメッセージがあったのではないか、私はそう考えています。

それは私の「娘」として、自分の思春期の感情について知ってもらいたかったということ。
そして本書の内容が、思春期の子供たちだけでなく、広く「成長」という視点で社会人にも示唆がある、ということではないかと推察しています。

実のところ、社会人教育の講師の立場、いや、部下を抱えるマネージャーの立場で本書を読むと、そこには様々な「学び/気づき」があることがわかります。

では、本書の内容をご紹介しながら、そのポイントについてご紹介しましょう。

となりのトトロ

『となりのトトロ』、私が最もリピートした宮崎アニメは間違いなくこの作品です。

でも、なぜか『トトロ』には、ちょっとせつなくなるほど妙に懐かしい、そんな感覚がいつまでもありませんか。大きなトトロのぬいぐるみとかあると、思わずぎゅっとだしめたくなったりすることってありませんか。「疲れたときにはなぜか『トトロ』が見たくなる」という大人も結構います。そう、トトロはいくつになって見ても、ほっとする懐かしさを運んでくれるジブリ屈指の癒やし系作品だと言えるでしょう。

わかるわー(笑)

我が家には作品に登場する「ネコバス」のぬいぐるみがありますが、これは三鷹のジブリ博物館で私が買ってきたものです。同博物館には子どもだけが触り、乗ることが許される巨大なネコバスがあるのですが、触ることができない現実に軽く絶望した経験があります(笑)

さて、ではなぜ年齢に関係なく私たちは『トトロ』という作品に癒やされるのか。

岩宮さんは、「世界との一体感」で説明します。

作品の主人公、さつきとメイの姉妹にはお母さんがいません。いや、いるのですが入院していて側にいない、「母性の不在」という現実があります。
姉のさつきはそれを認識し、我慢しています。「じぶんがしっかりしなきゃ」という意識の強い「お姉ちゃん」でいようとします。
しかし妹のメイはまだ幼く、アタマではなくココロ、つまり感情のままに行動します。それがお母さんの一時退院が伸びたことで爆発し、ひとりでお母さんが入院している病院に行こうとする。作品のクライマックスです。

しかし、さつきもまた「母性の不在」による傷を抱えていました。感情のままダダをこねるメイに「お母さんが死んじゃってもいいの?!」とキレ、自分のその言葉でくすぶっていた不安が堰を切って溢れてしまいます。そしてメイがいなくなったことを知り、自分のせいだと思い込みます。

さつきが頼ったのは…トトロでした。

そこからエンディングまでの流れはここで言うまでもないでしょう。

さて、作品のコアテーマとも言える「母性の不在」。
しかしこの「母性」とは、単に「お母さんの性質」のみを意味しません。

「母校」「母国」や「母艦」「母屋(おもや)」という言葉からもわかるように、「母」には「出身」や「守り育てる存在」という意味があります。「母なる地球」もそうですね。
つまり「母性の不在」とは、「守られているという感覚の欠如」、言うなれば「無条件で自身を肯定し、包み込まれている一体感がない」と言えるでしょう。

だからその「代替」としてトトロやネコバスが存在したのです。
しかしそれらはあくまでも「代替」であり、さつきやメイが真に求めていた母性、一体感はお母さんだった。
思春期になると、おおっぴらにそうした一体感を求めるのは難しくなります。それは当然「オトナになることが求められる」から。だからメイより、さつきの方が苦しんでいたとも言えます。

しかしそういう見方をすると、「代替」であったトトロの立場に同情すらしてしまいます。
「子どもの頃は見えていたものが見えなくなる」とはよく言われますが、オトナになる、成長するプロセスでは何かを捨てざるを得ないこと、そして捨てられたモノはそれを受け入れるしかないのも現実なのでしょう。

さて、この「母性」と「世界との一体感」を私たちオトナ、そしてビジネスに照らし合わせると何が見えてくるでしょうか。

それはこの後、『千と千尋の神隠し』と併せて考えていきたいと思います。

千と千尋の神隠し

冒頭でも述べたように、本作品は日本における歴代興行収入のトップに君臨しています。(もうすぐ2位になるのでしょうが)

本書では二章に渡ってこの作品を取り上げていますが、ここでは特にヒロインである「千」、名前を湯婆婆(ゆばあば)に奪われる前は「千尋」に寄り添う「ハク」の言葉にフォーカスしてみたいと思います。

千尋とその両親が異界に迷い込んだときから千尋のことを気に掛けてくれた少年「ハク」。
岩宮さんは、ハクが千尋に、そして千に掛けた言葉に臨床心理士ならではの分析を行っています。

千尋の味方だというハクに、千尋は必死の形相で「お父さんとお母さんは?! どこ?! ブタになんかなっていないよね」としがみつきます。こんなふうに訊かれると、ブタになっているかどうかという実をどう伝えればよいいのかということで悩んでしまうのが普通ですよね。ところがハクはそのような答え方をしません。千尋の不安を和らげ、信頼関係を築くことができるような、ほんとうに素晴らしい言葉を言います。ハクは「今は無理だが、必ず会えるよ」と静かに千尋の肩に手を置くのです。

相手が聞きたいことにストレートに答える。
これはビジネスコミュニケーションの基本の「キ」であり、私も「イシューを押さえる」という言葉で講義の中でも伝えています。

ただ「相手が聞きたいことに答える」とは、相手の質問にそのまま答えることではない、ということがハクの言葉から見えてきます。

千尋は確かに「お父さんとお母さんは?! どこ?! ブタになんかなっていないよね」と言いましたが、実のところ「ブタになっかどうか」が知りたいのではありません。
実際彼女は両親がブタになったところを目撃しているわけで、千尋のこの問いかけは「この不安と恐怖をなんとかしてほしい」という「お願い」であり、質問ではないのです。
ハクの答えは千尋の質問に対してはぐらかしているように見えて、実は的確な「期待した答え」なのです。

また、ハクの高いコミュニケーション能力はこんな場面でも発揮されます。

千尋はハクに言われたとおり、橋を渡る間、手で口を覆い、必死で息を止めていました。そして本当にあと少しで渡り終える……というところで、顔の前に飛んできたカエルにびっくりした千尋は、思わず息を吸ってしまいます。(中略)「気づかれたな」とつぶやくハクに、千尋は「ごめん。私、息しちゃった」
ほんとうに申し訳なさそうに謝るのです。

さて、ハクはこの千尋の謝罪になんと返したのか。
私なら、「大丈夫、プランBに変更する」とか答えるかもしれません(笑)が、普通は「仕方ないよ」とか「気にするな」と返す人が多いでしょう。

しかしハク様(様!)は違います。彼はこう答えたのです。

「いや、千尋はよくがんばった」

…一本取られました(笑)
確かにこのシチュエーションで千尋がほしいのは「プロセスに対する評価」です。結果はダメだったことは本人もわかっている。だから認めてほしいのは「頑張った」プロセスなのです。さすがとしか言えません。

さて、まだまだご紹介したい部分はあるのですが、このくらいにしておきましょう。しかし、ここでご紹介した部分だけでも、私たちが「仕事」の中で、特に仲間である同僚や後輩、部下の「成長」という視点で意識すべきポイントが見えてきたはずです。

『となりのトトロ』からは「守られ、育てられているという実感」が重要であること。
そしてそのために重要となるのが、『千と千尋の神隠し』のハク様の言葉からもわかるように「相手を安心させる言葉」や「プロセスを褒めること」を意識するということ。

私も今さらながら「クラスでの一体感」のために意識したいと思います。

…しかし本当に映画っていいものですね。

(桑畑 幸博)

好きなのにはワケがある: 宮崎アニメと思春期のこころ
著:岩宮 恵子 ; 出版社:筑摩書房; 発売年月:2013年12月;

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