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大黒 達也『音楽する脳』

2022年04月12日

音楽する脳
著:大黒 達也; 出版社:朝日新聞出版(朝日新書); 発売年月:2022年2月; 本体価格:810円

「クラシックを聴く人はなぜ頭がいいのか?」

帯にあるこの言葉に惹かれ、この本を手に取る方は多いかもしれません。
しかし、私が引っかかったのはそこではなく、タイトルそのものでした。

「音楽する脳」

脳が音楽するとはどういうことか。いや、そもそも「音楽する」とはどういうことなのか。
脳が音楽を奏でているということか、それとも脳が音楽を音楽として認識したり、また楽しむことをもって「音楽する」と表現しているのか。

そういえばこれを書いた人って…

著者である大黒 達也(だいこく たつや)氏は、脳・神経科学の医学博士でありながら、幼少期から作曲を学び、ピアノ・ソナタ、オーケストラ、室内楽、即興曲、ジャズ、コンピュータ音楽等あらゆるジャンルの曲を制作しています。

人間の創造性を脳の発達から解き明かすことを、音楽の視点から研究されています。

「考える」ことについて考えることを生業とし、ハードロックやクラシック音楽を聴くこと、そして以前は作曲も趣味としていた私にとって「大好物」の分野ではありませんか!

さて、あなたはどんな音楽がお好きでしょうか?

「ジャズが一番」という方もいるでしょうし、「いやいや今のアニソンはすごいよ」という方もいるでしょう。
また私のようにクラシック音楽(マーラー推しです)からハードロック(今でもホワイトスネイクやイエス他を愛聴)、そしてウマ娘の楽曲(うまぴょい伝説は名曲です)と、様々なジャンルが好きな方もいるはずです。

では次の質問。
あなたが好きな音楽は、幼少期から変わりませんか?

たぶんこの問いに「YES」と答える方はいないでしょう。
お母さんの歌ってくれる童謡からスタートし、アンパンマンのテーマソングへ、その後はアイドルの曲から海外のアーティストへ、そして歳を重ねた末にクラシックやジャズへ、といった具合に「好きな音楽の変遷」は誰もが経験しているはずです。

また、クラシック音楽だけをとっても、「耳に心地よいモーツァルトやバッハ」から「楽曲全体のストーリーのベートーヴェンやチャイコフスキー」へ、そして「不協和音すらも緊張感や陰りとして楽しむマーラーやストラヴィンスキー」へ、と「同じジャンル内でのマイブームの変化」があります。
ちなみにこの変化は私自身のお話です。

しかし、なぜこのような「好きの変遷」は起きるのでしょうか。
様々な理由が考えられます。

親や幼稚園、学校などが「教育として与える順番」がそうなっているから。
友達や兄弟、家庭など、「コミュニティの多数派」に影響されるから。
自我の発達に伴い「背伸び」しようとするから。

確かにこうした要因はあるのでしょう。
しかし、それだけではない。
私たちの経験による「脳の成長」も大きな要因です。

本書はこうした素朴な疑問や問いに対して、脳科学と数学を使って答えを探していきます。

音楽は間違いなく、世代や文化の枠を超えて私たち人間と共に生きてきた「最高のパートナー」です。
なぜ、人間には音楽が必要なのでしょうか?
どうして私たちは音楽に感動するのでしょうか?
(「はじめに」より)

「脳の成長」、それは私たち個人の問題にとどまりません。本書では「脳の進化」という長い時間軸で、人類の脳がどうやって音楽とともに歩いてきたかも解き明かしてくれます。

「音楽とは色とリズムを持った時間だ」
これはフランスの作曲家、ドビュッシーの言葉です。

単なる「音」と「音楽」を分けるものはなんでしょう。

例えば、自動車のクラクションは「音」と「音楽」のどちらか、と問われたら「音」と答える人がほとんどでしょう。
しかし、単に「ブーッ」となるクラクションは「音」と認識しても、それが「ブッブブブッブッブー」とリズムを持って鳴らされたら?
そしてクラクションの音をサンプリングして音程の変化があったら?
さらにそれが単音でなくハーモニーを持っていたら?

それは最早「音楽」と認識せざるを得ないでしょう。

ドビュッシーの言うように、「リズム」を持った時間、そして音程や音色の変化と組み合わせ(ハーモニー)による「色」を持った時間、それが「音楽」と言えます。

さらに掘り下げて考えていきましょう。

「リズム」の心地よさとは、何によって決まるのでしょうか。
本書によれば、そのテーマは研究途上ではあるものの、人間の脳波との関連性が見えてきているようです。

では、音程の変化、つまりメロディは?
そもそも、メロディを作る上で必要不可欠な「音階」、具体的に言うと「ドレミファソラシド」はいつ、誰が決めたのでしょうか?

いずれ「チコちゃんに叱られる」で取り上げられるであろう音楽史の領域も、筆者は数学の理論も使って説明してくれます。

もちろん、「音楽は、そんな小難しいことなんか気にせずに楽しめばいい」と言う方も多いでしょうし、それも何も間違っていません。
しかし、自分の好きな音楽のジャンルや曲、楽器、そして作曲家や演奏者たちの研究や試行錯誤のプロセスを「科学的に理解」できれば、もっと音楽を楽しむことができると思うのです。

私個人も、「何で決して心地よいメロディばかりではないマーラーの交響曲に惹かれるようになったのか」という疑問が氷解し、「次はここに着目して聴いてみよう」という「新たな楽しみ方」が見えてきました。

そして著者の想いも、単に「学究」を越えたところにあります。

話は変わりますが、昨今のコロナ禍により音楽家はコンサート活動を全く行えない期間が数年続いています。
(中略)
しかし、過去も現在も、このような社会的に大変な時こそ音楽が活躍してきたという人間の歴史があります。
(中略)
昔の人は生きていくためになくてはならない農作物の収穫を神に願って音楽を奏でました。また、アメリカによる奴隷解放後、自由な時間を得た黒人たちが神ではなく「自分たち」について歌い出したのがブルースの起源だと考えられています。
(中略)
感情を表現するということは、人が生きていく上でなくてはならないものであることは誰しもが理解しています。しかし現代では、言語と同等に重要であるはずの「音楽」に関してはなぜか「自粛できるもの」と考えてしまう傾向があります。
(「あとがき」より)

そう、音楽とは人間にとって「なくてはならない最高のパートナー」なのです。

著者の「音楽と人間への愛」が根底に流れた『音楽する脳』。
音楽が好きで考えることも好きなあなたに、ぜひ手に取ってほしい一冊です。

(桑畑 幸博)

音楽する脳
著:大黒 達也; 出版社:新朝日新聞出版; 発売年月:2022年2月; 本体価格:810円

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