今月の1冊
2022年06月14日
堀田 一芙『老いてからでは遅すぎる』
文章がかろやかで、爽やかだ。ご本人のようだ、と思った。そう、文章に人は、スタイルは表れる。
著者堀田一芙さんになんどかお会いしたことがある。パッションがあって行動的、ユニークで面白い方、ぶれない、しなやかな方。そんなスタイルのある素敵な大人の方である。
本著は堀田さんが75歳になられたことをきっかけに、ご自身のライフスタイル、ビジネススタイル、人生のスタイルを文章に綴られたもの。その背景からは堀田さんの人生そのものが見えてくる。
読み終えて私は驚いた。苦しかったミッションも、転機となった決断も、幸運だった出来事も。仕事のことも趣味や家族のことも。人生のエピソード、すべてが同じように、かろやかに爽やかに綴られていたからだ。そういう経験の意味づけと、人生の振り返りができるとはなんて素敵な大人だろう。そんな大人に私もなりたいと憧れる。
さて、スタイルをいくつかご紹介したい。
27.「勝利の女神は、面白いほうに微笑む!」
堀田さんは1947年生まれ。1969年に大学を卒業し、日本アイ・ビー・エムに入社する。
いまでは日常に不可欠なパソコンがまだなかった時代。IBMからはThinkPadが発売され、市場独占するかの勢いで、その強さと存在感を示した。
しかし始めから順風だったわけではなく、国産メーカー含め勢いと力のあるライバルが揃い、激しく厳しい競争だった。戦いの流れを変え、IBMが勝利を決めたきっかけは“秋葉原での奇襲”。堀田さんは当時パソコンの販売責任者で、その仕掛け人であった。
「勝利の女神は、面白いと思ったことを懸命にやる側に、いつでも微笑むもの」
と堀田さんはこの奮闘を振り返る。
どうだろうか。ビジネスではどうしても面白いかより、実績があって安心で、リスクの少ない堅実な案が選ばれる。日常でも面白いと思うことがあっても、やらないこと、思うだけのことは多い。
いやいや、面白いことを懸命にやるからこそ勝てるのだ、という堀田さんの言葉は、結果を出しているだけに説得力がある。さらに、新しい発想や結びつきがますます求められる現代にはストレートに響く。思い切って面白いと思うアイデアでチャレンジしてみようではないか。そして、面白いと思うことがあるなら、いますぐやろう。人生は誰かと戦うものではないけれど、面白いことを始めなければ女神はこちらを向いてもくれまい。面白いほうを懸命にやってみよう。
14. 大丈夫
パソコンの次に堀田さんはソフトウェア事業の建て直しのミッションを担う。
「ガンバレとも言えないような厳しい状況」。負の遺産とともに部下も処分し、業績で結果を出そうと「無理もした」と堀田さんは振り返る。おおくは語られていないが、言葉が少ないだけにかえって伝わってくるものがある。
ある日、会合のあとに車で袋小路の道に入り込む。行き止まりにあった禅寺で堀田さんは立ち止まる。門には墨で「大丈夫」の文字。その下に「昨日を忘れ、今日を喜び、明日を楽しむ」との言葉。
頑張っているがしんどい、頑張らなくてはと思うが動けない、頑張れという言葉が余計につらいときがある。大丈夫と抱きしめたぬくもりに、何より励まされた経験が私にもなんどもある。堀田さんにとってこの禅語はきっとそんな「大丈夫」だったのだろう。
翌日から部門のキャッチフレーズとし、指針とし、奮起する。後に自腹で「大丈夫賞」をつくり、部下メンバーを応援する。そして「今日を喜び、明日を楽しむ」こそ、堀田さんの現在にも続くスタイルだ。
44.私がブランドです
堀田さんはずっと、オーダーメイドの背広をお召し。革鞄はデザインからオーダー。ただし背広は夏冬2着ずつのみ、鞄は一生つきあう覚悟で。良いものにこだわり、選び、大切に丁寧に長く使い続けてこられた方だ。それが堀田さんのスタイル。
「物に自分の生きざまがしみ込んでゆく」魅力があると、堀田さんは誇らしげだ。そんなサステイナブルな物とのつきあい方は現在でこそ共感されようが、堀田さんがビジネス最前線で奮闘されていた時代の価値観ではなかったろう。恵まれた堀田さんだからできたことでしょう、とても堀田さんの真似はできない、と若いころから言われ続けきてそうである。
その思考はいまの私たちにもつきまとう。だからこそ「あなたなりのスタイルを作ろうとして欲しい」という堀田さんからのメッセージをしっかり私は受けとめたい。スタイルは自分らしく、自分なりに、自分のスケールで見つけ楽しめばよいのである。
ただし時間がかかる。自分の好み、こだわり、理想はなにか。自分にとって価値あるものとは、本当にほしいものは、なんなのか。見つけるまでにも、それに叶うものに出会うまでにも、時間がかかる。さらに、共に過ごし“生きざまが沁みこんでいく”ことを楽しむ時間はできるだけ長いほうがいいに違いない。いつかでは遅すぎる。いまから自分スタイルを探し始めよう。
75.老いてからでは遅すぎる
私が堀田さんに初めてお会いしたのは20年ほど前。IBM常務のころだ。堀田さんご夫婦と私の母が同じ海外からの留学生をサポートするボランティア活動をしていたのがきっかけだった。
庭で日本ミツバチを飼い、燻製をつくるために窯まで建てる。どなたに対しても分け隔てなく接し、自家製のハチミツやハムでもてなす。IBMのお偉い方ですごい方であると後から知って、驚いたが納得した。個性があってそれを貫く芯と行動力がある。素敵な大人とはこういう方なんだなと当時も思った。
堀田さんはIBM退社後、いくつかの組織や経営職をへて、2015年「熱中小学校プロジェクト」を立ち上げる。コンセプトは、大人が小学生時代の好奇心をもって学び直す場。地域に根差したこの活動は現在、国内20校、海外1校に成長している。
そのひとつの道中だった。3年前、高知の空港でばったり堀田さんにお会いしたことがある。私はときおり参加している市民オーケストラの演奏会に向かうところで、それを知ると瞬時に堀田さんはスケジュールをめくられていた。「ああ残念。どうしても間に合わない」とおっしゃるので驚いた。本気だったのだ。こんな小さなエピソードからも堀田さんのスタイルは伝わってくる。
熱中小学校と慶應MCC。かたちは異なるが共に大人の学びを応援する仕事に携わっている。堀田さんは大学、人生、すべてにおいて先輩であるが志を同じくすることが私は誇らしい。だからなお共感し、この本と堀田さんのことをご紹介したいと思った。
「「遅かった」「もっと早く始めていればよかった」そう思ってからでは遅いですよ。
さらには、「老いるまで待つなんて、もったいない!」」堀田さんの声が聞こえる。
(湯川真理)
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