HOMEへ戻るMCCマガジンペルトを知っていますか

ペルトを知っていますか

2022年11月08日

アルヴォ・ペルト(Arvo Pärt)。

1935年生まれで御年87歳。バルト三国のエストニア生まれの作曲家です。大きなジャンルとしてはクラシックですが、時代的には現代音楽の領域と言って良いでしょう。

私が初めてペルトの音楽に接したのは今から11年前、NHK交響楽団の定期演奏会でのジョナサン・ノット指揮、「ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌」でした。
現代音楽に対してあまり良い印象を持っていなかった私ですが、その静謐さと荘厳さ、しかしながら単に美しいだけでなく暖かさと寂しさが同居したその響きに魅了されました。

さて、ペルトとその曲についてお話しするために、「現代音楽」について触れておこうと思います。

クラシック音楽というと、あなたはどんな音楽をイメージするでしょうか。
ベートーヴェンやブラームス、そしてマーラーのような壮大なオーケストラ曲をイメージする方もいるでしょう。あるいはモーツァルトのようなBGMにもなる美しい響きや、ショパンやラフマニノフといった心に残るピアノ曲が思い浮かぶ人もいるでしょう。

現代音楽は、そうした「一般的なクラシック曲」の殻を破ろうと作曲家が抗った結果として生まれました。ジャンルとしては全く異なりますが、従来の型にはまったロックを「退屈」と考えた若者が生み出したパンクロックや、わかりやすい因果律への反発から生まれた不条理演劇、そして絵画におけるシュールレアリスムなども、精神としては「過去との決別」という点で近いプロセスを持っています。
いわば「アートは破壊者によって生まれ変わる」のです。

この現代音楽の起源と定義は明確には定まっていませんが、一般的には第二次世界大戦後の前衛的なクラシック曲を指すことが多いようです。
その特徴は、言ってしまえば「なんでもあり」。ハ長調といった調整を無視した「無調」の曲(端的に言えば不協和音満載の聞き苦しい曲と思ってください)もあれば、ジョン・ケージの『4分33秒』のように「全く演奏しない」曲まで生まれました。

ここで補足。ケージは何もふざけてこの曲を作ったわけではありません。奏者が演奏していなくても、その場には必ず「音」がある。それは風の音や観客の咳払い、あるいは自身の血液の流れる音であり、それらに耳を澄ますのも音を楽しむこと、音楽だと考えたのです。

もちろん、最初から「何でもあり」の現代音楽に背を向けていた作曲家もたくさんいます。指揮者としても有名なバーンスタインは『ウエスト・サイド物語』をはじめとした名曲を多く残していますが、『スターウォーズ』他のジョン・ウイリアムスや『ニュー・シネマ・パラダイス』他のモリコーネなど、映画音楽やミュージカルの作曲者などはあなたもご存じでしょう。

こうした現代音楽の時代にペルトも研鑽を積み、数々の曲を送り出します。不協和音の多い『交響曲第2番』などは「これぞ現代音楽」と言える作品です。

しかし彼は壁に突き当たります。
自分が本当に創るべきはどのような音楽なのか、それが見えなくなってしまったのです。

彼は救いを西洋音楽の原点に求めました。その過程でグレゴリオ聖歌の研究にも没頭した彼は、宗教そのものにも深く関わるようになります。

そこで彼が行き着いたのが「ティンティナブリ」という様式でした。

ティンティナブリは、「鐘鳴り」と訳されます。
では、ここであなたも「鐘の音」を思い出してください。

私たちになじみの深いお寺の鐘は、突いた瞬間に「ゴーン」と鳴ります。しかしそれで音が消えるわけではなく、私たちの耳は繰り返しながら徐々に小さくなる鐘本来の低い金属音や、周りの空気を震わせながら広がっていく細かな泡のような響きをとらえているはずです。
キリスト教の教会の鐘は「カラーン」と、また教会の中にある小さな鐘なら「キーン」と、最初の音こそ違え、鐘は「鳴った後の響き」にこそ味わいがあると思いませんか。

ペルトはこの「鐘鳴り(ティンティナブリ)」というコンセプトにたどり着き、覚醒します。

その後の彼の作る曲は、古き良きクラシックの和声に基づいた美しい響きを取り戻します。
しかし決してそれは過去への回帰ではありませんでした。

和音はとてもシンプル、かつととてもゆっくりしたテンポが一定で続きます。
上下動の少ないメロディを何度も何度も繰り返しながら、淡々と曲は進んでいきます。

これだけ聞くと「単調な耳に心地よいだけのBGM?」と思われる方もいるでしょう。

しかしそれは明らかな間違いです。
昔から存在する数少ない部品しか使っていないにも関わらず、ペルトの紡ぎ出す音楽は唯一無二。ペルトにしか産み出せなかったであろう「鐘鳴りをコンセプトとした現代音楽」が私たちを包み込みます。

論より証拠、彼の代表曲のほんの一部をご紹介しましょう。

『鏡の中の鏡』(チェロとピアノ)

チェロはレオンハルト・ロチェク、ピアノはヘルベルト・シュフの演奏です。

まさに「鐘鳴り」を体感できる、私のお気に入りの曲です。「静謐」を音にするとこの曲になると思えるほどゆっくりと静かに、しかし美しい「鐘鳴り」がここにはあります。
不思議なことに、私はこの曲を聴きながら何かの映像を思い浮かべることはありません。昼でも夜でも、また森の中でも街の雑踏の中でも耳と頭、そして心を解放することができる。そんな力がある曲だと思います。

ちなみにこの曲は元々はチェロでなくヴァイオリンが使われており、またヴィオラ版もあります。それぞれに味わいがあるので、ぜひ聞き比べてみてください。

『フラトレス』

パーヴォ・ヤルヴィ指揮、エストニア国立交響楽団の演奏です。
こちらはオーケストラ曲、静謐でありながら荘厳な曲ですが、バロック音楽の通奏低音を思い起こさせる低弦の響きは大聖堂の鐘を連想させます。
10分弱の演奏ですが、永遠に続いてほしいとすら思わせるのもペルトならではです。
演奏するのは、そう、ペルトの故郷エストニアのオーケストラ。指揮もエストニア出身でNHK交響楽団の主席指揮者としておなじみのヤルヴィです。
ソビエト連邦に振り回されたペルトと祖国への想いも感じられる演奏です。

さて、ペルトという作曲家について知り、そしてその曲を聴いてあなたは何を感じましたか。

コロナ禍による暮らしと働き方の大きな変化、そして終わりの見えないロシアのウクライナ侵攻に円安による値上げラッシュ。
他にも資源や環境問題、差別に格差など、私たちはとても「大変な時代」に生きています。
しかしこんな時代だからこそ必要とされる音楽があり、そのひとつにペルトの曲があると思うのです。

拙稿で興味を持たれた方は、ぜひ他のペルトの曲も聴いてみてください。
最後に、入門書に最適なCDをご紹介して〆としたいと思います。

『鏡の中の鏡 – ペルト作品集』

先に述べた『鏡の中の鏡』のヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ版の聞き比べができます。

『The Very Best of Arvo Part』

ベスト盤のうたい文句に恥じない全30曲の2枚組CD。特筆すべきは、ペルトの得意ジャンルとも言える合唱曲が多数収録されている点です。人間の「声」による鐘鳴りも必聴です。

(桑畑 幸博)

桑畑 幸博(くわはた・ゆきひろ)→講師紹介
桑畑 幸博
  • 慶應MCCシニアコンサルタント
大手ITベンダーにてシステムインテグレーションやグループウェアコンサルティング等に携わる。社内プロジェクトでコラボレーション支援の研究を行い、論旨・論点・論脈を図解しながら会議を行う手法「コラジェクタ®」を開発。現在は慶應MCCでプログラム企画や講師を務める。
また、ビジネス誌の図解特集におけるコメンテイターや外部セミナーでの講師、シンポジウムにおけるファシリテーター等の活動も積極的に行っている。コンピューター利用教育協議会(CIEC)、日本ファシリテーション協会(FAJ)会員。

メールマガジン「てらこや」で更新情報をキャッチ!

「てらこや」は、「学び」を改めて見直すきっかけとなるようなさまざまな情報の提供を目的に発行している無料メールマガジンです。慶應義塾の社会人教育機関である慶應丸の内シティキャンパス(慶應MCC)が毎月発行しています(原則第2火曜日)。