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今月の1冊

2023年09月12日

景山 洋平『「問い」から始まる哲学入門』

「問い」から始まる哲学入門
著:景山洋平; 出版社:光文社(光文社新書); 発行年月:2021年10月; 本体価格:840円

“哲学”

この言葉に、あなたはどのような印象を持ちますか?

「簡単なことを小難しく考える」のような、なんとなくとっつきにくい。そうしたイメージをお持ちの方もいれば、「自分が大切にしている判断する際のよりどころ」をイメージする方もいるでしょう。

以前の私も、こうしたネガティブかつポジティブな2通りのイメージを哲学という言葉に抱いていました。

しかし「考える」こと自体を生業とし、かつ「考え方」を研究する立場にシフトしてから、私はこの哲学という概念と無縁ではなくなりました。
また、師である妹尾堅一郎先生の「哲学やってない人はダメ」という言葉も背中を押してくれました。

そうして30年近くが経ち、私なりの哲学の定義が固まりました。

私は、「名詞として哲学」と「動詞としての哲学」を分けて考えます。

1. 名詞としての哲学
 文字通り学問の一つとしての哲学。全ての学問の祖であり、常に「なぜ」を問いかけることで、この世の森羅万象の本質を明らかにしようとしてきました。また、「哲学史」の研究なども含まれます。
 また、上記「自分が大切にしている判断する際のよりどころ」のような「人生哲学」や「経営哲学」なども「名詞としての哲学」に分類されます。

2. 動詞としての哲学
 「哲学する」ことを表す。上記「簡単なことを小難しく考える」もこれですが、確かにそうした面はあるものの、私としてはポジティブに「唯一の正解のない問いに対して手を抜かすに考えること」と定義しています。

そしてより重要なのは動詞としての哲学、つまり「唯一の正解のない問いに対して手を抜かすに考えること」だと考えます。

経験と狭い/古い常識だけで「この問題の原因は○○に決まってる」と決めつけたり、「考えるだけ時間の無駄」と思考を放棄してしまったり、あるいは「有名な○○さん(あるいは「みんな」)が言ってた」と鵜呑みや右へならえをしてしまう。

これらこそ「手抜き」以外の何者でもありませんし、その手抜きの思考によって「手抜き工事」と同様の様々な問題が後に起こってしまうのです。

もっと自分に、時には誰かに対して「なぜ?」や「どうやったら?」といった「問い」を投げかけ、決めつけや鵜呑みすることなく考え抜くべきなのです。

…さて、前置きが長くなりましたかか、今回ご紹介する『「問い」から始まる哲学入門』は、この「問い」をキーワードとして「名詞としての哲学」を概観するとともに、それを通して私たちに「動詞としての哲学」の重要性を訴えかけます。

本書のプロローグで、著者はまずこう問いかけます。

「問う」とは何をすることでしょうか。
しばしば「自分の問いを持て」と職場や学校では言われます。そこでは、解決すべき社会のニーズや、解明すべき学問上のテーマを自分で見つけ出すことが要求されます。
また、個人の生活でも、進学や就職、転職、さらには結婚など人生の分かれ目で、自分がどう生きるべきか、私たちは自分に問いかけます。そこで求められるのは自分に本当にふさわしい選択について熟慮することです。
(中略)
これらの「問い」に「答え」はあるでしょうか。

「問い」の重要性を述べながら、「でも唯一の正解はない」と突き放す。
ここで「それでも考えなければ」と思えるのか、反対に「だから考えても仕方ない」となってしまうのか、言うなれば「哲学する意志があるかどうか」を読者は問われます。

しかし、唯一正解のない問いに正対する、言い換えれば不確実な答えを求め続けることへの不安と虚しさを認めた後、著者はこう続けます。

けれど、私たちは問うべきです。なぜなら、不確かさに向かい合って問うことは、不確かな世界のただ中に身を置く私たちの生を肯定して引き受けることだからです。
この世界には、数え切れない無数の人びとがそれぞれのかけがえのない人生を生きていて、夜空の星々のように、謎に満ちたそれぞれの現実に向かい合っています。「問う」とは、みずからそ自身のうちにその光を見いだし、いわば人間であることをあらためて取り戻す行為です。

いかがでしょうか。
問うこと、問い続けることの不安や虚しさに立ち向かう勇気が湧いてきませんか。

では、「自分なりの問い方」をどう見つければよいのか。
本書では、様々な哲学者たちを紹介しながら、彼らの「問い方」を参考に、それを見つける手助けをしてくれます。

哲学者たちの探求と苦悶の歴史をひも解きながら、人間だけに許された「考え方の開発史」をたどり、その中から「自分もこう考えてみようかな」という考え方のロールモデルを見つける旅に出ることができます。

まずはソクラテス。
誰彼構わず街中で「問い」をしかけ、常識を疑うこと、そして自分の頭で考えることの重要性を市民や為政者に認識させようとした彼は、その行動から危険視され、死罪となります。
己の死を賭して「哲学すること」を体現したソクラテスは、本書のトップバッターとしてふさわしいと言えるでしょう。

その後も著者の研究対象とも言えるハイデガー(存在論哲学)、カント(批判哲学)、ニーチェ(実存主義)にレヴィ=ストロース(構造主義)などの哲学を、彼らがどのような「問い」を立てていたのか、という切り口で紹介していきます。

先に私は「考え方の開発史」と言いましたが、哲学史の勉強が本書の趣旨ではないため、時間軸はバラバラです。切り口はあくまでも「問い」ですから、問いの立て方の類似性からそのような構成としているのでしょう。

さて、ここで私はあなたに言っておかないといけないことがあります。

本書はタイトルで「哲学入門」とうたっていますが、読者にとって易しい、とっつきやすい本ではありません。
内容的には、全く哲学に触れてこなかった人でも、自身の「考え方を考える」参考にできるものなのですが、少々語り口が固く、専門用語も多いからです。

しかし、そこで挫折するのはもったいないです。
著者も「よくわからないところは読み飛ばしていい」と言っており、私も正直「ここは現代の我々でも「なるほど」となる事例やメタファーがほしい」と何度か思いました。
特にハイデガーの考え方については、まだ理解したとは言えず、悔しいので娘からもらった彼の「存在と時間」をその解説書とともに読み直したいと思っています。

本書の読み方としておすすめしたいのは

・わかりにくい部分を読み飛ばしながらざっとでも読んでみる。
・その中で気になった問いや哲学者についてネットで情報収集してみる。

です。著者に対しては失礼な、邪道とも言える読み方ですが、知識を得るのが目的でなく、「自分なりの考え方」を確立し、拡大させていくことが目的ですから、決して間違った読み方とは思いません。

また、こうした読み方をすることで、自分が気になった問いが見つかることで、「自分の考え方の癖」も見えてきます。

私は、既に知っていたはずの「神は死んだ!」と叫んだニーチェの項で、それに気づくことができました。

私が気づいた「思考の癖」、そして私が最も大切にしている「問い」。

それは「言葉の定義」です。

「神の定義は?」といった壮大な問いは日常ではしていませんが、「それが「悪い」って君は言うけど、その場合の「悪い」ってどんな定義なの?」といった問いはけっこうやっています。我ながらとても面倒くさい人間だと思います。

しかしプライベートな雑談ならまだしも、仕事におけるコミュニケーションや会議において、この「定義を問うこと」はとても大切です。

「これにより○○を充実させていきます」と誰かが会議で述べたとして、あなたは「充実の定義」が気になりませんか。
私なら「すいません。何がどうなったら○○が充実した、と言えるのでしょうか」を問います。
「充実」という「いいこと言ってる感は満載」な言葉で、なんとなく納得させられるのがたまらなく嫌なのです。別に反対したいわけではなく、理解したい、正しく認識したいだけなのです。
なんとなく「わかったつもり」になって、後から「そういう意味だったの?」と落胆したくない、だから定義を「問う」のです。そしてその定義に唯一の正解などあろうはずもなく、その人なりの定義で構わないのです。

さらに言えば、そこで「充実」の定義が明らかになれば、「それだったらこういうやり方の方がいいのでは」という代案も出てくるかもしれません。
そうすれば会議はもっと生産的なものになるはずです。

「思考の解像度を上げる」ことで効果的・効率的な思考と議論を行う、それが「定義を問う」ことの意味なのです。

さて、最後にもうひとつ、著者が本書の「問い」という言葉に込めた意味についてお話ししましょう。

それは「誰に問うのか」ということ。

私はこれまで、主に「自分自身に問う」ことを重視していました。先に述べたように、「哲学する」とは「唯一の正解のない問いに対して手を抜かすに考えること」と定義していたからです。

しかし著者は言います。

問いの本質は対話である

と。

確かに、「なんであんなこと言ってしまったのだろう?」という自問自答にしても、現在の自分と過去の自分との「対話」と言えます。

また、個人の経験や知識には限界があり、どうしても経験則や少ない知識で前例踏襲型の無難な答えを出してしまいがちです。
さらに視座(どの立場でモノゴトを見るか)、視野(時間的・空間的な見る範囲)、視点(何に着目するか)も固定化しやすく、やはり個人「だけで」考えるのには限界があります。

だから自分とは異なる視座・視野・視点を持った誰かとの「対話」が必要です。
できれば職種や経験、考え方の違う「誰か」に対して、お互いに「問い」を投げかけ、一緒に考える。

「なぜそう思います?」や「他には何が考えられますか?」といった問いを通して、ひとりでは思いつかない「答え」が出てくる。
「ああ、それ良いですね。とするとこういうアイデアはどうでしょう?」とお互いの答えを否定せず、コラボレーティブなやり取りを行う。

このプロセスこそ、「問いかけ合うことで唯一の正解のない問い(テーマ)に対して手を抜かずに考え、議論する」ことではないでしょうか。

(桑畑幸博)

「問い」から始まる哲学入門
著:景山洋平; 出版社:光文社(光文社新書); 発行年月:2021年10月; 本体価格:840円
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