KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

2005年03月08日

『なぜ選ぶたびに後悔するのか 「選択の自由」の落とし穴』

著者:バリー・シュワルツ 訳:瑞穂のりこ
出版社:ランダムハウス講談社 ISBN:4270000384
本体価格:1,800円 (税込:1,890円); ページ数:282
http://item.rakuten.co.jp/book/1722661/


「たくさんの選択肢の中から自由に選べる」ことは、すばらしいことだと思いませんか?
昔は赤か黒しかなかったランドセルが今や20色以上から選べ、進学・就職・結婚なども「するかしないか」という次元からさまざまに選択できる時代です。選択肢の数が増え、自由に選べることは、個人の充足感を高め、生活の質を向上させます。
だから選べる選択肢の数と個人の満足度は比例関係にあるはずなのですが、本著では、選択肢の増加と選択の自由を歓迎し続けることに注意を喚起しています。著者は、ある程度の選択肢は確かにプラスの価値が多く人を幸せにするけれど、それが際限なく増え続けると選択は苦痛や負担になり、さらには選択の結果に満足できなくなるということを、身近な例を豊富に用いて説明しています。
自分で選んだのに結果に満足できない理由には、曖昧で不可解な人間の心理が大きく影響しています。一般的に物事を決断(意思決定)する時、私たちがとる方法はおおまかに

  1. 目標を決める
  2. 情報収集し、検討し、選択する
  3. 結果を評価する

といったプロセスをたどります。自分の望む結果を得られるように一生懸命考えるのですが、すべてのプロセスにおいてバイアス(経験則、先入観や偏見等)に無意識に影響されているのです。
では、このプロセスに沿って、意思決定に影響を与えるバイアスをいくつか紹介します。
まず最初の「目標を決める」場面では、たとえば人間の記憶にかかる「ピーク・エンドの法則」というバイアスがあります。目標とは、たとえば「○○が欲しい/○○がしたい」ということですが、これは過去の経験や記憶に基づき、選択や決断後にもたらされる結果を期待して決めているのです。つまり、自分の目標・目的がはっきりとわかっているということは、決定を下した後でどのような気分になるか(満足するか、がっかりするか)を正確に把握できている“はず”です。しかし実際に私たちができることは、過去の記憶を参考にした、予測や期待でしかないのです。
その上、この「記憶」は実にいい加減です。ノーベル賞を受賞した心理学者のダニエル・カーネマンらの説によると、過去の経験の評価は「最高もしくは最低の瞬間(ピーク)」と「終わったとき(エンド)」にどう感じたかの2点で決定まるといいます。たとえば最高に楽しい1週間の休暇と、同じ1週間にまずまず楽しい2週間が加わった3週間の休暇を比べると、有終の美で終わった1週間の休暇の方が、尻すぼみで終わった3週間もの長期休暇よりも、楽しかったと「記憶」されるのです。こういった人間の心理特性を認識していないと、目標設定の時点で期待予測とずれてしまうことは明らかです。
さて、目標を設定したら次は達成するための情報収集を始めるのですが、収集の場面においても数多くのバイアスに影響されます。
「アベイラビリティ(手に入りやすさ)」は、人間は手に入りやすい情報や思い出しやすい記憶からだけで判断する傾向がある、というバイアスです。思い出しやすい(手に入りやすい)というのは、経験した回数だけでなく目立ちやすさ、鮮明さにも大きく影響されます。たとえば車やパソコンを購入するにあたって周囲の人にいろいろと意見を聞き、「●●社の製品を買って故障した」「▲▲社のサービスは良かった・悪かった」など得られたコメントは、もしかしたら1件しかない情報かもしれないのに、具体性があるため印象が強くなり、記憶に残りやすくなります。その結果、情報収集の段階で無意識に偏りが生じ、その後の判断にも影響してくるのです。
情報を収集したら、それらを検討し、選択するのですが、ここでは「アンカー」「フレーム」というバイアスが加わります。アンカーは錨、フレームは枠組みのことで、どちらも判断の基準となるものです。例えばある商品の値段が高いか安いかの判断は同様の他の商品を基準とします。バーゲン品は定価をアンカーにすることでお買い得だと判断させています。人間はアンカーやフレームがないと判断ができないほどその影響力は強力です。そのため、アンカーやフレームを操作することによって判断を変えてしまうことも可能になります。
以下の例を考えてみてください。
自分が仮にある村の医師だったとして、

「600人の村人が命に関わる病気にかかっている。治療法は2つ。治療Aを選べば確実に200人の命を救える。治療Bでは1/3の確率で600人全員を救えるが2/3の確率で一人も救えない。さて、どちらの治療法を選択するだろうか?」

自分なりの解答を決めてから、次の質問に答えてください。

「600人の村人が命に関わる病気にかかっている。治療法は2つ。治療Cを選べば確実に400人が死ぬ。治療Dでは1/3の確率で一人も死なせずにすむけれど2/3の確率で全員が死んでしまう。さて、どちらの治療法を選択するだろうか?」

1問目ではAを選び、2問目ではDを選んだ方が多いのではないでしょうか?
同じ事を言い換えただけなのに異なる解答を選択してしまうのは、「プロスペクト(期待)理論」によって説明されます。先のカーネマンらが構築したこの理論によると、人は利益や好ましい結果をもたらす選択肢の中ではリスクを避けようとし、損失の可能性が関わる場面ではそれを避けるためにリスクをとる傾向があるのです。先の医師の話では、1問目の質問は“救える”という言葉にフレーミングされてリスクを避けようとするAを選択し、2問目では“死ぬ”という言葉にフレーミングされて損失を避けようとDを選択してしまうのです。そして、この例の治療法の選択肢はAかB、CかDの2つしかないにも関わらず、バイアスの影響によって判断が異なります。これが10も20も治療法があったら判断するまでの労力は莫大なものになるでしょう。
最後は選択を行った後の結果を評価する段階へと進みます。ここでは「後悔したくない」という誰もが持つ願望がその評価をゆがめます。加えて、選択肢が多かったほど「他の選択肢の方がもっとよかったかもしれない」という思いが強くなります。もし違う選択をしていても結果はわからないのですが、「選ばなかった選択肢」を考えるときは「もっとうまくいっていたかもしれない」と考えがちになります。さらに、その選択が自分自身の裁量によるものであれば、後悔の念や「ありもしない未来」に馳せる思いはさらに強くなります。客観的にみた結果は良いはずなのに、主観的には「もっとよい選択肢があったかもしれない」と満足することができなくなるのです。
ここに、「多すぎる選択肢」と「選択の自由」の落とし穴があるのです。
さりとてこの先、ほとんどの物事において選択肢が増え続けることはあっても減ることはあまり考えられません。そして決断に影響を与えるバイアスの存在は排除し切れません。意思決定を行うにはますます厳しくなっていく環境において、どういったことに気をつければいのでしょうか。それは「主観的な満足度を高める」ことで、そのために最も効果的な方法は「選択にかかる負担を減らす」ことです。
最終章にはその具体的な方法がいくつか紹介されています。
たとえば「選択の機会を見送る」。数ある選択の機会から「選ぶべき時を選ぶ」というものです。選ぶ機会が少なくなれば、選択の負担は軽くなり、満足度も高まります。
また、「決断は取り消し不可能にする」。この意味するところは、後で取り消せると思うと選んだものに満足しにくくなり、反対に取り消せないと決めると選んだ選択肢の評価をあげようとする心理プロセスが働くのだそうです。さらに「制約を歓迎する術を学ぶ」。制約の中での選択、枠の中での自由。自分自身を選択の“暴圧”から守ることによって、満足度を高めることが可能になる場面もあります。
選択肢と選択の自由がもたらす功罪を知り、それらをコントロールしようと試みること。 日々の生活においても、ビジネスの場面においても、未来を見据えた決断をし、その結果に満足できるための手段として実践してみる価値はおおいにありそうです。まずはいままでの私自身の意思決定の場面を振り返り、バイアスに“ 気づく”ところから始めたいと思います。
(今井朋子)

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