今月の1冊
2005年05月10日
『クチコミはこうしてつくられる おもしろさが伝染するバズ・マーケティング』
著者:エマニュエル・ローゼン 訳:濱岡 豊
出版社:日本経済新聞社 ISBN:453214938X(2002/01)
本体価格:1,800円 (税込:1,890円); ページ数:359
http://item.rakuten.co.jp/book/1409077/
「バズ(buzz)」という言葉を聞いたことがあるだろうか?
英和辞典を引くと、「ハチ・機械・人の話し声などの低いブンブンうなる音、うなり、ざわめき」「うわさ、風聞、風説」などと出てくる。本書では、「ある特定の製品・サービス・企業について、あらゆる時点で行われる人と人とのコミュニケーションをすべて集計したもの」と定義をしている。また、「そのブランドについての、クチコミのすべて」とも述べている。この「バズ」が本書の重要なキーワードである。
「バズ・マーケティング」とは聞きなれない言葉ではあるが、いわば「クチコミ・マーケティング」や「バイラル・マーケティング」という類義の言葉に置き換えることができるだろう。訳者はあとがきで、「buzz」に対する適切な訳語が見当たらないため「バズ」とそのまま表記したが、訳語がないからといってその現象が日本にはないのではなく、また重要でないわけでもなく、日本においても注目すべき現象であることを指摘している。これは、企業の立場から考えても、消費者としての自分を振り返っても、納得できるのではないだろうか?企業の立場としては、消費者間のクチコミによって商品の売れ行きが左右されることを経験したり、最近ではビジネス誌などでの特集や、クチコミに関する書籍が多数出版されているのを目にし、直接・間接的に実感していることであろう。また、消費者としては友人・知人の助言や商品評価サイトやカスタマーレビューを読んで、購入を決定した経験をほとんどの方がお持ちであろう。こうして考えると、「バズ」は訳者が言うように日本においても注目すべき現象である。
本書では、多様な業界の商品やサービスの事例を豊富に用い、そこから導き出されるさまざまな概念をわかりやすく紹介し、順序立てて整理され論じられている。取り上げられている事例はほとんどがアメリカの商品やサービスであるが、日本でも話題になったり、実際に多くの日本の消費者にも使われている商品やサービスなども取り上げられており、たいへん興味深い。しかも単に事例の紹介や現象の記述だけにとどまらず、その事例や現象を先行研究やフレームワークにあてはめて説明したり、研究者としての著者なりの分析を加え、さらには、「ここから得られるインプリケーションは」と、実践的な示唆を与えている。なぜマーケティングにおいて、バズがこんなに重要になったのか、バズの発生・拡がりのメカニズム、バズを発生させるためのしかけや継続させる方法、そのもとになる消費者の心理やネットワークやコミュニケーションの特徴を解明し、それらをビジネスに活かすためのヒントがたくさんちりばめられているのである。
これまでのマーケティングでは、「企業と個々の消費者の関係」にばかり注目し、広告やその他の方法によって対象セグメントに属する個別の消費者へどのようにリーチしたらよいか、という点に焦点があてられていた。しかし、実はそれだけではなく、消費者間のつながりや関係といった「人と人とのネットワーク」を考慮しなければならないという点で、従来のマーケティングにインパクトを与える考え方を示している。さらに、現在、バズ、つまりクチコミがより注目されるようになった背景には、インターネットの存在がある。インターネットが登場する前からクチコミはあったが、インターネットがだれでも容易にそして自由に情報の収集や発信ができるようになったことにより、消費者間のコミュニケーションの範囲と内容が大きく変化した。そして、たとえ知らない人同士でも繋がることができるようになり、クチコミが発生しやすくまた時間や距離の制約を越えて広まりやすくなったのである。また、インターネットは局所的・非局所的コミュニケーションを結びつけられるのでバズはより速く広まるようになった。こうした状況においては、ネットコミュニティや掲示板での消費者の1つ1つの発言や行動は、意識的だけでなく無意識的にも有機的に結びつき大きなパワーとなって、企業活動に影響を与えはじめており、そこで行われている消費者の行動は無視できないばかりでなく、積極的にその活用を考えていかなければならないものとなっている。さらに、バズが消費者同士に影響を与え合うのは、企業の思惑が入った情報や強制的なコメントではなく企業がコントロールすることのできない消費者の生の声だからこそ信頼されるからである。
すぐれた製品やサービスだから自然にバズが生まれるわけでもなく、また、バズを発生させるしかけをしたからといって製品の品質を蔑ろにしていたら、バズが生まれるわけではない。バズの必要条件は、「優れた品質の製品・サービス、誠実な情報提供」と「継続的なしかけ作り」である。期待を上回る、また予想外の優れた製品・サービス体験こそが消費者の感動や満足・驚きや興奮を生み、そこで初めてバズが発生するのである。さらに一度しかけをつくればあとは加速度的にバズが広まるのではなく、多くの種まきをし常に新しい仕掛けを作りバズを刺激していくことが必要である。そうでなければ、たとえ一度バズが生まれたとしてもすぐに消滅をしてしまうのである。製品の品質としかけ作りが両輪となって、はじめてバズが発生するのである。そして、そこで大切なことは企業や商品に対する「信頼」と企業と消費者・ネットワークとの「相互作用」である。
バズを考えるにあたっては、自社の商品やサービスの販売だけではなく負の側面やその他の活用を検討することも重要である。
バズは、企業にとって有利にも不利にもなる。バズによって伝達されるのは、企業にとって都合のよい情報だけではない。いわゆる「正のクチコミ」だけではなく、「負のクチコミ」も広がる可能性がある。特に人はポジティブなコメントよりもネガティブなコメントをより広げることがこれまでの研究で明らかになっている。「負のクチコミ」をどのように発見し、それに対処していくか、もあわせて重要な課題となる。
さらに、このような流れの中では単に企業が開発した商品を消費者が購入するという枠組みだけではなく、消費者が積極的に発信するニーズやアイデアを商品開発に取り込む手法や枠組みもこれからは検討をしなければならないであろう。
このように、個々の消費者に対してだけではなく消費者間のネットワークとどのようにつきあっていくかは、今後企業にとってより一層重要な問題となるだろう。そのときに多くに示唆を与えてくれる本書はぜひ手元に置いておきたい一冊である。
最後に、慶應MCCでは、本書の訳者である、濱岡豊慶應義塾大学商学部教授による『アクティブ・コンシューマーとの製品開発』という、バズや積極的なコンシューマーを取り込んだ新たな製品開発手法をテーマにしたプログラムを今月より開催する予定である。ご関心があれば、ぜひご参加いただきたい。
(井草真喜子)
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