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今月の1冊

2026年05月12日

ヨシタケ シンスケ著『おしごとそうだんセンター』


おしごとそうだんセンター
著:ヨシタケ シンスケ; 出版社:集英社; 発行年月:2024年2月; 価格:1,600円税抜

「あなたのやりたいことは何ですか?」

こう尋ねられて、すぐに答えられる人は、果たしてどのくらいいるのでしょうか。
学生時代の進路選択、就職・転職活動、あるいは会社の中でのキャリアを考えるとき。私たちは、人生のさまざまな場面で「自分は何をしたいのか」「どんな仕事に就いていきたいのか」を問われます。
もちろん、自分のやりたいことが明確にあり、その実現に向けてまっすぐ進める人もいます。それはとても素晴らしいことです。

一方で、多くの人にとって、仕事とはもう少し曖昧なものではないかとも思います。
最初から強い志があったわけではない。たまたま配属された仕事を続けているうちに、少しずつ面白さがわかってきた。苦手だと思っていた仕事の中に、意外な得意分野が見つかった。逆に、好きだと思っていたことが、仕事にしてみるとそれほど楽しくなかった。
働くことには、そうした試行錯誤もつきものです。

孔子は「四十にして惑わず」と説いたそうですが、私自身は不惑を前にして、いまだに惑いに惑っています。仕事人生の折り返しが近づく中で、「このままでよいのだろうか」と思い悩むこともあります。住宅ローンや家族との生活、これからの体力や働き方を思うと、若い頃とはまた違った重みで仕事について考えるようにもなりました。

今回ご紹介するヨシタケシンスケさんの『おしごとそうだんセンター』は、そんな「仕事」についての問いを、やわらかく受け止め直すきっかけをくれる一冊です。
物語は、地球に不時着した宇宙人が、ちょっと風変わりな職業相談所を訪れるところから始まります。記憶喪失だというこの宇宙人は、様々な“おしごと”の紹介を受けながら、相談所の職員と一緒に「この星で生きていくこと・働くこと」について考え始めます。

ヨシタケシンスケさんの絵本は、『りゆうがあります』や『ころべばいいのに』をはじめ、多くの書店で平積みされており、街で目にする機会も多いのではないでしょうか。ユーモラスな絵と、少し斜めから物事を見るような発想は、子どもだけでなく、読み聞かせる大人の心にも残ります。デビューからわずか12年で、著作の累計発行部数が全世界で1,000万部を超えているという人気にも、うなずけます。

この『おしごとそうだんセンター』は、絵本よりは少し分厚く、イラストエッセイに近い装丁ではありますが、我が家でも小学生の長女はもちろん、幼稚園に通っていた次女も何度も手に取っていた本です。
実際、この本を開いてみると、イラストのかわいらしさも相まって、肩の力を抜いて読むことができます。けれども、読み進めていくと、この本が決して子どもだけに向けられたものではないことに気づきます。むしろ、すでに働いている大人の方が、深く刺さる場面が多いかもしれません。

本の中で、宇宙人は「そもそも『しごと』ってなんですか?」と尋ねます。それに対して、おしごとそうだんセンターの職員は、こう答えます。

【『どんなしごとをしていくか』は『どうやって生きていくか』とだいたい同じです。『自分は何を大切にしたいか』『自分にとってしあわせってなんなのか』をかんがえるためにしごとがある、って言い方もできるかもしれません。】

とても本質的な言葉です。ただ、この言葉をあまり深刻に受け止めすぎると、かえって苦しくなってしまう気もします。
「どうやって生きていくか」「自分にとっての幸せとは何か」。そう言われると、何か大きな答えや、立派な人生観を持っていなければならないような気もしてきます。
でも、この本の良さは、そうした大きな問いを、大きなまま突きつけないところにあります。
「仕事とはこうあるべきだ」と断言するわけではありません。「好きなことを仕事にしよう」と単純に励ますわけでもありません。「努力すれば夢はかなう」と美しくまとめるわけでもありません。むしろこの本は、働くことについての思い込みを、ユーモラスなイラストとキャラクターが投げかける素朴な問いを通じて、少しずつほどいてくれます。
 
たとえば、本書にはこんな言葉があります。

【それがどんなおしごとであれ、まずはたらくあなたが、ちゃんと工夫して、ムリしすぎずにできているかどうか。それが一番大切よね。】

一見すると、とても当たり前のことを言っているように思えます。しかし、働いている大人ほど、この当たり前を見失いやすいのではないでしょうか。

仕事に責任感を持つことは大切です。目の前の相手に対して、できるだけ良いものを返したいと思うことも、決して悪いことではありません。むしろ、そうした気持ちがあるからこそ、仕事は誰かの役に立つものになるのだと思います。
ただ、その気持ちが強くなりすぎると、いつの間にか「ちゃんとしなければならない」「期待に応えなければならない」と、自分で自分を追い詰めてしまうことがあります。

私自身、企業の人材育成や研修企画に関わる中で、さまざまな方のキャリアや働き方に触れる機会があります。その中で感じるのは、仕事について悩んでいる人の多くが、必ずしも仕事を嫌っているわけではないということです。
むしろ、真面目に働いているからこそ悩む。期待に応えたいと思うからこそ苦しくなる。自分なりに意味のある仕事をしたいと思うからこそ、今の仕事との距離感に迷う。
そういうことが、少なくないように思います。

けれども、仕事は本来、自分の生活や人生を支えるものでもあるはずです。良い仕事を続けていくためにも、自分を削り続けることが前提になってしまっては、どこかで無理が生じます。だからこそ、仕事について考えるときには、深刻に考えることだけが正しいわけではないのだと思います。

ときには、少し構えをゆるめてみる。
いったん肩の力を抜いて、「そもそも仕事って何だっけ」と考え直してみる。
自分自身が何を大切にしたいのかを、やわらかく見つめ直してみる。

私にとって『おしごとそうだんセンター』は、そんな時間をくれる本でした。この本に限らず、ヨシタケシンスケさんの著書は、いつも不思議な魅力にあふれています。イラストはかわいらしく、言葉は平易で、ページをめくる手は軽い。
それなのに、読み終えた後、自分の中にあった硬い考え方が少しだけゆるんでいることがあります。

この本もまさにそうです。

「自分は何をしたいのか」と問われて、すぐに答えられなくても大丈夫。
「この仕事でよかったのか」と迷う日があっても大丈夫。

働くことは、一度決めた正解を守り続けることではなく、変わりながら、迷いながら、自分なりの形を探していくことなのだと思います。

仕事に前向きな人にも、少し疲れている人にも、これから働く子どもたちにも、すでに長く働いてきた大人にも届く一冊です。

とりわけ、深刻に考えすぎて、少し苦しくなっている方へ。
自分で自分を追い込みすぎているかもしれないと感じる方へ。
もう一度、仕事についてやわらかく考え直すきっかけとして、ぜひ手に取っていただきたいと思います。

(石井)



 
おしごとそうだんセンター
著:ヨシタケ シンスケ; 出版社:集英社; 発行年月:2024年2月; 価格:1,600円税抜
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