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今月の1冊

2026年07月14日

毎日新聞校閲センター著『校閲至極』


校閲至極
著:毎日新聞校閲センター; 出版社:毎日新聞出版; 発行年月:2023年8月;価格:1,600円税抜

校正の現場から見た「校閲」の凄み

私はビジネスプログラム、リベラルアーツ講座、講演会等販促物の作成を担当しており、紙、メール、Webで文章の校正をしています。例えば企画を担当するラーニングファシリテーター(LF)からプログラムの内容を紹介する文章が届いたら、まずは誤字脱字のチェック。中でも固有名詞と数字は最重要項目。続いて文法のチェック。一つの文章に複数の主語が混ざっていることは日常で、時には主語・目的語・述語が全くなく、どうやって成立しているんだろう(いや、していない)、と思う文章もあります。ただ、それはLFがプログラムに込める想いの強さゆえに発生する現象なので、受け取った私は文法を正しつつ、一番届いてほしい人は誰か、一番言いたいことは何かを読み取ったり考えたりしながら手を入れ、LFに確認・相談しています。

そんな自分が尊敬するお仕事に「校閲」があります。10年ほど前には石原さとみさんの主演でテレビドラマにもなりました。誤字脱字、同音異義語、表記のゆれといった校正の範疇をはるかに超えて、辞書別の解釈の比較、法律の裏付け、方言とエリアの突き合わせ、東京ドーム〇個分といった数字・単位の検算、主人公の立ち位置から見える虹の見え方、時刻表から正確な移動時間を計算して犯行が可能だったかなど、ファクトチェックの次元が異なります。ごくまれに、校閲の書き込みがなされたゲラ(完成前のページ原稿)を見る機会があるのですが、筆文字のような滑らかな書き込み方、〇○ではないでしょうか?というメモ書きにうっとりします。

この、校閲という仕事に携わる毎日新聞校閲センターの方々によるコラム集が『校閲至極』です。具体的なエピソードを交えながら校閲という仕事の紹介や言葉への思いを綴っています。

とことん突き詰め、思い込みとたたかい、トラップにはまるな!

第1章の「校閲って何?」で紹介されている、ファクトチェックの事例では、「サワラは白身の焼き魚として」という原稿に「本当に白身魚か」という事実確認を行います。見た目や思い込みに惑わされず、農林水産省のサイトを確認すると、サワラは赤身魚に分類されています。
「そうなんだ、じゃあここは赤身に訂正して完了」では終わりません。赤か白かの分類の根拠を日本水産学会編集の書籍『白身の魚と赤身の魚』で調べます。すると、筋肉に酸素を蓄えるミオグロビンという赤いたんぱく質などが含まれる量で決められていることを突き止めます。さらに筋肉の違いは魚の生態とかかわりがあるようで…と校閲を離れて事実を確認し続けます。

やってしまった…な事例もあります。高校野球の試合結果の見出しがすべてのチェックを通過し「劇的サヨサラ」と紙面化されました。このエピソードに、プロでも思い込みには勝てないんだなあと思います。
……いま、「劇的サヨナラ」だと思い込んで読み進みませんでしたか?「サヨサラ」の誤字にすぐに気づきましたでしょうか?

地名ネタには慶應MCCがある丸の内がとりあげられています。「丸の内」と「丸ノ内」は、自分はなんとなく書き分けている程度で旧表記と新表記かな、くらいにしか思っていなかったのですが、実際は対象によって明確に表記が分かれています。地名と現在のビル名と警察署は「丸の内」で駅名は「丸ノ内」、ほかにも「虎ノ門」は地名と駅名とビル名で「虎の門」は病院、「霞が関」は地名とビル名で「霞ヶ関」は駅名。ここまで複雑ですと、もはや何かのトラップではないかと思えます。

言葉が持つ社会への影響と、選び手の想い

校閲と言うと、微に入り細を穿つ「技術」に注目しがちですが、センターの方々は言葉の生まれた経緯や変遷から深く理解して、社会への影響も考えながら言葉を選んでいます。第5章の「問題は言い回しにあり?」には、ありがちな誤用にはじまり、言葉の選び方、使い方によっては読み手に特定の価値観を植え付ける可能性があることを綴っています。たとえばコロナ禍では普段見慣れない言葉がたくさん登場しました。

  • 「コロナ汚染」は医療用語としては正しいが、日常生活ではあまり使われない「汚染」という言葉のネガティブな強さは患者に対する差別意識を助長するのではないかと考え、「危険」や「リスクが高い」に言い換えを提案した
  • 同じく「(感染が)発覚した」では、発覚という言葉は「悪事や隠ぺいが明るみに出る」という意味合いで使われることが多いため「感染=悪事」という印象を与えてしまいかねないと考え「(感染が)わかった/判明した」という言葉を提案した

ほかにも、昨今ならジェンダー関連で「仕事と家事の両立について、なぜ男性に質問せず女性にばかり聞くのか」という学生からの指摘も紹介されていました。自分がよく使っている言い回しが実は差別的だったことに衝撃を受けたこともありますし、あまりに細かい指摘になると正直面倒くさいなあと思うことはあります。でもマザー・テレサの「思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。」の通り、自分が選ぶ言葉には自分の価値観が反映しているので、少なくとも自覚的でありたいと思っています。

 

日々そんなことを意識しながら、夕学講演会では受講レポートを執筆してもらっています。メルマガやfacebookで紹介している「夕学レポート」です。

プログラム紹介のための文章と異なり、書き手のみなさんから届く原稿を開く瞬間はいつもわくわくします。書き出しの力強く流れるような文章、意味は推測できるけど初めて見る漢字、音読が心地よい良い言い回し、会場や講師の姿が浮かぶ描写、一本の物語を読み終えたような気分になる構成…書き手によってそれぞれ特長があって、講演の内容と同じくらい楽しんでいます。楽しくて校正がおろそかになりがちなので、もし見つけてくださった場合は【てらこや】編集局までお知らせいただけますと幸甚に存じます。

(今井)


校閲至極
著:毎日新聞校閲センター; 出版社:毎日新聞出版; 発行年月:2023年8月;価格:1,600円税抜
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