今月の1冊
2026年08月11日
佐宗 邦威著『理念経営2.0 ―― 会社の「理想と戦略」をつなぐ7つのステップ』
「凸版印刷は、TOPPANへ。」「マルハニチロは、Umiosへ。」こうした社名変更のCMやニュースをよく目にするようになりました。
ロッテリアが「バーガー・ワン」になったり、ぺんてるが「アステラム」になったり…。ユーザー視点では、馴染みのある名称が変わってしまうことには寂しさがあります。
日経リサーチの調査によると、2000年代の社名変更は、バブル崩壊後の産業再生に向けた経営統合やホールディングス体制への移行といった[組織再編]による変更が大きな割合を占めていたのに対し、2010年代以降は、[イメージ刷新]と[事業ドメイン再定義]による変更の割合が年々増加しているそうです。
このような大胆な変革をおこなう企業のなかでは、何が起きているのだろうか?「パーパス経営」と謳われることとも関連しているのだろうか?そんな疑問のヒントになるのでは、と本書を手にとりました。
なぜ“意味“の再定義なのか
日本では2019年頃から「パーパス経営」が注目されるようになりました。米経済団体ビジネス・ラウンドテーブルが「株主中心主義」から、各ステークホルダーの利益を最大化する「ステークホルダー資本主義」への移行を提唱したことに端を発しますが、著者によれば、コロナ禍以降、企業経営の難易度が上がったことも影響しているようです。
事業を継続すること自体の困難さに加え、社会的な意義と収益性の両立、リモートワーク下での組織の一体感の維持、従来の延長線上にない変革や新規事業への挑戦など、企業経営の課題は一段と複雑になり、こうした組織の危機に瀕したとき、「自分たちの会社には、どんな存在意義があるのか?」という問いが生まれます。
いままでは、儲け続けていれば企業としては生き残ることができていた。しかしいまでは、本当にその会社は“社会や環境にとっていいこと”をしているのかが問われている。
本書では、これからの企業は「意義」を生み出す場になると述べられています。その経営のコアリソースとなるのが会社の持つ哲学や思想であり、それをミッション、ビジョン、バリュー、パーパスとして言語化していくことが重要なのです。
理念は「社長の誓い」から「みんなの物語」へ
私は、企業理念の変更は、消費者や投資家に対するイメージ刷新のアピールの側面が強いのではないかと思っていましたが、意外だったのは、著者が創業した戦略デザインファーム「BIOTOPE」に寄せられる企業理念再定義の依頼は、「組織にまとまりがない」という理由での相談が多かったということです。
- 「リモートワークの導入以来、優秀な若手がどんどん辞めてしまう
- 売上は右肩上がりなのに新規事業が生まれず社内に閉塞感が漂っている
- 歴史ある有名企業なのに社員たちに誇りやモチベーションが感じられない
給料の高さよりも仕事に対する「意義」を求める層が社会の労働市場の中心になる近い将来、企業理念が社員一人ひとりの価値観と重なり合うものであれば、仕事へのコミットメントや新たな価値創造につながると著者は述べています。
これからの企業理念は、「社長の誓い」ではなく、「みんなの物語」の源泉としての性格を持つようになる。
そして、本書では、従来型のトップダウンによる理念浸透を「理念経営1.0」と呼ぶ一方で、理念を社員一人ひとりの価値創造の源泉と位置づける新しいあり方を「理念経営2.0」と定義しています。
では、理念と戦略はどのようにつながるのでしょうか。本書では、その接点の一つを“意思決定”に見出しています。
意思決定の土壌としての理念
将来の予測が困難なVUCAの時代では、常に変化に対応し、意思決定をしていかなければなりません。経営者一人がトップダウンで意思決定をすることはリスクともなるため、各人の意味付けに基づいて意思決定を行う「センスメイキング理論」が重視されるようになったといいます。
センスメイキング理論では、決まった答えが見えないなかで、各社員がそれぞれの置かれた環境下で見ているものを自分なりに感じ(Scanning)、解釈して(Interpretation)、持ち場に戻って実行・表現(Enactment)することで、意味づけしていくプロセスを重視する。(略)自分の解釈で行動をする余地が残されているので、このセンスメイキングのプロセスを経ると、各自が「納得」できるという特徴がある。(略)社員一人ひとりが行う意味付け(センスメイキング)の土壌として企業理念が機能すれば、組織は円滑に経営できる。そのためには企業理念に社員が共鳴し、自分ごと化する必要があるのだ。
著者が以前所属していたソニーでの実体験では、平井一夫氏がCEO時代に核として掲げたパーパス「KANDO」は、しっかりと自分ごと化して響き、新規事業創出プログラムの立ち上げという行動につながったそうです。
「KANDO」は理念に共鳴するだけでなく、具体的な行動にもつながる理念体現の段階に達していたと言える。「これはKANDOなのかどうか」「このプロジェクトの目的はきちんとKANDOにつながっている」などと、社員一人ひとりが自分なりに考え、意味づけできるようになっていたのだ。
本書では、理念は単なるスローガンではなく、社員一人ひとりが日々の仕事のなかで意味づけを行い、判断し、行動するための拠り所として位置づけられています。理念が社員の意思決定を支え、それぞれの行動につながることで、組織全体が同じ方向を向いて価値創造に取り組めるようになるという考え方は、理念が組織運営に果たす役割を理解するうえで、非常に納得感のあるものでした。
私自身、新卒の就職活動では企業理念に共感できるかを重視していましたが、それはあくまで「会社が掲げるもの」だと思っていました。また、変化の時代には、会社が生き残るために新しい理念を“つくる”ことが重要なのだと考えていました。しかし、本書を読んで気づかされたのは、理念はつくること以上に、社員一人ひとりが自分の言葉で語り、日々の意思決定や行動の拠り所として生かされてこそ意味を持つ、ということでした。
慶應MCCにはMISSION STATEMENTがあります。
“慶應MCCは社会的使命とフロンティア精神をもってビジネスプロフェッショナルの「学びの文化」を創造し豊かな社会の実現に貢献します。”
年一回の期初ミーティングで、上長からのリマインドがあるのですが、毎年、自分たちの存在意義を再確認するいい機会だと感じるに留まっていました。ですが今後は、新しいプログラム企画をするとき、判断に迷ったとき、「ミッションに照らすとどうか」という視点を、より意識していきたいと思いました。
本書では、理念経営2.0を実現するために、理念をつくることに加え、「語り合い」「文化に落とし込み」「生態系として育てていく」、つまり戦略につないでいく流れが7つのステップとして整理され、企業の事例やワークを交えて解説されており、これらすべてを実行しようとすると、数年もの長い年月がかかります。ただ、本書の結びにはこう記されています。
本書が触発のきっかけとなって、「みんなで企業理念について語り合う場」が増えたらとても嬉しいです。なにより、仲間と一緒に会社の存在意義を考えることは、とっても楽しい経験になるはずです。
自分の会社にはどんな理念があり、それは自身の価値観と重なっているか。そして、その理念は日々の意思決定の拠り所となっているか。同僚とも改めて会社の理念について話してみたくなる、そんな対話のきっかけを与えてくれる一冊でした。
(竹内)
慶應MCCでは9月より、企業が社会的価値と経済的価値をどのように両立させるかを考える『サステナブル経営-攻めのCSV戦略で挑む』を開講します。本書で扱われた「企業は何のために存在するのか」という問いを、サステナビリティという観点から考える機会となるプログラムです。皆さまのご参加をお待ちしております。
『サステナブル経営-攻めのCSV戦略で挑む』
9/25(金)開講・全8回
https://www.keiomcc.com/program/sus26a/
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