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朝永振一郎『科学者の自由な楽園』

2006年09月12日

著者:朝永振一郎
編者:江沢 洋; 出版社:岩波書店(岩波文庫);
発行年月:2000年09月; ISBN:4003115228; 本体価格:800円(税込価格840円)

書籍詳細

朝永振一郎は”予言者”である。
本書を何度も読み返していると、その思いは確信の域に達してくる。
この言葉を想起させたのは、2003年に発表された次の記事であった。


【朝永予言53年後ピタリ】(2003.12.7 朝日新聞朝刊)
これは、石井廣義東京都立大学助教授(当時)を中心とするグループが、カーボンナノチューブに放射光をあてたところ、朝永博士が1950年に発表した理論(朝永-ラッティンジャー液体論)を裏付ける結果が出たというものである。英国科学雑誌「ネイチャー」にも掲載され、世界的に大きな反響を呼んだ記事であるため、記憶にある方も多いと思われる。
この予言は、あくまでも物理学上の理論であって将来を予測したものではない。ナノテクレベルの超微細加工が可能になったので実験してみたら、予言通りの結果であったという実証報告である。
しかし、彼が日本の科学の将来の姿を予言していたとなると、様相は一変する。
今春、慶應MCC定例講演会『夕学五十講』のトップを飾った立花隆氏は、様々なデータを紹介しながら日本の科学技術の未来に警鐘を鳴らした。特に、基礎研究に関する政府予算の低さと、ゆとり教育以降の学生の知力と意欲の低下のくだりに於いては、文字通り口角泡を飛ばさんばかりであった。
その遥か50年以上も前に、朝永はこれらを予言しているのだ。
彼は、戦前の物理学の中心であったドイツで基礎科学を軽視する気風が国全体に広がっていった例を引き合いに出しながら、次のように述べている。
『国全体の風潮がそうなると、気分的にも経済的にも、研究をつづける若者が出なくなるのは当然のことである。幸いにして、日本はまだそこまで行っていないようである。しかし、楽観していいか、どうか。』
『研究の意欲は盛んでも、経済的な裏づけがなくては十分な成績が上がらない。』(いずれも本書261頁)
また、日本の物理学のレベルが戦後急速に発達した頃の気風について、こうも述べている。
『こういう気風は、学校で教えようとしても教えられるものではない。(中略)こういうものは学校で一朝一夕に教えられないものだけに、いったん失われたら回復は困難である。しかも、失われるのは至極やさしく、作り上げるにはひどく時間がかかる』(本書260頁)
これらの発言は、当時既に顕在化していた「儲けるための応用研究」に政府・科学者の視点が向いていることを揶揄しつつなされているが、まさに立花氏が憂いていた姿に他ならない。
来年度の科学技術関連予算の方針の中で、基礎研究の強化が謳われている。どれだけの予算が確保できるのか注目していきたい。
さて博士は取って返す刀で、教育の分野をも予言する。
『情報過多によって本当の意味の知的好奇心の麻痺が起ってくる』(本書73頁)
『テレビやラジオが色々な方面で使われていて朝6時から夜の12時頃まで放送されているが、これは子供に間食を与えていることで知的な飢えの減退につながる。真に視聴覚教育を有効にするためには視聴覚過多を少なくすることだ。』(本書74頁)
これなどは、現在の情報飽和社会における根本的な課題を指摘していると言えよう。35年前の発言とは思えない本質論である。
朝永振一郎。元筑波大名誉教授、1979年没。
日本で2番目にノーベル賞を受賞したことで知られているが、同時にその温厚な言動から【世界の頭脳・庶民の人柄】と称される。また、作家の円地文子は、朝永と湯川秀樹の2人を【学問の世界の王・長嶋】と称えている。
本書は、朝永の講演録、随筆、紀行文等を編者の江沢洋が「いま・むかし」「学ぶ」「わが師・わが友」「楽園」「紀行」という5つのテーマにまとめ直したものである。全体的に読みやすく平易な文章で綴られているが、まずはエピソード満載の最終章から開いてみることをお勧めしたい。
ノーベル賞を受賞して半年以内に講演をする規程になっているのに風呂場で腰を打って期限ぎりぎりになったとか、バッキンガム宮殿で手拭紙をくすねたといった裏話が次々と出てくる。庶民の人柄の面目躍如である。そうかと思うと「いま・むかし」の章では、尾崎一雄を彷彿とさせる珠玉の随筆が添えられていたりするから気が抜けない。
彼の科学者としての才能の片鱗は、「学ぶ」の章に収録された「私と物理実験」から垣間見ることが出来る。

  • 自作の幻灯機を明るくするために、フラスコに水を入れてレンズの代替品とした。
  • 写真を幻灯板に焼き付けるために、硫酸紙や溶かした寒天を活用した。
  • ガラス管の切れ端をガスで滴型に加工し、おもちゃの顕微鏡の対物レンズにした。

いずれも学校でもらったり、自宅にあった身近なものを利用した工夫の産物であるが、そこに至るまでの思考は至ってシンプルかつ直感的である。試しにやってみたらうまくいったという類いの事例が続くのも、天才の証なのであろう。
また、オランダのダム建設に関する話も大きな示唆に富んでいる。
1916年、オランダ政府は洪水対策のためのダム建設の委員長に、世界的な物理学者であるローレンツを任命した。8年の調査を経て報告書の通りに建設されたダムは、その後暴風雨がくる毎にその予測データの正しさを実証したという。
朝永は記す。
『大事業をこのような科学的なやり方で出発させたオランダの政治家の識見に敬意を表さざるを得ない。ローレンツを起用したのは彼らの大きな手柄である。そして、急がずあせらず、八年もの検討をローレンツに許した度量と科学者に対する信頼とは範とすべきだと思う。またローレンツの指導のもとにそれに協力した多くの技術者たちの功績も大きなものであるにちがいない。とにかく、これは政治家、科学者、技術者の最も美しい協力の例であり、それがまた驚くほどみごとに成功した例である』(本書205頁)
彼は、この例を引き合いに出しながら、やみくもな試行錯誤でなく一度で成功させるための科学的道筋の方法論と、物理的な感覚、直観力の重要性を示し、当時議論されていた原発の安全性、災害予防に対して科学的な根拠を重視するようさりげなく苦言を呈している。昨今の干拓事業等に照らし合わせて、これも一つの“予言”として捉え直すと興味深い。
ここ数年、朝永はまたもや科学の最前線に舞い戻ってきた観がある。
2002年、朝永を心の師と仰ぐ小柴昌俊がノーベル物理学賞を受賞。
2003年、前述した「朝永-ラッティンジャー液体論」が実証される。
2004年、世界物理年の日本会合において、これまでの事績が再評価され激賞される。
2006年、生誕百年記念展が各地で開催される。
これらの出来事が、日本の科学技術の新たな隆盛へのトリガーになることを期待してやまない。
そしてきっと、本書のどこかにそれを“予言”している箇所があるはずだ。
(黒田恭一)

科学者の自由な楽園

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