KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

今月の1冊

2007年05月08日

『ニッポン、ほんとに格差社会?』

著者:池上 彰
出版社:小学館; 発行年月:2006年11月; ISBN:9784093897051; 本体価格:1,400円(税込価格1,470円)
書籍詳細

著者は「NHK週刊こどもニュース」のお父さん役で知られる、池上彰さん。現在はフリージャーナリストとして活躍されています。
この本は、表題でも表現されているように「日本でも格差が広がっている」をはじめ、「国会議員の数は多すぎる」「子供の学力が低下している」など、私たちが普段よく耳にしていて、なんとなくそうだと思っている「常識」を、さまざまな参考文献・資料から作られた表やグラフ、わかりやすい文章で検証しています。


検証される「常識」は大きく政治・経済・社会の3つのテーマに分けられ、全部で30項目あります。検証の結果は正しければ「○」、間違っていたら「×」、そしてどちらとも言えない「△」で示されます。すべて読み切りなので、好きなところから読むことができます。

検証にあたっては、それぞれの命題が抱える歴史・背景と今後の課題を含めながらやさしく、わかりやすく説明している点で、社会問題の教科書として十分勉強になると同時に、自分が普段いかに「常識だと思い込んでいる」もしくは「思い込まされている」ことを痛感します。

たとえば「日本の生徒の学力は低下している」という命題。先に結果を言うと×です。
池上さんの説明によると、そもそも学力低下が叫ばれるようになった理由は国際テストの成績ランキングでした。このテストで、中学2年生の数学は1981年に一位を獲得後、2003年には五位に下がりました。同様に理科は1971年に一位でしたが2003年は六位に後退しました。また別の調査結果では、高校 1年生の数学応用力は2000年から2003年の間に一位から三位へ、読解力は八位から十四位へ後退したそうです。確かにランクダウンしています。

しかし池上さんは、この順位の低下だけを見て「学力低下」と騒ぐのは安直であり、そういう人は自分自身の学力低下こそ心配した方がいい、と手厳しく皮肉りながら理由を説明します。

簡潔に説明すると、各年のテストに参加している国の数が異なることが大きな理由です。昔は強豪がいなかったから上位だったとも言えるのです。後年、新たに参加してきた国の成績が高ければ日本の順位が下がるのは当然であって、必ずしも日本の生徒の学力が下がったとは言えないと結論づけています(ただし、数学・理科嫌いの増加と勉強時間の減少は事実であって、今後についてはあまり楽観視できないことも述べられています)。

人間の意思決定をゆがめるバイアスに「代表性ヒューリスティック」「基準比率の無視」というものがあります。人は手の届く範囲(=狭い)からのみ情報収集をして判断したり、母集団を見ないで表面だけを見て判断してしまうという、いわば思考のクセなのですが、上の命題も、このクセによって思考が無意識のうちに歪められていることがわかります。

成績(学力ではなく)の上下を調査するのならば、テストに参加している国が常に同じであることと、順位に統計学的な差がなければ正しく把握できません。にもかかわらず国際テストが信頼できる基準だと「思い込んで」、それがどのように行われているかを調べたり考えたりすることなく学力低下と結論づけてしまったように思えます。

加えて、この項目の後半では文部科学省における学習指導要領の変遷を紹介しています。「詰め込み」と「ゆとり」で右往左往している様子は私も感じていて、最近の学習指導要領では、「円周率が3.14から3になる」「台形の面積の求め方は教えないようになる」という内容を、テレビや新聞、電車内の広告で目にしたことがあります。

実は、これらは間違った情報として広まってしまったことなのです。円周率については、3.14まで教えることになっていたにも関わらず、別項目で小数点以下2位までは教えないという内容があり、そこから3.14は扱わないとなってしまったようなのです。実際の学習指導要綱には、「円周率としては3.14を用いるが,目的に応じて3を用いて処理できるよう配慮するものとする」と明記されています。また、台形の面積の求め方も、生徒が自ら考えて求められるように指導する予定だったのだそうです。

当然、文部科学省は学力低下の批判を浴び、学習指導要領の意味合いを変更せざるを得なくなりました。それまで「ここに書かれている以上のことを教えてはいけません」という上限基準であった学習指導要領の位置づけを、「最低限ここまで教えればよろしい」という最低限の基準に変更したのだそうです。

同時に、注目を集め視聴率や販売部数をふやさなければならないからと、何かとセンセーショナルにしたがる報道にも大いに問題はあって、思い込ませるための「仕掛け」がたくさん用意されています。たとえば、自分があまり詳しくない分野について、ある内容がテレビや新聞で連日繰り返し報道されると、その内容を無意識に受け入れるようになっていきます。加えて、自分の周囲の人々がその内容に同調していると、さらに受け入れやすくなります。
結局、自分に出来ることは、思いこみや思い込まされに安易に乗って楽をしない、つまり思考停止しないように努力することなのだな、と改めて思いました。

最後に、この本ではどういった分野・範囲から情報を収集したかを細かく掲載し、情報の収集源に偏りがあればわかるようにされています。ですから、池上さんの説も数ある説のうちの一つであることがわかります。

今期、池上さんは『夕学五十講』に登壇されます。タイトルは「地図でニュースを読み解く」。講演の紹介文は「私たちが日本で見る世界地図は、世界の人々が見ているものとは異なります。世界の国々が、どんな世界地図を使っているのか。それを見ることで、私たちの世界の見方が変わってきます。「世界のもうひとつの見方」を考えましょう。」とあります。
これも、自分の「常識」が「思い込み」であったことを気づかせてくれる講演になると思います。地図を使うというのも大変ユニークで、楽しみな講演の一つです。
(今井朋子)

ニッポン、ほんとに格差社会?

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