KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

今月の1冊

2007年06月12日

劇場への誘い ~今、夢は見えていますか?~

先日、毎年恒例の「子どもたちが大人になったらなりたいもの」ランキング(主催:第一生命保険相互会社)が発表され、男子の部では、「野球選手」が1位でした。一時期、人気が下火になっていたようにも見えましたが、日本人選手が次々とメジャーリーグに挑戦する姿や、一昨年のWBC、昨年の甲子園の盛り上がりなども引き金となっているのでしょう、今年で3年連続1位だそうです。皆さまは、子供の頃、何になりたかったですか?


【てらこや】をご覧いただいている方々は、すでに「大人」でいらっしゃるので、子供の時に抱いていたような夢というのは、もう過去の話になってしまっているかと思いますが、大人になったらなりたいものを思い描くだけが夢ではないと私は思うのです。夢は子供だけの特権ではなく、大人には「大人の夢」というものがあるのではないでしょうか。単なる理想論だ、と思われる方ももしかしたらいらっしゃるかもしれませんし、確かに人間は夢を持っていても、それだけでは生きていけません。でも、夢なしでも生きていけないと思うのです。
「いつか、独立したい!」というような、職業に直結するような夢をお持ちの方もいらっしゃれば、定年退職した後のライフプランを楽しみにしていらっしゃる方、もっと身近なところでお話するならば、何か習い事をマスターするのでもいいですし、お子さんがいらっしゃる方なら成長を楽しみにされるその気持ちも、私は夢の一つだと思うのです。
つまり、人生を歩んでいく為のエネルギー源になるものは、全て「夢」になり、大人の夢は、子供それよりも、人によって様々な形があるのだと思います。しかし、残念なことに、どんな夢も苦境には弱いので、活力が一番必要な時に限って、その存在がどんどん小さくなってしまいます。ついには、小さくなりすぎて見えなくなってしまう時もあり、また、最悪な場合、その苦境ゆえに、自分の「夢」、それ自体を失わざるをえない状況に陥ってしまう時もあるでしょう。そして、その苦境というものは、大人になればなるほど直面してしまうことが多くなります。大人の夢は、その姿が見えなくなってしまうことが多々あると思うのです。そんな時、人はどう立ち直ればよいのでしょうか?
私は、まだ30年も生きていない若輩者ではありますが、私なりに苦労した経験がありまして、夢が見えなくなったこともあります。状況は最悪、立ち向かっていく活力もゼロ。あの頃は、自分の苦しい思いに押しつぶされそうな毎日でした。
そんな私を救ってくれたのが、芝居だったのです。仲の良い友人があるミュージカルに誘ってくれたのですが、私は正直、あまり興味はなく、せっかく誘ってくれたのだから・・・という軽い気持ちで観劇をしました。しかし、オーケストラの音が劇場内に響き、幕が開いて芝居が始まると、私はすっかりその芝居に引き込まれ、私が生きているこの「現実」とは全く違う「別の世界」へ誘われ、ずっと抱え込んでいた重く暗い気持ちをすっかり忘れてしまいました。それまではずっと悩み続けていた日々を過ごしていたので、数時間でも忘れることができ、本当に心が軽くなりました。幕が下りた後も、友人と芝居の話で盛り上がりました。
人というのは、おもしろいもので、ネガティブな発言をしていると、どんどんネガティブな状況に陥るものです。当時、そんなことも気がつく余裕のない私は、口を開けば愚痴や悩みしか言わなかったので、久々の楽しい会話に気分もぐっと高まったのでした。そして、この観劇をきっかけに、再び私の中の夢が姿を現し始め、色々な場面で私を後押ししてくれるようになり、結果論かもしれませんが私を取り巻く状況も徐々に良くなっていったのです。
このような経験があるのは、私だけではないようです。以前、舞台俳優をされている人が何かのインタビューで、「お義母さんの介護をされている方から、『あなたの舞台を見てから、辛かっただけの毎日が一転しました。家族の協力で、月に1度だけですが劇場に行けることになり、今は前向きにがんばれています』というファンレターをもらったことがあり、とてもうれしかったです。役者冥利に尽きますね」と、答えていたのを聞いたことがあります。
自分が直面している問題から目をそらすような現実逃避はいけないことだと思いますが、日常からちょっと抜け出すことによって、疲れ果てた自分を癒すことができればそれは良いことではないでしょうか。山あり谷ありの人生、別世界という休憩所に立ち寄ってみることによって落ち込んでいた気分が上向きになり、それによって本来自分が持っていた「夢」の存在に気づくことができれば、再び、歩んでいく力も沸き上がってくると思うからです。
もちろん、この別世界というのは人によって違いがあると思います。私の場合は、それが芝居だったということです。ただ、もし、まだご自分にとっての別世界を見つけていらっしゃらない方、また、別世界はいくつあってもいいのではないかと興味を持っていただける方には、ぜひ、私の夢を気づかせてくれた「芝居」という名の別世界を体験していただければと思います。
芝居は芝居でも、私は劇場での舞台をおすすめいたします。今はTVでも舞台中継されることがありますし、TVドラマも芝居の一つだと思いますが、自分の慣れ親しんだ部屋で、チャンネル操作をするだけで芝居を見ることができてしまうのは、お手軽すぎてあまり「別世界」という感覚がありません。
それに、TVを見ている途中で電話が鳴ってしまい、途中で現実に引き戻されては興ざめです。また、わざわざ足を運んでいくという点で、映画館も同じ「別世界」であるのかもしれませんが、舞台は映画のようにスクリーンで隔たれることなく、俳優と同じ空間を共有できるので、よりリアルに「別世界」を体感できるのです。
劇場の入り口でチケットを提示するのは、現実の世界からの出国手続き。そして、一歩劇場に足を踏み入れれば、華やかに装飾された豪華な雰囲気に気分も高まり、プログラムという別世界へのガイドブックを手に席に着く。開演のベルが鳴り響き、客席とロビーの間の扉が一斉に閉ざされたら、いよいよ、別世界への出発です!
・・・最近、夢が霞んで見える方、劇場でお疲れをいやしてはいかがですか?
(藤野あゆみ)

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