今月の1冊
2007年09月11日
『私家版 日本語文法』
著者:井上ひさし
出版社:新潮社; 発行年月:1984年9月; ISBN:9784101168142; 本体価格:438円(税込価格460円)
書籍詳細
先日、書店を歩いていたら、とても懐かしい書籍に遭遇した。それが本書である。
学生の頃、日本語の文法について少し研究をする機会があり、そのときにふと手にした書籍である。文法というと、堅苦しいイメージと暗記で苦労した中高時代の国語の授業の苦い思い出から、苦手意識から抜け出せずにいた私に、文法のおもしろさを感じさせ、抵抗感を和らげてくれた一冊である。文法と言うよりも、ことば、日本語自体のおもしろさ、奥深さといった方がいいかもしれない。研究のために集めた書物の中で、ひときわ異彩を放っていた書籍であった。
私が初めて手にした時も、すでに、出版から10年ほどたっており、いまもなおその書籍がまだ販売されているとは、隠れたロングセラーの書籍であることに感慨深く、最近改めて読み返してみた。
「日本語文法」というと、「せ・し・す・する・すれ・せよ」と舌を噛みそうになりながら活用形を覚えたこと、品詞の数多くの種類を丸暗記したこと、「文節」ごとに「ね」を入れて読みながらもその意味するところを理解できなかったこと、尊敬語と謙譲語と丁寧語を混乱しながら覚えたこと、など、情けないことに試験前の苦しい思いばかりが思い出される。
本書は、「私家版」と題されているように、また著者の井上ひさし氏も「偏見的独断」と言っているように、著書のユニークな切り口で、皮肉とユーモアをたっぷりの持論を展開している。とはいえ、持論といえどもとても納得するものばかり。“が”と“は”の違いや、枕ことば、擬声語、漢字、外来語、句読点などをテーマに、34編のエッセイから成り、それぞれ非常に興味深い。取り上げる文例もまた多彩であり異色である。新聞や広告、女性誌からビジネス誌など多様な雑誌記事、恋文や遺書、短歌や古典文学、法律や白書、さらに下世話な広告や会話など。硬軟織り交ぜての多くの文例から、切れ味鋭い視点と大胆な解説には、はっと驚かされる。
とはいえ、言語学者や文法学者の理論をまったく無視しているわけではなく、過去の研究や議論を踏まえているのも、説得力を増している一因ではないかと思う。
また、井上氏の分析は、リズムや語感、感覚といったものを大切にしていることを感じる。私が面白いと思った例をとりあげて、その一端をご紹介してみたいと思う。
たとえば、
閑かさや岩にしみ入る蝉の声
という松尾芭蕉の句をとりあげ、韻律を考えると「し」「せ」といった、閑かさを表す音であるサ行の音が強調されているといい、芭蕉がことばの大変な仕掛人だと感嘆する。
また、言語だけでなく、非言語的敬語表現を含めれば、どの国の人びともほぼ同じの量の<敬語量>を持つという。それを、「敬語量一定の法則」と名付けている。日本語は、世界でも指折りのことばとしての敬語を持っているから、表情や身振りなどの非言語的敬語表現が少なく、ことばとして敬語の完備していない言語の場合は、非言語的敬語表現によって補っていると解説する。
さらに、「受身上手はいつからなのか」というエッセイでは、白書などでは「・・・・・・と考えれる」「・・・・・・とみられる」「・・・・・・と期待される」などの受身の表現を多用しているから無責任な印象をうけるのだという。白書などは、確かに受身的な表現は多いし、どこか傍観者的な印象を受けることも間々ある、と納得させられた。さらに、ことばで、ある態度を表現するとそういう態度を取るようになり、受身の表現をつかっていると、態度や行動も受身になってしまうというのだ。ことばが人間の生き方を逆に作り出すのだと解く。私も気をつけねばと、肝に銘じる。
言語とは文化や生活に根ざしたものであり、言語を論じることは、その構造の分析にとどまらず、言語の感覚的特性とともにその言語を話す民族の特性や文化、風土を重ねあわせながら、考えなければいけない。井上氏は、そうした思いを常に根底にもっているからこそ、そして、ことばへの愛があるからこそ、感性豊かな日本語文法を論じることができるのだと思う。
本書は、国語の教科書や参考書よりも、よほど面白く、日本語の特性を理解できる。なぜ日本の学校では、このように興味を持たせるような教え方ができないのか、そして、私自身もっと早くこの本と出会いたかったと思う。でも、いまからでも遅くない、この書籍に出会ったことに感謝しつつ、次は『自家製 文章読本』をあわせて読んでみようと思う。そして、日本語の奥深さを味わってみたい。
(井草真喜子)
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