KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

今月の1冊

2008年05月13日

『水うちわをめぐる旅 長良川でつながる地域デザイン』

著者:水野馨生里 ; 出版社:新評論 ; 発行年月:2007年5月; ISBN:9784794807397; 
本体価格:1,900円(税込価格1,995円)
書籍詳細

皆さんは、「水うちわ」をご存知でしょうか。
私は、つい数ヶ月前に初めて知りました。「こんな素敵なうちわがあったなんて!」と、とても驚き、その美しさに心を惹かれました。
水うちわは、岐阜市の伝統工芸品で、水のように透き通った面(おもて)を持ち、水に浸して使ううちわです。気化熱の効果で、水うちわで扇ぐ風は、涼しさを増すそうです。気化熱の効果だけではなく、その美しい見た目により視覚的な感覚が加わって、よりいっそうの清涼感を感じさせてくれるうちわです。
この水うちわの透明感の秘密は、雁皮紙(がんぴし)という非常に薄い紙です。竹骨にその雁皮紙を貼り、専用のニスを塗って仕上げてあるのが、水うちわの大きな特徴です。ニスを塗る事により、透明感が出て、涼しげなうちわに仕上がるのだそうです。


水うちわは、清らかな水を豊富にたたえる長良川流域の岐阜市に、120年ほど前に誕生したそうです。しかし、こんな素敵な伝統工芸品であるにもかかわらず、15年ほど前に、雁皮紙やニスなどの原材料の欠乏や絵師などの職人の不在などにより、その生産が途絶え、幻のうちわとなってしまったのです。それを、著者をはじめとした20代の地元の若者とうちわ職人が、さまざまな取り組みと工夫により、2004年に見事に復活を遂げたのです。その軌跡が、著者の素直な気持ちとともに、この本に克明に綴られています。
透き通る水うちわの美しさに魅せられた著者は、「復活プロジェクト」に携わり、丸亀や京都など手作りうちわの産地は各地にあるものの、なぜ水うちわが岐阜で生まれてきたのか、「岐阜である必然性を探す旅」をはじめるのです。そして、水うちわはなぜ1990年代に途絶えてしまったのか、とともに、そもそもうちわとはどのように生まれ発展し生活に根づくようになったのか、岐阜とはどんな歴史や文化をもって発展してきたのか、美濃紙がなぜ岐阜で作られるようになったのか、など、水うちわを取り巻く歴史を丁寧に紐解いていきます。水うちわを1つ1つ手づくりで仕上げていくように、著者も、その歴史や文化を1つ1つ丁寧に調べ、大切に解き明かしていくのです。それは、水うちわを中心に広がっていく著者の関心の連なりを、私たちにも追体験させてくれるかのようです。
復活への道は、想像以上の困難と苦労があったのだろうと、本書からひしひしと感じられます。でも、必ずや水うちわを復活させたいという強い思いで、大きな壁や深い谷があったとしても、それを越えるための方法を試行錯誤しながら、一歩ずつ着実に前に進んでいるのです。
さらに、著者たちの活動は、水うちわの復活にとどまらず、長良川流域の再生へとつながっていきます。水うちわ復活のための活動は、著者たちに多くの出会いをもたらし、まちの歴史を知り、地域を知る中で、その地域で伝承されてきた文化、伝統、風習に触れ、「自分のまち」を再発見していくのです。そして、それを守り受け継いでいくには、この地を豊かに栄えさせてきた清流長良川を守ることこそが何よりも大切だと気づくのです。そのために必要な里山の再生、水をはじめとした自然資源の保護、さらには循環社会の構築にむけたさまざまな活動を広げています。
著者たちの活動は、「地域活性」「地方再生」と大義名分を掲げるのではなく、地域の伝統や文化を愛する心と地域への誇りを出発点にした、肩肘はらず身近な活動の積み重ねなのです。その1つ1つの活動が、1人1人のエネルギーが、重なりあい大きなパワーを生んでいます。それは、連綿と受け継がれてきた伝統、文化を、自分たちが継ぎ、さらに新たな文化を創り出したい、という強い責任感と志を、その活動にかかわるメンバーがもっているからなのでしょう。
岐阜だけでなく、日本全国の地方都市には、それぞれ脈々と受け継がれてきた歴史や文化があるはずです。雑誌やテレビなどのメディアが切り取って伝える観光スポットに触れるだけでは見えない、感じられない文化が、それぞれの地域には受け継がれ根づいているでしょう。でも、私たちは、日々の生活の中では、地域の素晴らしさや地域のモノの魅力に気づく眼や心を忘れているような気がします。はたして私は、自分が生まれ育った地域のことをどこまで知っているでしょうか。いま住んでいるまちの魅力を感じているでしょうか。そして、生活の中で使われる身の回りのモノの裏にある物語や歴史、つくり手の思いをどこまで感じているでしょうか。きっとどの地域にも、水うちわに負けないような、すばらしい文化があるはずです。地域のかけがえのない宝探しをしてみたい気持ちが湧き上がってきました。
この本の装丁は、水うちわのように、みずみずしく透明感のある写真と色使いで、なんとも美しい一冊です。ぜひこの本を手にとり、また機会があれば、暑い夏に向かう季節に、ぜひ水うちわもお求めになってみてはいかがでしょうか。
最後に、現在2軒ある水うちわを製造・販売しているお店を紹介いたします。
●住井富次郎商店 http://www.ccn.aitai.ne.jp/~gf-utiwa
復活プロジェクトの中心となった職人が、住井商店のご主人です。100年以上続く、岐阜で唯一のうちわ専業商店です。お一人で手作りでつくっているため、たいへん生産数がかぎられていて、毎年即完売してしまうそうです。
●家田紙工株式会社 http://www.iedashikou.com
もともと岐阜提灯の絵刷りをする紙問屋さんで、2007年の夏から水うちわの販売を始めました。東京をはじめ全国でも、限られたお店ではありますが、購入ができます。
(井草真喜子)

水うちわをめぐる旅 長良川でつながる地域デザイン』(新評論)

メルマガ
登録

メルマガ
登録