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日常を輝かせる力―漫画『サザエさん』を通して

2008年08月19日

「サザエさん」と言えば、テレビアニメだろうか。
今年は放送40周年。
みんなが唄えるあの歌や、耳慣れた声優の声。思わず反応してしまう、番組終わりのサザエさんじゃんけん。
一時は病名にまでなった、日曜夜の風物詩だ。
でも今回取り上げたいのは、漫画『サザエさん』。
あの、「4コマ」という小さな世界で縦横無尽に繰り広げられるドラマ、これが『サザエさん』の神髄だ。テレビだけではもったいない。
漫画『サザエさん』は、1946年4月に、作者長谷川町子が26歳で福岡の地方新聞夕刊フクニチに連載を開始してから、1974年2月に54歳で朝日新聞を休載、そのまま連載終了するまで、通算6477回、断続的に新聞や雑誌の4コマ漫画として掲載され、老若男女に支持され続けた。
6477回!たった一人の女性が、細腕ひとつで、なんとたくさんの作品を世に送り出したのだろう。そしてその作品の魅力は今も色あせることがない。

サザエさんの制約

『サザエさん』は、非常に大きな制約下にあった。つまり、「4コマでなければならない」「全国紙の朝刊に連載されるに耐える」「おもしろくなければならない」、この三点のいずれを欠くことも許されない、松岡正剛氏の編集稽古風に言えば「三位一体型」の上に成り立っている。
「4コマ」「全国紙朝刊」は、言わずと知れたことである。『長谷川町子思い出記念館』に収められた、同じく新聞の連載漫画を執筆した漫画家との対談では、口々に「ページ数の多い連載のほうがどれだけ楽か」と言われている。・・・とここだけ抜粋すると極端に響いてしまうが、つまりこういうことだ。4コマ漫画は、4コマで完結してしまう。続きはない。毎日毎日、まったく新しい物語を4コマで語らなければならないのだ。朝日新聞の記者曰く、「『サザエさん』を新聞に連載することは、毎日、読みきりの連載小説を創作する作業を続けることだったと言っていい。」(『長谷川町子思い出記念館』より)。その重圧は、他の比ではない。
「全国紙朝刊」であることの制約とはなにか。
それは読者層が広いということだ。全国数百万人、老若男女、大人から子供までみんなが読んでいる。子供は新聞なぞ読まないが、4コマ漫画だけはチェックするものだ。
すると、制約は自ずとみえてくる。大人が子供に見せたくないものは、描くことができなくなるのだ。長谷川町子さんには日に数十通の手紙が読者から届いた。中には親の立場から、「子供が真似するからやめてくれ」という訴えも数あったという。カツオがちょっとタンスの中に隠れる。そんなシーンも、万が一子どもが真似をすることを考えると、描くことを控えざるを得なかった。「当たりさわりがなくて、ちゃんとした存在価値のあるもの」(『長谷川町子思い出記念館』より)を描く苦労がどれほどのものかは、想像に難くない。
3点目は。
「おもしろくなければならない」、これは、3点の中で最も重要で、そして他2点が外的な制約であることに対し、長谷川町子さん本人の内から出るものだった。
第二十一回文藝春秋漫画賞(受賞者;手塚治虫、秋竜山)の選評にこんなコメントを寄せている。
 「漫画の神髄は、劇画形式ではなく、あくまで一コマまたは四コマで勝負するものだと思います。そして漫画はおかしいことが絶対条件です。
 底抜けに明るい、面白おかしい漫画が生まれることを期待しているのは、私ばかりでなく、不安な社会に生きている皆の願いなのです」
サザエさんの存在意義を正面から捉え、大きな、大きなプレッシャーを自分自身にかけていた、そのプロ意識がひしひしと伝わってくる一文である。この思いを足場に、6477回を描き続けた。これは、長谷川町子さんにしかできない、大いなる偉業であった。

サザエさんの魅力

底抜けに明るい、面白おかしい漫画が待たれている。その期待に見事に応えた『サザエさん』を、実際に読んで欲しい。
電車にのればあの4コマ。お風呂に入ればあの4コマ。畳を見れば、熱いラーメンどんぶりを持てば、お医者に行けば、我が父を見れば、、、と挙げたらキリがないくらい、日常生活のあちらこちらで、いくらでもサザエさんの4コマが思い出されてくる。
そのくらいサザエさんの話題は、庶民の日常生活に深く根付いている。作者本人が目指していた「小市民のつつましやかな家庭の、そしてその時代の生活を描いていきたい」(『長谷川町子思い出記念館』より)という思いは確かに果たされている。
この点に関しては、よい副読本がある。
サザエさんをさがして
サザエさんをさがして(その2)
またまたサザエさんをさがして
サザエさんの4コマに取り上げられる話題が、よく世相を反映していたことが解説されている。ちょっと漫画をみただけではピンとこなかったこともここで解決できる。
豆腐屋さんにボウルを持って走る姿、氷を塊で買うこと、「くずやお払い」の言葉、どれも今ではもう見聞きする機会のないことばかりだ。
それから、「手書き」であること。これも重要なポイントだ。
手書きの手紙を受け取ることも減った昨今、手書きの文字は、4コマ漫画の専売特許だ。
サザエさんには一切活字がない。すべて手書きで、だから文字も決して多くない。手書きの文字ならではの、他では得られない温かさと柔らかさと、そして強さがある。頭や心のリハビリに、疲れた時に、ぴったりだ。

日常を輝かせる力

サザエさんの4コマに癒されたら、きっと誰もが思う。サザエさんに描かれる日常はなぜこんなにおもしろいのか。自分の生きている毎日と何が違う?
そして同時に気付く。サザエさんの話には、何も特別なことはない。ただ、それに「目がいくかどうか」だけなのだ。
長谷川町子という人は、卓越した観察眼と、それを4コマに編集してみせるセンスを持っていたのだろう。4コマに編集する力は望むべくもない、だけど、この観察眼は欲しい。日常を輝かせる観察力、これはどこから来るのだろう。
このことを考えながら、慶應MCCの講師の先生や受講生の方々と日々を過ごす中で、これだ!という気付きがあった。
それは好奇心。「飽くなき好奇心」だ。
無論、作家として、プロとして、締め切りまでに納得のいく4コマを生み出すためには、時にひらめきに頼らずに考え抜くこともあったはずだ。だが、全ての土台には「好奇心」があったはずだ。好奇心は、ものの見方をあらゆる方向に展開する。そしてどんな小さなことも見逃さない。サザエさんの根底には、それがある。
慶應MCCに来られる講師の先生方は、「新たに知ること」の前に万人は平等であることを背中で教えてくださる。慶應MCCに来られる受講生のみなさんは、好奇心に満ちた人生の豊かであることを、全身で表現しておられる。サザエさんを生み育んだものは、作者長谷川町子の好奇心にあふれる精神であったと、今は確信を持って思う。
1969年フジテレビで放映開始、いま桜新町の長谷川町子美術館では、テレビ放送開始40周年を祝う展示がされている(~8/31)。
さっそく行ってみたところ、磯野家の家屋の模型や古い台本、漫画の直筆原稿など、小さな美術館ながらも見どころ満載であった。テレビのシナリオには、あの三谷幸喜のものまであって驚いた。
売店のグッズもファンにはたまらない。漫画(取り扱いは限られているようだが)、書籍、ノベルティグッズもたくさんならんでいる。
迷いに迷った挙句、サザエさんとカツオやワカメが描かれたハンカチを買ってみた(かわいい!)。このハンカチを手に、毎日を好奇心に満ち満ちて生きたいと、そう誓う夏である。
(松江妙子)

長谷川町子思い出記念館』(長谷川町子著、朝日文庫)
サザエさんをさがして』(朝日新聞be編集グループ・編、朝日新聞出版)
サザエさんをさがして(その2)』朝日新聞be編集グループ・編、朝日新聞出版

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