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『冬の喝采』

2009年01月13日

冬の喝采
著:黒木 亮 ; 出版社:講談社 ; 発行年月:2008年10月 ; 本体価格:2,100円

お元気ですか?新しい年がはじまりましたね。
私の年始のご挨拶は、今年も「今月の“1冊”」から。“まぶしい”一年になりますように。

私の“初・まぶしい”は、この出来事―。
1月2日朝、一発の号砲がお正月の静寂を破った。
そう、箱根駅伝往路のスタートである。

総長217.9Kmを、選ばれし10人のランナーが襷(たすき)で繋ぐ風物詩。今年も多くのドラマが生まれた。“山の神”再来といわれた柏原竜二選手を有し、完全優勝した鉄紺の襷・東洋大学、続いて古豪復活の臙脂(えんじ)・早稲田大学、続く純白・日本体育大学・・・伝統の色を掛けた選手たちに、大きな喝采が送られた。

遡ること約30年前、ある作家も、早大競走部員として箱根路を駆け抜けていた。『投資銀行』『エネルギー』などを書き下ろし、経済小説家としてすっかり有名になった黒木亮氏。
陸上との出会い、箱根路への道、不思議な運命の奇跡を描いた自伝的小説『冬の喝采』を、「今月の“1冊”」に選んだ。

小説は、冒頭、79年の箱根駅伝を回想する。長き冬の時代を越え、25年ぶりに先頭を走る早大、2区の瀬古利彦から3区の金山雅之(黒木亮の本名)へ襷が渡るシーン。アナウンサーの切れ味鋭い実況、伴走車から響く監督の叱咤、沿道の歓声・・・まるで実際に映像を見ているようなエピローグで、一気に引き込まれる。

金山少年が育ったのは北海道・深川。ふと手にとった陸上雑誌に導かれ、中学生が一人、北の大地を走り始める。天性の脚力で瞬く間に記録を伸ばすが、誰にも習うことのない練習が、知らぬうちに脚を痛めてしまうことに。訪れるブランク、失意の日々。しかし、そのくやしさをバネに一般入試で早大へ入学し、ついに準部員として競走部に入部。

彼を待っていたのは、鬼監督・中村清と、瀬古利彦をはじめ箱根を目指す仲間達だった。度重なる怪我と戦いながらも、ひたむきに走り続ける姿を、実際の「練習日誌」を追いつつ炙り出す。そして、悔いのない陸上人生を送った後の、ある決断とは・・・。

月間走行600kmを越える過酷な練習は、明けては暮れ、暮れては明け続く。これを、恐ろしいほどの冷静さで、淡々と綴っていく筆致に気圧される。読んでいるこちらが息苦しくなるほどの練習の日々、金山が歯をくいしばれるのは、“スポーツは時に残酷で、その裏腹に栄光がある”のだと身体で理解しているから。たった1日のために、血の滲むような1年があるという現実を、これでもかと問いかけてくる。

金山は「陸上競技のおもしろさは、自己記録を更新し、選手権(チャンピオンシップ)を獲ること」と説いた上で、「箱根は中途半端な距離の走行で、記録に挑戦する面白さがなく、勝負というより我慢比べである」ともいう。火花を散らすようなトラックレースとはほど遠い世界で、残るのはたった一行の記録 ―名前、記録、区間順位、チーム順位― であると。

では、そんな金山を箱根路へと駆り立て導いたものは、何だったのか? ― それは、こつこつと積み上げた練習、中村監督の恫喝にも近い励まし、とことんまでやりぬく強靱な精神力ではなかったかと、私は思う。

陸上に取り憑かれた老監督・中村。多くの名ランナーを育て、その強烈な個性が伝説になっている。連日長時間の人生講義、人格否定の罵詈雑言、弱いのは監督のせいだといって、血が流れるまで自らを殴る奇行・・・。しかし、狂気にも近い情熱が「天才は有限だが、努力は無限を引き出す」という名言を生み、金山もそれを体験するに至るのである。

かつての選手たちも、指導者になって初めて気づく・・・「あれほど自分の身体に鞭打ち、情熱を持って選手を指導するのは、並大抵のことじゃない」と。もはや、彼のような前近代的な指導者は少ないのだろうが、理屈や理性を凌駕する魂をもつ監督、それが中村だったのだ。

小説の屋台骨になっているのは、陸上に対するひたむき、かつ宿命的な想い。怪我に嘆きながらも、自分を取り巻く環境へ深謝し、奮い立ち、ひたすらに走る金山。何かを続けてきた者のみが持つ静かな気迫が、行間から溢れ出す。小説の終盤、箱根8区を走る彼に、伴走のジープに乗る中村監督から掛けられる温かい言葉が、もはや主人公とともに、罵倒と苦悩に耐え忍んできた読者の心を打つ。

「俺はおまえに期待しているんだよ。」

金山は突然の腹痛に苦しみつつも、驚異の追い上げをみせ、区間6位で襷をつなぐ。燃やすべきものを燃やし尽くし、以降の人生を、振り向かないで生きていこうと誓った瞬間だった。

彼が生を受けてからの出会いと感謝の数々が、金山の強さを支えていることにも触れておきたい。作中、自分が養子であることを告白的に描き、“運命との対峙と受容”も隠されたテーマとなっている。走ることそれ自体は個人的なものだが、家族や仲間をはじめ、自分を取り巻くものに対してのありがたさが小説に散りばめられている。親子、師弟、仲間、陸上、学業・・・様々な糸で織りあがった唯一無二の柄が、“黒木亮”なのである。

著者は、とあるインタビューで、本作への想いを、こう語っていました。
「愛情を注いでくれた養父母への感謝、速い足を授けてくれた実父母への感謝、自分を箱根路へと導いた運命の奇跡を書きたかった」と。我が身を削る作品でありながら、環境と運命への万謝溢れる本作。

読みきったあとに感じる清々しさ、そして、心静かに湧くあたたかい気持ちをお届けしたくて、この一冊を選びました。
ピッチを刻むランナーたちを目に浮かべながら、彼らの息遣いを感じながら、彼らのこれまでの陸上人生に想いに巡らせながら・・・どうぞページを開いてください。

2009年 まだ駅伝の余韻残る東京で。
みなさん、すてきな一年を。

(中西真紀)

冬の喝采

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