今月の1冊
2009年02月10日
マーラーを聴け!
いきなり偉そうなタイトルで申し訳ありません(笑)
実はこのタイトル、とあるコンサート会場で起きたオーディエンス同士の諍いの後、係員に腕を捕まれて退場させられた片方の当事者が、最後に叫んだ言葉です。
私もその時会場にいたのですが、どうもクラシックコンサート初心者と揉めていたらしく、その彼が去り際に発した叫びが、「マーラーを聴け!」だったのです。
彼がどのような想いでこの言葉を発したのか、今さら知る由もありません。しかし、彼が初心者にマーラーを聴かせたかったこと、そしてクラシックの本質や楽しみ方をそこからつかんでほしかったのは確かだと思うのです。
昨年も、私はこの場でクラシック音楽の楽しみ方についてお話しさせていただきました。そこでいただいた反響に気をよくしてというわけではありませんが、今回はブルックナーやショスタコーヴィチらとともに、“交響曲新御三家”のひとりであるグスタフ・マーラーの交響曲の楽しみ方について、私のお薦めの演奏なども交えてご紹介したいと思います。
さて、皆さんはマーラーの曲に対してどのようなイメージをお持ちでしょう。「全然知らない」という方、その逆に私のように大好きな方もいるでしょう。しかし多くの人はこう感じるのではありませんか?
「マーラー? ああ、あのやたら長くて難解で大袈裟なヤツね」
かく言う私も、最初は全く同じイメージでした。
ベートーヴェンやモーツァルト、そしてチャイコフスキーやブラームス、ドヴォルザークなどには比較的簡単に馴染めても、マーラーは少し敬遠していました。やはり“長大・難解・大袈裟”であり、結果的に「とっつきにくい」と感じていたのです。
しかしこれらは誤ったイメージです。マーラーは決して取っつきにくくありません。最初は「取っつきにくそうに聞こえる」だけなのです。
まず、マーラーの全ての交響曲の全ての楽章には、耳に残りやすい明確なメロディがあります。別の言い方をすると、全ての曲に鼻歌で歌える部分があるのです。マーラーの弟子であり、その後世界的指揮者となったブルーノ・ワルターはこう言っています。
「マーラーの曲には、あらゆるところに豊かな『うた』がある」
現存するマーラーの完成された曲は、実は交響曲と歌曲しかありません。これはオペラやコンチェルト、ピアノソナタなども広く作曲した、他の交響曲作家と比較すると極めて異例です。ここからもマーラーが、“うたごころ”を大事にした作曲家であることがわかります。
交響曲も、2番・3番・4番・8番・大地の歌となんと5曲も声楽付きですし、声楽なしの1番にしても歌曲「さすらう若者の歌」のメロディがそのまま使われています。実は『親しみやすいメロディが溢れている』。これがマーラーの交響曲の特長のひとつ目です。
「音楽はメロディだ」というあなた。特にラヴ・バラードや演歌、メロディアスなヘヴィメタルのファンなら、マーラーとの相性も良いはず。
そしてマーラーの曲は大変ドラマティックです。ひとつの楽章の中でも喜怒哀楽、様々な顔を見せてくれます。
耳を澄まさないと聞こえない、絹雲の動きに音をつけたような弦のアダージョ。轟音を立てて迫ってくる戦車の如きホルンとティンパニの咆哮。諧謔的で踊り出しそうな弦楽合奏の上に乗っかる、おどけたような木管のスパイス。過酷な運命を暗示させる、胸を締めつけるように重く響く低弦の呻き。
長い曲が多いのは事実ですが、同じ旋律やテンポが延々と続くことが無いため、飽きさせることがありません。あたかも展開の早いドラマを観ているような感覚です。そう、マーラーは単なるメロディメーカーではなく、優れた脚本家・演出家でもあるのです。ですから、マーラーの交響曲は「音楽を聴く」というより「映画を観る」感覚で聞いてみてはいかがでしょう。きっとあなたなりの解釈や聴きどころができるはずです。
さあ、少しはマーラーに興味を持っていただけましたか?
では最後に、マーラーの交響曲(1番~9番と大地の歌)の概要とともに、私のお気に入りの演奏をご紹介しましょう。もちろんこの他にも素晴らしい演奏はたくさんありますし、私もそう多くの演奏を聴いているわけではありませんが、参考にしていただければ幸いです。
◆ 交響曲第1番 ニ長調 ≪巨人≫
「カッコウの動機」に代表される牧歌的な第1楽章から、躍動的な3拍子が楽しい第2楽章、誰でも一度は聞いたことのあるフランス民謡をモチーフにしたノスタルジックな第3楽章を経て、爆発する第4楽章へ。特にホルン全員が起立して勇壮なメロディを歌うラストの盛り上がりは圧巻。ぜひ生で聴いてほしい曲。
第4楽章でこの演奏を超える物にはまだ出会えていないということで、【ユーリ・シモノフ指揮/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団】の演奏で。
◆ 交響曲第2番 ハ短調 ≪復活≫
声楽も加わった最初の交響曲。サスペンス映画のオープニングのような低弦の荒々しい響きで幕を開けるが、紆余曲折を経て最後の第5楽章ではやはり大団円。合唱が高らかに復活を宣言し、そこにパイプオルガンまで加わって壮大・荘厳にハッピーエンドで幕を閉じる。これで感動できない方がおかしいとすら思えてくる、名脚本家・演出家であるマーラーならではの一曲。
人気曲であり名演も多いが、終楽章はてらいを捨てて感動的に歌い上げてほしいので、多少情感過多と言われても【レナード・バーンスタイン指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック】で。
◆ 交響曲第3番 ニ短調
ギネス認定の最長の交響曲で、ついに約100分の6楽章構成。森や湖のような自然、そして動物や天使たちが時に優しく、時に激しく語りかける。マーラーが世界全体を1曲に集約しようとしたかのような曲。勇壮な序奏から感動的なフィナーレまで聴きどころは多いが、特に聴いてほしいのが3楽章のポストホルンのソロ。森の奥深くから響いてくる優しいメロディに癒されない人などいないだろう。
これも名演揃いで選びにくいが、完璧なテクニックとアンサンブルを観ることができるので、DVDの【クラウディオ・アバド指揮/ルツェルン祝祭管弦楽団】をあえて推薦。
◆ 交響曲第4番 ト長調
最もシンプルかつ明るいイメージで統一された、マーラーらしからぬ「かわいい交響曲」。クリスマスを思わせる鈴の音に始まり、4楽章はソプラノ独唱が天国の楽しさを優しく歌い上げ、明日を夢見て眠るように静かに静かに終わる。
ソプラノの声質がふんわりしていて、天上の歌としてピッタリな【ジュゼッペ・シノーポリ指揮/フィルハーモニア管弦楽団】で。
◆ 交響曲第5番 嬰ハ短調
第1番と並んで演奏機会の多い曲。第4楽章のアダージョが映画「ベニスに死す」で全面的に使われていたことも人気曲となった理由のひとつだが、それを抜きにしても豊かなメロディとドラマティックな展開に溢れた名曲。
第4楽章のアダージョをひたすら美しく、流れるように聴かせてくれるならやはりこの人、ということで【ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団】を。
◆ 交響曲第6番 イ短調 ≪悲劇的≫
まさに映画的、それも壮大かつバッドエンドの悲劇的な英雄譚。戦闘シーンを思い起こさせる切迫した低弦の足音に始まり、フィナーレでは傷ついた英雄にとどめをさすようにハンマー(演奏では実際に巨大な木槌を使う)が振り下ろされる。
全体に漂う緊張感を重視して、【クラウス・テンシュテット指揮/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団】でいかがでしょう。
◆ 交響曲第7番 ホ短調 ≪夜の歌≫
第5番と同様に中間の第3楽章にスケルツォを配した5楽章構成で、『夜の歌』という標題は実はスケルツォ前後の第2・第4楽章を指している。マーラーは6番でのハンマーのように様々な種類の楽器を使うのも好きだったようで、この曲にはなんとギターやマンドリンまで登場する。
少し変わり種の演奏ではあるが、冒頭テノールホルンの伴奏である弦のトレモロを、はっきり8ビートで鳴らしている【ダニエル・バレンボイム指揮/シュターツカペレ・ベルリン】でどうぞ。
◆ 交響曲第8番 変ホ長調 ≪千人の交響曲≫
200人のオーケストラと800人の合唱隊と、本当に1000人で奏でる一大叙事詩。パイプオルガンも交えた重厚な管弦楽の上で、全編壮麗な「うた」が鳴り響く。第3番が“世界”を描いたとしたら、こちらは“宇宙”を描こうとした曲と言えるだろう。
壮大剛胆と言えばやはりこのコンビ、ということで【ゲオルグ・ショルティ指揮/シカゴ交響楽団】で、このビッグバン的交響曲を堪能してほしい。
◆ 交響曲第9番 ニ長調
マーラー最後の交響曲(第10番は第1楽章までの未完)であり、最高傑作とも言われる。静かに美しく始まり(しかし4番のような可愛らしさはなく、壮大・流麗に)、様々な山と谷を経て最後はひっそりと(楽譜には「死に絶えるように」との演奏指示がある)幕を閉じる。世界や宇宙までも曲として表現しようとしたマーラーだが、やはり最後に描こうとしたのは“人生”だったのだろうか。
マーラーに敬意を表するかのように、細部まで丁寧に描いた【サイモン・ラトル指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団】の演奏で。
◆ 交響曲 ≪大地の歌≫ ニ短調
第8番を完成させた後、第9番との間に生み出された独唱を中心とした6楽章形式の交響曲。ベートーヴェンやブルックナー、ドヴォルザークなど高名な交響曲作家が第9番で絶筆していることを気にしたマーラーが、あえて番号を振らずに作成した。しかし結局第9番完成後に亡くなってしまったのは皮肉と言わざるを得ない。
独唱者の上手さと、それを支える控えめながらも美しいオーケストラの響きで【カルロ・マリア・ジュリーニ指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団】をお勧めしたい。
かなり長くなりました。
まるでマーラーの3番のようですね(笑)
(桑畑 幸博)
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